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訳あり結婚

「本日我が校から新たに卒業される生徒が・・・・・」

校長の長い話に、エリックセント王立学園の卒業生たちは、手にしている飲み物を早く飲ませてほしいと誰もが思い始めていた。

学園の創立者であるエリックセントという人の歴史から語り始めた時は、話が長くなることはわかっていたが、すでに10分が経過した今、もう切り上げてほしいと顔には出さなくても心の中で思っている生徒は多いはずだった。

中にはあくびをかみ殺している生徒を見つけて、同じように卒業生として校長の話を黙って聞いていたソフィアは微笑を浮かべた。

誰もがもう終わりにしてほしいと思っていることを校長はわかっているのだろうか。

わかっていながら延々と話を続けているのだとしたら、きっとこれは卒業する生徒たちへの最後の試練なのかもしれないと思い始めていた。

「これでやっと大人の仲間入りね」

「ソフィアは家を出るのでしょう?」

卒業と同時に婚約者が決まっている者たちはそれぞれの貴族の屋敷へと嫁いでいく。まだ決まっていない者たちもそれぞれ家に戻って親の事業を手伝ったり、これから結婚相手を決める者たちもいた。

そんな中、ソフィアはまだ結婚相手が決まっていないし、親の手伝いをすることもない。

両親は半年前に馬車の事故で亡くなってしまった。一人娘のソフィアは未成年ということで、父親の弟がエリッド伯爵家を継ぐことになった。卒業と同時に成人とみなされてソフィアが伯爵位を継ぐこともできたが、叔父であるステファンはそのまま伯爵として居座るつもりだ。そして、後継者に自分の娘を据えるつもりでいたので、ソフィアは完全な邪魔者となっていた。

卒業するまでは面倒を見てやると言われたが、この学園は屋敷から通うか寮に入るかを決められる。ひとり立ちも考えてソフィアは入学当初から寮生活をしていた。学費も全て納めていたので面倒を見てもらうという程の事が何もなかった。

それに、卒業後は伯爵令嬢ではないのだから屋敷を出て行くようにとも言われている。

しかも、ソフィアが使っていた部屋など、すでにステファンの娘であるセイラが最初から自分の居場所であったかのように使っているそうだ。

残しておいた荷物も、欲しいと思った物を勝手に使っていると知って、最初は抗議したのだが、伯爵令嬢は自分なのだから、あなたの物はここにはないと言って奪っていったのだ。

しかも、必要ないものはソフィアにとって両親との大切な思い出がある品でも遠慮なく捨てていた。

長年屋敷に仕えていた侍女がこっそり拾ってソフィアに届けてくれなければ、ソフィアの手元には何も残らなかっただろう。

「あんな家にはいられないわ」

隣に立っている友人のユーリル=エステリアに話しかけると、納得したように頷いている。

「ユーリルは領地に戻って家族の手伝いをするのでしょう」

校長の話がまだ続いているので、小声で尋ねる。

「お兄様の事業を手伝うつもり。結婚はまだ先になりそうね。それよりも、ソフィアも一緒に来ない?」

両親の死後、ソフィアが伯爵家でどんな扱いを受けているのか知っているユーリルは、卒業後のソフィアのことを思って提案してくれていることはわかっていた。

だが、ソフィアはその提案を断っていた。彼女には絶対に断れない先約があったからだ。

「誘ってくれてありがとう。でも、もう卒業後の進路は決めてあるの」

先約はあるがソフィア自信詳しい話を聞いていなかった。そのため、友人にも先のことを話すことができなかった。

「詳しいことはまだ言えないけど、落ち着いたら必ず連絡するから」

「絶対よ。ソフィアは無理しそうだから心配なのよね」

「大丈夫よ」

2人で微笑み合っているといつの間にか校長の話が終わっていた。持っていた飲み物を高く掲げられて、卒業パーティーがいよいよ始まったことを知らせることになった。

ダンスは行われない立食パーティーとなっている会場では、目の前のテーブルに並べられた料理に手を伸ばすか、長かった校長の話から解放されたことで、普通の声の大きさで友人たちと話を始める者がほとんどだった。

ソフィアは小声でユーリルと話をしていたので、まずは目の前の料理を少しだけ食べた。

ユーリルは他の友人と話をするため移動してしまったので1人になってしまうと、その後すぐに会場の隅へと移動した。大きな窓が解放されていて庭に出ることができたので、そのまま外へと出た。

