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隠された真実

森の屋敷へ帰る馬車はレイスとソフィア2人だけとなった。

リノアはなぜか御者の隣に座っている。

一緒に乗っても問題ないとソフィアは考えていたのだが、リノアが積極的に前に座ってしまったので何も言うことなくそのままにすることにした。レイスも最初は首をかしげたが、何も言わずに馬車に乗り込んでいた。

「屋敷に戻ったら、また森に行くのですか?」

無言の馬車になんだか気まずさを感じて、ソフィアは何か話題を振ることにした。

屋敷に到着するまで無言だと息苦しさを感じそうだったのだ。

「いや、今日は行かない」

庭の散策をした後も別邸で昼食まで食べてから森に戻ることになってしまい、森に入るには時間が遅くなってしまう。そのため、今日は行かないことを決めたようだった。

結婚して初めて、一緒にいる時間が長い日となる。

他の貴族ならこれが当たり前なのだ。

ソフィアの両親も、父が仕事で出かけない限りは母と一緒に過ごしている姿をよく目にしていた。

精霊との契約がうまくいけば、ソフィアも両親のようにレイスと一緒に過ごす時間ができるのかもしれない。

そう思っても、レイスと一緒に仲睦まじくいることを想像することができなかった。

森の中にある屋敷という狭い空間。出かけることもあまりできそうにない。隣の国との境界線を守る辺境の地。いつ隣国と戦争になるかわからない緊張感のある領地で、穏やかな時間を共に過ごすという想像ができなかったのだ。

それにソフィアはまだレイスのことをよく知らないということもあるのだろう。

半年前に急に辺境伯になり、精霊と契約しなければいけないのに、肝心の精霊と会うことができていない。領地経営のほとんどが義母に任されていて、毎日のように森に通っている。

今のところそれくらいがソフィアの知るレイスだった。

彼を知るためにはもう少し話をしなければいけない。

食事の時に顔を合わせて事務報告のような会話ではない。お互いを知るための会話が必要だった。

とはいえ、何を話せばいいのかわからなかった。

両親はどんな会話をしていたのか思い出してみる。

そんな時、馬車が揺れた。

道が悪くなってきたのは森の中に入ったという証拠だった。

窓の外を見てみると、街並みから何もない草原を走っていたが、今は木々が視界に入っていた。

屋敷までの道はちゃんとあるのだが、街ほど整備されているわけではないので、どうしても馬車が揺れる瞬間があった。

「旦那様はこの森全体を把握しているのですか?」

森を見つめていると、不意にそんな疑問が浮かんできた。

毎日精霊に会うため森の中に入っているレイスは、森の隅々まで把握しているのだろうか。

「俺がはっきりわかるのは屋敷の周辺と、国境沿いだ。それ以外は下手に奥に入り込むと俺でも迷う可能性がある」

レイスが窓から森を見つめて言った。彼でもすべてを把握しているわけではないため、広大な森の中で迷う可能性があるようだ。

「森の精霊の力も作用しているのかもしれないが、何も知らずに入った人間は、森から出られなくなる」

自分がどこにいるのかわからなくなって、ずっと森の中を彷徨い続けることになる。

「だから、領民はまず森に入ろうとはしない。それと、隣国が攻めてくることに躊躇うのはそのせいだ」

いつ攻めてくるともわからない隣国だが、簡単にはグリーストを攻め込もうとしないのは、森の精霊が守っているからだけではなく、森で迷子になって辺境伯領を攻め込むことができないこともあった。

森の精霊の攻撃を受けるのではなく、一生森から出られず彷徨い続けるリスクも考えているのだ。

「だから、君も下手に森に入ろうだなんて考えないほうがいい」

前にソフィアが森に入る許可が欲しいと言ったことを示しているようだった。

だが、ソフィアは森の精霊と直接会わなければいけないと思っている。そのためには森に入らなければいけない。それに迷うことはないと思っていた。

彼女には風と水の精霊がいる。彼らの力を借りて抜け出すことはできるだろう。ただ、レイスはそのことを知らないので、何も考えていないソフィアが興味だけで森に入ろうとしていると思っているはずだった。

