辺境の街レグスト
図書室で辺境伯のことを調べるには十分な資料がそこにはあった。
「このお屋敷に辺境伯家のことはすべて集約しているようね」
森の中にポツンとある屋敷は、すべてが大きな屋敷一つに収められている。建物一つだけを建てることを精霊に許してもらったため、必要な場所はすべて1つに集約しなければいけなかったようだ。
そんな歴史まで載っている本があったので、それをできるだけ読み進めていた。
「いい本を見つけられたわ」
歴史書のような本の他にも辺境伯を継いだ歴代の辺境伯の日誌なども保管されている。
まずは目の前の本を読んでから他の本も目を通していくことにする。
数冊を机の上に積んで、ソフィアは辺境伯家と森の精霊について読み進めていた。
「森の精霊チクニ。この森だけを領域にしている限定的な精霊」
ソフィアが契約している風のレラと水のワッカは場所や地域を限定されている精霊ではない。彼らは6大精霊と呼ばれる部類に入り、水と風以外に火と土、光と闇の精霊が存在している。
それ以外の精霊に特定の場所や地域に縛られた存在がいる。森の精霊チクニも限定的な精霊であった。
森だけで力を使え、森の中ではほかの精霊よりも絶対的な存在にもなれる。
隣国イグレイトが攻めてきた時に森を通過しなければいけない。そこをチクニが防いでくれることで辺境領への侵入を許すことがなかった。
「代々の辺境伯は、ちゃんと精霊と契約できているみたいだけど、どうして今回だけダメなのかしら?」
レイスに対してチクニは何も反応を示していない。姿を見せることさえないため、何が原因なのかそれを聞き出すことさえできないでいた。
「儀式があるわけでもないみたいだし、何か条件が揃っていないのかな?」
ぶつぶつとつぶやきながら本を読み進めていく。
「旦那様に何か問題があるのかもしれないわね」
精霊が反応しない理由が精霊にあるのではなく、レイスのほうにある可能性もあった。
そうなると彼から直接話を聞いてみる必要もあった。
「でも、まともに会話ができるかしら」
朝早くに森に入ってしまい、夕方に戻ってきているようで、ソフィアと顔を合わせる時間は少なかった。それに、嫁いできたばかりのソフィアに精霊の話を簡単にするとも思えなかった。
精霊が森にいること自体は知られているが、レイスが契約できていないことは秘密にされている。ソフィアがそれを知っているのは王太子が教えてくれたからだ。
エリックがあっさりソフィアに秘密を話したことをレイスが知ったときどう思うのかわからなかった。
それだけ信用されている人物としてソフィアに心を開いてくれればいいが、余計なことをしたと思われて警戒されると、今後が動きづらくなることだろう。
「少しずつ探っていく必要があるかもしれないわね」
ソフィアも精霊使いであることを隠して嫁いできている。今のところレイスに力のことを話すつもりはなかった。
だからこそ、少しずつ探っていくしかないと思った。
再び本に集中しようとしたとき、図書室の扉をノックする音が聞こえた。
「失礼します」
リノアが顔を出したのだ。特に呼んだ覚えもなく、何か用事があるのだろうかと首をかしげる。
「何かあったかしら?」
本を横において尋ねると、リノアは積み上げられている本に一瞬視線を向けてからソフィアを見た。
「奥様。大奥様がレグストの別邸で奥様とお会いしたいという連絡が来ました」
「お義母様から」
辺境伯の屋敷に義母が来る予定はないと聞いていたが、会う予定も組まれていなかった。それが急に別邸に来いという話が来たらしい。
まだ顔を合わせていなかったし、挨拶をすることもなくいきなり嫁いできた嫁という立場のソフィアは素直に従うのがいいと思った。
辺境伯家のことはまだ知らないことのほうが多い。義母と会えるのならいろいろと話を聞きたかった。ただ、義母がソフィアを受け入れてくれるかどうかは会ってみないとわからなかった。
「いつ会いに行けばいいのかしら?」
昼食を終えて図書室にこもっていたが、まだ外は明るかった。今からということではなさそうだが、数日中には別邸へ行かなければいけないだろう。
「明日だそうです」
「え、明日」
少し余裕があるだろうと思っていたソフィアだったが、明日には別邸に行くことになった。
そして、自分の格好を見下ろしてしまった。
「お義母様に会えるような服がないわね」
ドレスなど持っていない。平民よりも上等な生地で作られた服というだけで、義母に会うにはあまりにも場違いな服しかソフィアは持っていなかった。
レイスの時にも同じ服装だったが、服を指摘されてもないものに見栄を張ることもできず、素直にこれしかないのだと堂々と言っていたことを棚に上げてしまっていた。
街に行くのだから、義母に会う前にどこかでドレスを調達できないかと考えたが、すぐにあきらめた。
ドレスを買えるだけの資金をソフィアは持っていないのだ。
支度金を叔父が用意してくれるはずもなく、服だけではなくお金そのものもソフィアにはなかった。
おのずとあきらめるという選択肢しかソフィアの中にはなかった。
「仕方がないわね」
この時ソフィアは旦那であるレイスに頼んでみるという発想を持ち合わせていなかった。
そんな考えを持っていたら、レイスと会ったときに頼んでいたことだろう。
「・・・・・」
そんなソフィアを見ていたリノアは何も言わずソフィアの返事を静かに待っていた。
それに気が付いたソフィアは仕方がないともう一度心の中で自分に言い聞かせてから返事をした。
「お義母様からの呼び出しだもの。特に私に用事もないし、行くと伝えておいてくれる」
「わかりました」
リノアはすぐに図書室を後にした。
残されたソフィアは明日会う義母のことを考えたが、すぐにやめてしまった。
伯爵家についてもそれほど知らないのに、義母についての情報がソフィアの手元にはないのだ。今から1人で考えても何もわからないし、あとでエリオットにでも聞いてみるしかない。
そう考えなおしたソフィアは再び本を読むことにした。
義母がどんな人なのか、ソフィアは突然結婚することになって辺境伯家に嫁いできた身だ。それをどう思っているのかは会ってみなければわからないだろう。
できれば穏便に事が運べばいいなと思う程度で、ソフィアは辺境伯家についての本に集中していった。