卒業パーティーに合わせて庭も綺麗に整備されていた。

卒業生たちはまだ会場にいるため、庭には誰もいない。

夏の終わりが近づいている涼しい夜の庭を独り占めしている気分で、ソフィアは少しだけ嬉しくなっていた。

庭の中央に噴水があるので、その淵に腰掛ける。

「今日で卒業か」

本当なら卒業した姿を両親に見てもらいたかった。立派な成人となって父の手伝いをしていくことも夢見ていた時もあったが、そのすべてを半年前に奪われてしまった。

学園に通い卒業までできたことはよかったと思っている。下手をすると退学させられて、領地でずっとこき使われる運命もあったかもしれない。

叔父と従妹はソフィアを嫌っていて、こき使うのではなくいなくなってほしいと考えていたようなので、外に出ることができた。

「これからは1人で生きていかなきゃね」

『1人じゃないよ』

『そうよ。ぼくたちがいる事忘れないでよ』

ソフィアの言葉に反応する2つの声が響いた。

顔を上げると、空中に手のひらサイズの透明な羽をもった精霊が浮かんでいた。

1人は緑の髪と瞳で、光の加減で羽が見えたり見えなかったりする風の精霊レラ。

もう1人が水色の髪と瞳に、水の膜を張ったような羽を持った水の精霊ワッカだ。

2人とも女の子の姿をしていた。

『ソフィアは何でも1人でしようとするから駄目よ』

『ぼくたちがいることを忘れないでよ』

「ごめんなさい。2人のことを忘れてなんかいないわよ。でも、人前では話ができないからおしゃべりするのは気を遣うのよね」

精霊たちは契約者を選ぶ。精霊と契約するだけでも大変な価値がある存在となるのだが、ソフィアは風と水の2つの属性の精霊と契約していた。

母親の家系が精霊と契約できる血筋だったのだ。何代かに1人、精霊と契約できる子供が生まれるらしく、それがソフィアだった。

ただ、契約できることを周りに知られると利用される可能性があるため、両親とソフィアだけが知る事実となっていた。その両親も亡くなってしまったため、今はソフィアだけが精霊と契約していることを知っていた。だが、そこに例外が生じたのも半年前だった。もう1人だけ精霊と契約していることを知る人物がいる。

『せっかくのパーティーなんだから、ぼくたちのことは気にしないでもっと楽しめばいいのに』

『美味しそうな食べ物がいっぱいあったわ。あたし達も食べてみたいなぁ』

などと言って精霊たちがソフィアを会場に誘導しようとしていた。食事をしなくても精霊たちは生きていける。それよりもソフィアをこのまま1人にしてはいけないと考えているようだった。

優しい精霊たちの想いを汲んで、ソフィアも立ち上がった。

「それじゃ、戻ろうかしら」

「戻るのは少し待ってほしいな」

一歩踏み出した時、噴水の反対側から声が聞こえた。

聞き覚えのある声に振り返ると、1人青年が微笑みを浮かべながら歩いてくるところだった。

「王太子殿下にご挨拶申し上げます」

庭には所々に明かりが用意されているが、ぼんやりとした明かりのため遠いと姿がはっきりとしない。だが、ソフィアは相手の声で誰であるのかわかっていたためすぐに挨拶をした。

「このような人気のない場所に殿下がいるとは思いませんでした」

「気にしなくていいよ。僕としては君がここに来るのではないかと思って待っていた節もあったから」

顔を上げるとこの国の王太子エリック=プリディードは笑顔を浮かべていた。

「卒業パーティーに参加せずに、来るかわからない私のことをここで待っていたのですか?」

「なぜだろう。嫌味を言われているようにしか聞こえない」

そう言いながらもエリックは楽しそうに笑顔を浮かべていた。

周囲からはいつも笑顔で穏やかな雰囲気が人気のエリック王太子だが、ソフィアには得体が知れない物を感じさせる笑顔でもあった。

彼はソフィアがここに来ることを待っていると言っていた。何かを企んでいることは間違いないだろう。

王太子殿下とは学園に入学してからの知り合いとなった。それまでは王族と顔を合わせることなどなかった。学園内でも顔を合わせれば挨拶をする程度の関係でいると思っていたのだが、彼もまた特殊な能力を持っていたため、ソフィアと親しくなったのだ。

