28.置いてきぼり卒業
一刻前に王都を一斉に襲った通信及び魔法陣などの魔法具全般の不具合。魔法省はこれについての原因は解決したとの声明を述べたが、原因が何であったかの詳細は避けていた。
それに対して不安と不信を露にする人々は魔法省へと押しかけようとしたが、王の言葉に安心した人々は日常へと戻っていった。
それでも、街が何処となくぴりぴりとした空気なのは、多数の兵士が忙しなく巡回しているからだと思う。
エルナは兵士に何度か足を止められながらなんとか街を抜け、外れにある大きなテントが建ち並ぶ場所に来て居た。
(スイ兄様は何処にいるんだろ)
何処へ行ったらいいのかわからなかったが、周りでうろうろとしていても仕方がない。奥に進もうとした時。
「あれ、エルナちゃんじゃないの?」
背後にいた黒髪に藍のメッシュの入れた青年は大きな荷物を手に、碧の瞳を瞬かせていた。
「えっと、何方、ですか?」
* * *
あの後、怪我を負った伝令をメイドさん達に任せ、足早にお母様達の下へと向かった。
道すがらにお父様は、よく聞きなさい、魔法陣が復旧したら私は直ぐに王の下へ向かう、エルナはスイの下へ行って手紙を渡して欲しい。渡したら家に戻ってアサナと共に居てくれ。
そう言い終わる頃には執務室に着いていた。私を床に下ろし、お父様は万年筆を取り、物凄い早さで手紙を書き上げていく。手紙の山が出来て漸く、筆を止めたお父様がその中から一束の手紙を渡す。スイは恐らく、街外れのテントが建っている場所にいる筈だ。地図もいれておくから頼んだぞ。
そう言って自分も手紙の一部を取るとエルナを抱き上げ、後のことをメイドさんに任せるとお母様の下へと急いだ。
どうやら魔法陣は、アサナと王都にいるフォー姉が頑張ったおかげでいち早く復旧したらしい。フォー姉は魔法省に向い復旧の手伝いを、お母様はお父様と一緒に王城へと向った。
アースが誘拐されたことについて、詳しく話は聞けなかった。ただ、この状況がそれに関係ない筈がないのは明白だった。嫌に早い鼓動を抑え、スイの下へと走った。
* * *
「え、俺のことわからないの!?」
手に持った手紙をスイに渡そうとここまで来たが、青年に呼び止められ立ち往生していた。悲しそうに聞いてくる青年には悪いけれど、全然思い出せそうにない。
うーんと首を傾げ本格的に悩み始めたエルナに、青年は失笑すると突然纏う空気を変えた。
「劇“-lac de sang-”のアルフレッドを演じました、クオイ=ローレンと申します」
「お嬢さん、思い出していただけましたか?」
荷物を持っているにも拘らず、優雅に貴公子のような挨拶をする青年の姿が、2年前のスイ兄といた少年と重なる。こくこくと頷けば、クオイはへらりと笑う。
「あー、よかったよかった。そんじゃまぁ、スイのとこ行くか」
さっきまでの様子とは打って変わって、だらりと肩を下げフラフラと歩き出した。その姿に道化っぽさを感じつつ後を追う。
一番奥のテントの前でクオイは失礼しまーすと声を掛けると、返事も待たずに入って行ってしまった。慌てて入ると、誰かが奥の机を囲うように立っていた。
「クオイ!遅いぞ!!」
「あー、すみません」
「団長、クオイの奴は何時ものことだ」
「お、流石、副団長ー」
怒られ呆れられてるにも関わらず、へらりと笑うクオイにローブを纏った男性が鋭く睨んだ。
「…副団長、クオイは調子に乗るので適度な注意は必要なのでは?」
「その話はまた後にしませんか?それで、どうで……エルナ?」
クオイの足元からひょいと頭を出すと、驚いた顔をしたスイと団長と他2人がいた。
「うん?お嬢ちゃんじゃないか」
「…何方なんですか?」
「あー、恐らくスイの所の末の妹じゃないのか?」
「お、副団長、当たりですよ」
「それで、エルナ。どうしたんですか?」
「あ、お父様から手紙を」
「手紙?」
団長とクオイ、あとローブを纏った男性と副団長と呼ばれた男性が軽口を叩き合っていた。取り敢えず当初の目的を果たすべく握りしめた手紙の束を渡す。スイは束をペラペラと捲りその中の一通を抜き取ると、さっと目を通し顔を上げた。
「エルナ、手紙を届けてくれてありがとうございます。私も後で向かうので、先に一人で帰れますか?」
「えー危なくない?俺送ってくよ?」
「いえ、クオイにも頼みたい事があるので」
「あーだめか、エルナちゃん、帰れる?」
「はい、帰れますよ?」
来た道帰ればいいだけなのに何を心配してるんだろう。不思議な気分だ。
兎も角、早く帰ってお父様に報告せねば。頭を下げると来た時よりも早足で家へと向った。
* * *
行きよりも急いた足に、思ったより我が家に早くついたようだ。玄関では、直立不動のアサナがこちらを見つけてにっこりと笑う。
「アサナ!」
「エルナ様、おかえりなさいませ。お使いは上手くいったようですね」
「うん」
玄関で靴に着いた泥を払い階段を上がる。アサナは付かず離れずの距離で後ろから着いてくる。
「お父様は?」
「旦那様なら…」
そう、アサナが言い掛けた時、扉を叩きつけたかのような大きな音が響いた。
「レセ!」
何事かと階段を登り切った時、走ってくるレセの姿が。
「レセ姉さ、」
「っ!」
赤く腫らした目から涙を流す姉に掛ける言葉も見つからないまま、その間に走り去ってしまった。呆然と見送るエルナに、アサナはエルナ様と呼びかけた。
「旦那様が帰ってきたら書斎に来て欲しいと」
「でも…」
「レセ様のことは私にお任せ下さい」
だからご安心下さいと笑みを浮かべるアサナにこくりと頷く。
書斎の開け放された扉から入ると、レセと同じように泣きそうな顔で此方を見ていたルセと目があった。
「ルセ兄様」
「…エルナ」
先に目をそらしたのはルセだった。そのままルセは誰とも目を合わそうとせず、食いしばった歯から消えそうな声を出した。
「っ、失礼します」
レセと同様走り去るルセの姿に、訳も分からず呆然と開け放された扉を見つめるしかなかった。
「エルナ」
「お父様、ルセ兄様は…ううん、レセ姉様もどうしたの?」
「…その事にも関係ある話だ」
机に両肘をつけたアルバから漂う、重くのし掛かる気配に緊張して喉が鳴る。アルバはすぅ、と一息吸い込むといつになく厳しい目をして言った。
「カルティーエルナ、スレイヤと共にブレーデフェルト帝国に潜入捜査及びアレスティア王子奪還の任務につけ」