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母からの苦言

「なぜ俺が・・・」

ため息をつきながら、レイスは馬車に揺られていた。

昨日森から屋敷に帰ると、エリオットが一通の手紙を渡してきた。

それは街にいる母親からだった。

彼女は今日妻となったソフィアと会うことになっていた。その話は知っていたので、手紙が来たことでソフィアに対して何か伝えなければいけないことがあったのかと思い、すぐに手紙を読んだ。

しかし、レイスの予想に反して手紙の内容は簡素だった。

ソフィアを今夜別邸の泊めるということ。そして、翌日レイスがソフィアを迎えに来ること。

それだけが書かれた手紙に唖然としてしまった。

母親との顔合わせでソフィアのことを見定めるのだと思っていたのだが、彼女については何も書かれていなかった。しかも、レイスが迎えに行くということで馬車を森の屋敷に空で返していたのだ。

「何を考えているんだか」

空の馬車はレイスが迎えに行くために送り返されたものだった。その馬車に乗ってレイスは今街の別邸に向かっていた。

本来なら、今日も森に行く予定だったのだが、母親が迎えに来いと言ったのだから無視するわけにもいかない。

窓の外に目を向けると、街並みが通り過ぎていく。その光景に懐かしさを感じた。

それと同時に、街へ来たのが久しぶりであることに気が付いた。

レイスは辺境伯となってすぐ森の精霊に会うため何度も森へ入っていた。

最初は兄の遺品整理や引継ぎなどで毎日入ることはできなかった。それに、森の精霊とはすぐに会えると思っていた。契約さえ済ませればあとは森の巡回をしつつ、隣国の様子を探って不審な動きがないかと確認すればいいと思っていたのだ。

だが、森の精霊はレイスの前に姿を現さず、隣国では不審な動きが出始めていた。もしかすると戦争になるかもしれない。そんな予感を抱えたまま半年が過ぎてしまった。

街へは森の屋敷で母と顔を合わせて以降来ていなかったのだ。必要なものはすべて届けてもらえるし、使用人たちが買い出しに行けばレイスが街へ足を向ける必要がなかった。

「ずっと森ばかり見ていたな」

木々を見ている日々で、人工物が立ち並ぶ光景は本当に久しぶりだった。

街並みに感慨深いものを感じていると馬車の速度が落ち始め、別邸についたことが分かった。

久しぶりに通る門と門番の姿。これだけで判断してはいけないが変わりがないように感じられて安心する。

玄関に到着すると、出迎えてくれたのはエリオットの息子のシゼルだった。

「お久しぶりでございます。レイス様」

「シゼルも変わりないな。エリオットは元気にしているよ」

お互い笑顔のあいさつになる。シゼルとは半年前にこの場所であっていた。それ以降は母が森に来ていたのでシゼルと会うことはなかった。父であるエリオットも別邸に手紙を送ることはあっても自ら訪れることがないため、息子としばらく会っていない。

「奥様がお待ちです」

そう促されて別邸を案内されたレイスは、別邸の中も半年前と変わりがないことに安心していた。

安心したまま通された部屋に入ったレイスは、そこにいた女性の姿を見て一瞬動けなくなってしまった。

「あ、旦那様」

ソファで寛いでいたソフィアがゆっくりと立ち上がると、見慣れてしまった街娘のような姿から、ちゃんと貴族としてのドレス姿をして立っていた。普段着るドレスなので肌の露出はほとんどなく、色気があるわけでもない。ソフィアは美人というよりかわいらしい顔立ちをしていた。

ただ、ドレスに身を包み品のある立ち姿は綺麗だと思ったのだ。

服ひとつでこれほど雰囲気が変わるものなのかと、レイスは初めて実感することになった。

「あの、旦那様?」

固まってしまったレイスの様子を不審に思ったようで、ソフィアが首をかしげて尋ねてくる。

その姿をかわいいと思ってしまったことは心の奥にしまっておくことにする。

「何でもない。母さんから君を迎えに来るように連絡が来た」

「はい。一晩泊まるようにとお義母様から提案されまして、馬車も帰ってしまったので、旦那様が来るのを待つことになりました」

少し申し訳なさそうにするソフィアだが、彼女が我が儘を言って別邸に泊まったわけではなく、イリアナが泊まるようにと言ってきたので泊まっただけだ。何も悪いことをしているわけではなかった。

なんだか、レイスが責めているような雰囲気になってしまった。

「いや、俺は怒っているわけではないから。母さんに言われたのなら断れなかっただろう」

「あらレイス。もう着いたのね」

とにかくソフィアに怒っていないことを説明しようとしていると、後ろから声をかけられた。

どこにいたのかイリアナが扉の前に立っていた。

「そんなところに立っていたら邪魔になるわよ。ソフィアさんを立たせて何をしているの」

ものすごく誤解を生んでいる状況にイリアナが入ってきてしまったようだった。

「あ、いや」

「まったく、結婚して迎え入れた花嫁に、ドレスの一つも贈ろうとしないなんて、剣の道ばかりで王太子の護衛は務まっていたかもしれないけれど、夫としての責務もちゃんと果たさないと駄目よ」