「殿下の気のせいですわ」

ソフィアも笑顔を向けると、エリックは肩を竦めた。決して咎められることはないとわかっている。そういう関係性なのだ。

『こんばんは。契約者ソフィア』

エリックと話をしていると、彼の頭上から違う声が聞こえてきた。

小さな光がエリックの頭の上に現れると、弾けて手のひらサイズの精霊が姿を現した。金の髪と瞳に、キラキラと光の粉をまぶしたような羽が特徴の光の精霊だ。

『僕の契約者が、いつもすまないね。本当にひねくれた言い方しかできない可哀そうな子なんだよ。もっと素直にあなたと話ができればもっと信頼できる友人になれるはずなのに』

ため息をついている光の精霊は、彼もまた少しひねくれた言い方をしているような気がしたが、ソフィアは何も言わずに苦笑するだけにした。

「気にしていませんよ。いつもの事なので」

『そう言ってくれると助かるよ』

「こら、イメル。余計なことを言わなくていい」

頭上を振り仰いでエリックがイメルと呼んだ光の精霊に抗議している。だが、そんなことを気にするわけもなく、イメルはソフィアに話しかけ続けた。

『エリックは大事な話があるらしい。人のいないところで話がしたかったようだから、ここでソフィアを待つことにしたようだが、会場を抜けていられる時間もあまりないから、さっさと本題に入らなければいけない』

「はい」

「こらこら、話を先に進めるな」

エリックが制止をしてきたので、イメルを見上げていた視線を彼に戻すと、ひとつ咳払いをしてから一通の手紙を取り出した。

「これは?」

「君の嫁ぎ先だよ」

「・・・は?」

受け取った手紙を読む前に聞き間違いかと思うような言葉が飛び出した。

「私に婚約者はいませんが、殿下に嫁ぎ先の斡旋をしてほしいと頼んだ記憶もありませんよ」

「僕もそんな記憶はないね。勝手に結婚相手を決めるつもりなんて僕もなかったけど、これは王命だから」

そういうエリックはどこか寂しそうな顔をしていた。王命だと言われたらソフィアに逆らえる力はない。とりあえず手紙の内容を確認して見ることにした。

「東の国と接している辺境伯との婚姻ですか」

「あまり関係性が良くない国だ。いつ戦争になってもおかしくないが、そこの護りを任せているグリースト辺境伯領には国境となる森がある。そこに棲んでいる精霊との契約によって護りを固めているから攻められることはない」

「森の精霊」

「詳しいことはここで話せない。とりあえず君にはその辺境伯家に嫁いでもらいたい」

急な展開に何かあることだけはわかった。

「本当は友人として条件のいい婿候補を探してあげられたらよかったのだろうけど、国の事情に巻き込む形になってしまった」

そう言ったエリックは一瞬寂しそうな表情をしたが、すぐににこやかな微笑みを浮かべてしまった。

ソフィアの先約というのはエリックの事だった。彼が卒業後のことでいろいろと斡旋をしてくれることになっていたのだが、仕事先を紹介してくれるとばかり思っていた。それが婿探しをしていて、辺境伯というちょうどいい候補が現れたのだった。

友人としての立場と王太子としての立場の葛藤があったことは、ソフィアにもすぐにわかった。最終的には国を守ることを優先して、ソフィアの能力を利用することにしたようだ。しかし、ソフィアはそれに文句を言うつもりはなかった。

王命であることから文句など最初から言えないが、友人としても彼を責めるつもりはない。

「学園を卒業したら家に戻るつもりはなかったし、どこか住み込みで働ける場所を探そうと思っていたのよ。結婚なんて全く考えていなかったわ」

考えようによっては衣食住付きの優良物件になる。

戦争が起こるかもしれないというリスクはあるが、ソフィアの能力なら辺境伯領でもきっと大丈夫だと判断されたのだろう。

「承知しました。すぐにでも出発できるように準備しておきます」

微笑みを浮かべて返事をすると、エリックが一瞬言葉に詰まったような顔をした。

「・・・すまない」

小さな声は聞き取るのがやっとだったが、ソフィアの耳には聞こえていた。だが、その呟きに反応してはいけないような気がして、何事もなかったようにソフィアは会釈をしてその場を去った。

学園での生活も今日が最後。せっかくのパーティーだ。もとを取るためにもしっかり料理を食べて英気を養うことにした。


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