「それなら、森に詳しい人と一緒に入れば問題ないのではありませんか?」

ソフィア一人だから駄目だと言っているのなら、レイスと一緒に入れば可能かもしれない。それか、よく一緒に森に入っている騎士をつけてもらうことで、危険がないようにしてもらうことも可能ではないだろうか。

その提案にレイスは一瞬考えるそぶりを見せたが、すぐに却下してきた。

「迷うことだけを心配しているわけじゃない。森の中には危険もある。君を連れていくにはリスクが大きすぎる」

か弱いだけの女性だと思われているようだった。

これ以上森に入る話を続けても彼がますます頑なになってしまいそうな気がして、ソフィアは別の話をすることにした。

「ところで、旦那様の前の辺境伯様はどんな方だったのですか?」

レイスの前に辺境伯だったのは彼の兄だ。

兄の死によりレイスが急遽爵位を継ぐことになったのだが、ソフィアは前辺境伯のことをほとんど知らずに嫁いできていた。

義母であるイリアナに会ったことで、レイスの兄についても聞いてみようという気になったのだ。

家族の死から半年が経過している。尋ねても大丈夫だろうという判断もあった。

ソフィアも両親の死を受け入れて、他の人たちと思い出を話せる時間ができたと思っていた。

楽しい思い出を話してくれればという気持ちもその時あった。

「兄のことか・・・」

だが、レイスの表情から、この質問は早かったことをすぐに気づくことになった。

「話したくないことでしたら、無理に話す必要はありませんよ」

ソフィアも別の話題を探そうと思いそう言ったのだが、レイスは軽く首を横に振った。

「いいや、君はすでにグリースト家の一員となっている。前辺境伯である兄のことを話しておいてもいいだろう」

そういうレイスだが、どこか暗い表情をしたままだった。

兄と仲が悪く、いい思い出がなかったのかと思ったが、レイスが話し始めた内容を聞いて、ソフィアは衝撃を受けることになった。

「最初に言っておく。兄は半年前に毒殺された」

「毒、殺」

一瞬何を言われたのか把握できなかった。

「そんな話、聞いたことがありません」

エリックも辺境伯家に嫁ぐときに前辺境伯が殺されたなどと言わなかった。

「世間には公表されていない。知っているのはごく一部の人間だ。王家も把握しているが、兄は病死ということにされている」

誰かがクリス=グリーストの死因を調べようとしたら、彼は風邪をこじらせたことになっているそうだ。健康体であった成人男性でも、ただの風邪だと油断したことで命を落とした。そんな調査結果しか出ないようになっていた。

「実際は毒殺だ。正確には毒を盛られて抵抗できない兄に刃を向けた人間がいる」

毒だけで死んだわけではなかった。苦しんでいるクリスに剣が振り下ろされ、抵抗することができないクリスはそのまま殺されてしまったのだ。

「どうして」

その疑問がソフィアの口からこぼれた。辺境伯がなぜ暗殺されなければいけなかったのだろう。

「ここは辺境領だ。そして、隣にはいつ戦争を起こしてもおかしくないイグレイト王国と接している」

「隣国のスパイによる暗殺」

レイスの説明に、答えはすぐに出た。

「証拠があったのですね」

「いや。はっきりとした証拠は見つけられなかった。ただ、いろいろと調べていくとイグレイト王国につながっていくことがわかった」

イグレイト王国を非難するだけの物的証拠は見つけられなかった。そのため、こちらから攻めるような行動もとれなかった。

「兄の死後、姿を消したメイドが2人いた。1人は兄の遺体を発見したメイド。もう1人はそのメイドが森に姿を消すところを目撃して後を追ったメイドだ。それから、騎士も1人メイドと一緒に森に入ったが、瀕死の状態で森から戻ってきたが、その後すぐに息を引き取った」

森で何かが起こったことは明白だった。当時レイスはその場にいなかったので話を後から聞いただけではあった。そして、騎士団が森の中を捜索したそうだが、2人のメイドの姿はどこにも見つからなかった。

「もしも、本当にイグレイト王国が関わっていて、前辺境伯様を暗殺したのなら、いつ攻めてきてもいいはずです。でも、攻めてくることはなかった。メイドたちが隣国の関係者だったとして、辺境伯を暗殺したという報告がいかなかったのかもしれませんね」