レイスが何も言えないでいるとイリアナの説教が始まった。

「かわいらしい義娘ができたというのに、一緒に顔を出しに来ることもないし、ソフィアさんの状況を把握しておきながら自分のことしか考えていないなんて」

ソフィアには辺境伯家のことを学んでもらって、レイスは森に行っていた。そのことにイリアナは不満があったようだ。

「王命ではあっても、夫婦になったのですから、誠意というものを見せないでどうするのです」

「・・・はい」

「身一つでここへ来たソフィアさんの立場も」

「あの、お義母様」

まだ話が続きそうなところでソフィアが近づいてきてイリアナに声をかけた。

「せっかく旦那様が迎えに来てくれたのですし、久しぶりにお会いしたのでしょうから、お茶を飲みながらお話をしませんか?」

イリアナとも久しぶりに顔を合わせていた。親子の再会が説教では良くないと思ってくれたのかもしれない。

ソフィアに促される形でレイスたちはソファに座って出されたお茶を飲みながら話をすることになった。

「あなたはソフィアさんの隣でしょう」

ソフィアとイリアナが向かい合うようにソファに座ったため、レイスはどちら側に座るべきかと思っていると、イリアナが当たり前のようにソフィアの隣を指さした。レイスが悩んでいることに気が付いたのだ。

「母の隣に座ってどうするの。妻の隣が夫の位置よ」

指示されるままにソフィアの隣に座る。

満足したようにイリアナが大きく頷いて、話が再開された。

「とりあえず、変わりはなさそうね」

「はい。おかげさまで。大きな問題もありません」

レイスの体調のことを指摘している言葉に聞こえたが、森の精霊についても含まれていることはわかった。変わりがないということは精霊と契約できていないということになる。隣にソフィアがいるため何も変わっていないことを問題ないと返答することにした。

ソフィアには森の精霊と契約できていないことを話していない。急に嫁ぐことになった辺境伯領で、本来契約しているはずの辺境伯と精霊の契約が何も行われていないと知ったら、きっと彼女は恐怖を思え不安に思うことだろう。

なぜ毎日森に入るのか、その理由をソフィアは知らない。辺境伯はそうするものだと思い込んでくれている間に何とか契約をして森を守れるようになりたかった。

剣の腕には自信がある。王太子殿下の護衛騎士に選ばれるくらいには敵と戦える。とはいえ戦争となれば一人だけの戦いではなくなるのだ。

「ところで何か言うことはないの?」

考え込んでしまっていたレイスに、イリアナは不満そうに言ってきた。

何のことだろうと首をかしげると、視線がレイスの隣へと移っていく。

言葉にはしないで、視線だけで訴えていた。

レイスも隣を見たが、そこには2人の会話を静かに聞いているソフィアの姿があるだけ。

視線を母へと戻すと、イリアナはなぜかため息を零した。

「あなたに言っても無駄なのかしら」

嘆かれてしまうが、何を言いたいのかわからないままだった。

「少し2人の時間が必要なようね」

そう言って、イリアナは立ち上がると窓の外を指さした。

「2人で散歩でもしてきなさい。まともに話をする時間もなかったことでしょう。今日は2人でゆっくりすること。これは母からの命令です」

ただ言われたとおりにソフィアを迎えに来ただけだったレイスは、予想していなかった展開に口を開けてしまった。そのあと隣のソフィアを見たが、彼女も状況がうまく呑み込めていないのか何度も瞬きをしてイリアナを見つめていた。

そんな2人の様子を気にすることなくイリアナはそのまま部屋を出て行ってしまった。

部屋にいたリノアも一緒にいなくなり、部屋にはレイスとソフィアだけが残されることになった。

「・・・とりあえず、庭に出てみるか?」

静かになった部屋。気まずい雰囲気が流れる前に、庭に行けと言われたことを実行することにした。森の中ではいつも屋敷の中にいるだけで、庭はあってもほとんど外に出ることができない状況だった。

ここは街の中にある屋敷なので、外に出ることに問題はない。

「はい」

ソフィアは一度窓の外を見てからレイスを振り返ると返事をした。

レイスが手を差し出すと、一瞬ソフィアがきょとんとした顔をした。

2人で散歩をして来いとイリアナが言っていたので、レイスは妻であるソフィアをエスコートするために手を出したのだ。

その意味にソフィアが気付いたのは数秒後。

ふっと口元に笑みを浮かべた彼女は、差し出したレイスの手にそっと自分の手を重ねてソファから立ち上がった。

そのまま彼女をエスコートして、レイスはよくわからない状況ではあったが庭へと2人で出ていくことになった。


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