暗殺した事実をすぐに把握していれば、辺境伯内が混乱している間に攻めてくることもできたかもしれなかった。それと同時にプリディード王国に戦争の宣言を突き付けてしまうこともできただろう。

契約者を失った森の精霊がどう動いていたかはわからない。だが、辺境伯との契約が失われたことで敵が攻めてきても護ってくれたかも定かではなかっただろう。

それなのに、イグレイト王国は何もしてこなかった。おそらく辺境伯が暗殺されたということに気が付くのに遅れがあったと考えられた。攻めてくるタイミングを逃したのだろう。

森に消えたメイドがどこへ行ったのか、レイスが把握していない以上、ソフィアにもわかるはずはない。

「兄がなくなったことはすぐに陛下の耳に入った。俺はその日のうちに爵位を継ぐことになり、急ぎ辺境伯領へ戻ってきた」

それが半年前のことだった。世間ではクリス=グリーストは病死とされ、レイス=グリーストが辺境伯となることで混乱が生じることはなかった。

そして、この半年、レイスは森の精霊との契約以外にも兄の死の真相を調査することも進めていたのだ。

クリスは毒によって動けなくなったところを何者かに殺されたという事実が変わらない。調査することは消えたメイドたちだ。

息を引き取った騎士のことも調査したようだが、彼はメイドを追いかけていき森の中で予想外のことに遭遇して、大怪我を負って何とか森から戻ってきただけだった。暗殺には何も関与していないことは証明されている。

「森のお屋敷の使用人の数が少ないと感じていましたが、前辺境伯の暗殺が関係していますか?」

異常に少ない屋敷の使用人。ソフィアが嫁いできたときも出迎えたのはエリオットだけだった。メイドも急遽街の別邸から呼び寄せていた。

「確定ではないがメイドが暗殺者だった可能性が高い。屋敷の使用人は信頼のおける人間以外やめてもらった。信頼できる使用人もいたから、その者たちは別邸に移り住んでもらった」

最低限屋敷の管理ができる程度に使用人を制限し、騎士たちにより警護を強化している。

そんなところへ貴族令嬢のソフィアが突然嫁いできたということになる。

「全部把握していたのに、何も言わなかったのね」

ソフィアは政略結婚を提案してきたエリックのことを思い出した。彼は全辺境伯の暗殺のことを把握していたはずだ。戦争になるかもしれないという不穏分子はほのめかしたが、それ以外は森の精霊に関する調査と解決だけをソフィアに伝えていた。

暗殺が起こった地に嫁げと言われてソフィアが尻込みすると思ったのかもしれない。それでも、精霊のことならソフィアしかいないということでわざと隠したのかもしれなかった。

隠すことなくちゃんと話しておいてほしかったと思う。

「何か言ったか?」

「いいえ、なんでもありません」

つぶやいた言葉はレイスには聞き取れなかった。今度会うことがあったら絶対文句を言ってやろうと誓うソフィアだ。

「・・・今の話を聞いて、王都に帰りたくなったか?」

レイスの質問にソフィアは数回瞬きをした。

「いつ何が起こるかわからないのが今の辺境領だ。王命とはいえこんなところに嫁ぐことになって後悔しているんじゃないかと思って」

突然何を言い出すのかと思っていると、レイスは毒殺や隣国が関与している可能性にソフィアが不安を覚えて今すぐにでも王都に帰りたいと嘆くのではないかと思ったようだった。

しかし、ソフィアはこんなことで王都に帰りたいと思うような人間ではなかった。

嫁いできたのは王命であり、森の精霊のことを解決するためだ。イグレイト王国がこの先何もしかけてこないとは断定できない不安はあるが、ソフィアのそばには精霊たちがいる。これほど心強い存在はいないだろう。

「大丈夫です。帰りたいとは思っていませんし、私には帰る場所もありませんから」

「帰る場所がない?」

ソフィアの言葉にレイスが首を傾げた。

「王都にはエリッド伯爵邸があっただろう。それか、領地に戻ることができるはずだ」

レイスは何も知らないのだと、ソフィアは今ここではっきりと理解した。

結婚相手のことを調べておくのは貴族社会で当たり前のことだ。政略結婚ならなおのこと。ただ、ソフィアたちの場合は突然で、急に辺境伯家に転がり込むような勢いだった。ソフィアがそうしたわけではないのだが、おそらく調べるのが遅れてしまっているのだろう。

精霊のことを打ち明けるつもりはまだないが、ソフィアの半年前の状況を話すことは可能だった。

「私の両親は半年前に馬車の事故で亡くなりました。今は父の弟である叔父が伯爵位を継いでいて、私は厄介者という立場になっていました」

息を吞む音が聞こえた。レイスが明らかに動揺したのがわかった。表情はそれほど変わらなかったが、雰囲気が変わったのだ。何も知らなかったことへの衝撃なのかもしれない。

そして、レイスが兄を亡くした時期と同じ時にソフィアも両親を亡くした。同情のようなものも含まれていたのかもしれない。

ソフィアはそれらを気にすることなく話を続けることにした。

「叔父と娘のセイラが今は伯爵邸にいます。私は叔父の養女ではなく居候のような立場になり、現在のエリッド伯爵令嬢はセイラだけになっています」

「この半年、どうやって過ごして」

ソフィアの説明に何かを悟ったのか、両親を亡くしてからのソフィアが気になったようだった。だが、心配されることは何もなかった。

「私はまだ学生で、学園の寮で生活していたので、特に問題はありませんでした」

伯爵邸に戻った時の対応はひどいものだったが、学生でいた時は衣食住に困ることはなかった。

「学園を卒業したら、伯爵邸を出ていくつもりでした。叔父も追い出すつもりでいたようですし、王命とはいえ嫁ぎ先があったことは、私にとっては運がよかったと言えることです」

叔父は父とあまり仲が良くなかった。そのため、ソフィアを手元に置いておくことも嫌がっていたのだ。適当に結婚させて追い出すことも考えていただろう。そうなれば、とんでもない相手を選んで縁談を組まれた可能性もあった。

エリックが動いてくれなければ、ソフィアは一人で屋敷を出るつもりでいたのだ。

「だから、私には帰る場所がありません。ここを出ていくことになれば、新しい居場所を探さなければいけません」

辺境伯家でのやるべきことがあるので自分から出ていくつもりはないが、レイスが追い出したいと考えたら、ソフィアも目的を果たした後で出ていく覚悟をしなければいけないだろう。

ただ、ソフィアが辺境伯家を去ったら、エリックが再び動きそうな気はしている。

そんな状態であってもソフィアは楽観視していたのだが、そんなことをレイスは知らない。

「とりあえず、旦那様に追い出されない限りは、お屋敷にいさせていただくことになります」

表情があまり変わっていないが、雰囲気がだんだん気まずそうになってきていた。聞いてはいけないことを聞いてしまったと思っているのかもしれない。話のきっかけはレイスの兄のことを知ろうとしたソフィアなのだから、そんなに気にしなくてもいいのにと思ってしまった。

ソフィア自身両親との別れはつらかったが、今は前向きに生きようとしているのだ。

「話が逸れてしまいましたね。旦那様のお兄様が暗殺されたことで、もしかしたら森の屋敷での生活は危険が多いかもしれないということですよね」

話を元に戻すと、レイスの雰囲気も戻った。

切り替えが早いのは助かる。

「イグレイト王国が兄の死と同時に動かなかったことは気になるが、戦争は今のところ避けられている。しかし、今後もそうだとは言い切れない」

怪しい動きがあることは聞いている。はっきりと戦争が起こりそうな動きはないようだが、水面下でどれだけの動きをしているのかわからない。だからこそ、何が起きても対処できるように備える必要がある。

そのためにもレイスは早く森の精霊と契約を結びたいのだろうが、肝心の精霊が姿を見せていない。

ソフィアも会ってみたいが、許可がないので勝手に森に入るわけにもいかない。

「わかりました。私も心構えだけはしておきます」

今はまだ我慢の時なのだろう。

レイスが兄の話をしてくれたことで少しは信頼されていると思っていいかもしれない。

この信頼を大きくすることで、ソフィアも森に入れるようにしていく必要があった。

もう少し時間はかかりそうだが、その間に何も起こらないことを祈りつつ、馬車は森の辺境伯邸へと向かっていくのだった。


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