26.交わした約束
〈side:???〉
今の流行は、孔雀の羽飾りと、鳥を模した小さな刺繍が踊るような意匠。鮮やかな色が艶やかに踊る姿は、まるで。
「鳥そのものか?」
ぴーちくぱーちく囀り回る煩い鳥。ふわふわと頭上で揺れる鳥の羽根。そんでもって頭も鳥並とあれば煩わしいさ倍増だ。
げんなりとして作法なんて忘れて手摺に身を投げる。思考がだだ漏れなのももうどうだっていい。
「お前ねぇ、誰が聞いてるかも分からないんだからそういう発言は控えなさいよ?」
「んなもん、誰も聞いてな…」
「ほぇ?」
金に靡く髪には流行りの羽飾りを耳の上に掛け、鳥の刺繍が施されていた衣装は上品に仕上げられ、そこには着る者の愛らしさを阻害しない華やかさ、そして頬を染め上目遣いに見上げてくる……幼女。
「ぶっ、」
「うぉ、きったな!」
思わず口から吹きこぼれる酒が、友人へと直撃する。
「ありゃ?」
その様子を首を傾げじぃーと見つめてくる。その少女の眼差しは無垢で、何処か見透かされているような居心地の悪さを覚えた。何か、そう問おうと口を開きかけた瞬間。
「エルナー、どこー?」
幼女ははっとして踵を返す。
「はい、今行きます」
ちらりと此方を窺い、幼女は何事もなかったように去って行った。
「なんだったんだあの子」
* * *
いやー、危ない危ない。危うく迷子になり掛けた。
城でのパーティーに出るのは2回目。だが自分の足で歩き回るのは始めてで、ついはしゃぎすぎた。その所為で、逸れたのはある意味必然かも知れない。
(でも、さっきのお兄さん誰かに似てるような?)
首を傾げながらも、迎えに来たリア姉に手を引かれる。一応逸れたことを反省して大人しくしていると、着いた先は王族の席の横にあるベランダ。揺れるカーテンの向こうにはアースの姿が。
「リア姉様?」
「まだアース様にご挨拶してないのエルナだけだよ?」
行っておいでと背中を押され、アースの横に黙って近づく。
「…エルナ?」
「アース、誕生日おめでとう」
「ああ、ありがとう。…帰って来ていたのか」
「うん、つい昨日にね」
それは随分と急だなと疲れた顔で笑う。
「でも、急いだお陰でアースの誕生日祝えたしからよかった」
「良い、か?誕生日なんて…」
こんな日に辛そうな顔をするアースに、誕生日の良さをわかって欲しい。だって、誕生日は美味しいご馳走食べれるし、みんなからおめでとうって言ってくれるし、沢山のプレゼントを貰える。とっても、良い日なんだ。
「んーじゃあ、私がアースの誕生日を祝う!」
おめでとうって言って、誕生日プレゼント…は今日はないけど、来年からは持ってくるし、一緒に美味しいもの食べよ。うん、そうしたらアースだって…
良さを分かって貰おうと、わかって貰えるまで言葉を尽くそうとエルナは意気込む。だが、次に発せられたアースの言葉に、それが見当違いであったことを知る。
「っだが、祝って貰う理由など…」
王子なんて立場がなければ、僕を祝うなんてことはしない。
ぽつりと零したアースの本音に、なんだか怒りが湧いてきた。どうして、周りを見ないの。王様も王妃様も、会ったことはないけどアースのお兄様やお姉様がアースの事嫌いな筈がない。それに、自分だって。
「理由ならあるよ、アースは友達だもん」
お母様は言ってた。自分には主がいない。だから、アースは主にはならない。自分が自由だって言うなら、誰がどんな立場なんて関係ない。私は、私の好きにする。
すっきりした顔で、自信満々に言うエルナに、アースは何を言われたか分からない顔をした。
「…友達?」
「あれ、違うの?」
(え、自分だけそうだって思いこんでたの!?めっちゃ恥ずかしいじゃん)
両思いだと思ったら片思いでした。みたいな状況に嫌な汗をかきながら、必死に言い訳を探していると、アースの口から歯切れの悪い言葉が漏れた。
「あ、いや、そんなこと考えたことがなかった」
下を向いて考えこむアースの言葉を根気良くじっと待つ。
やっと顔を上げたかと思っても、瞳は不安気に揺れたまま。ぎゅっと裾を握ったアースは口を開いた。
「友達、か…エルナは、僕の友達なの、か?」
「うん?そうだよ」
というか、そう言ってくれないと普通に困る。自分だけが友達だと思ってたなんて慚死しそうなんだけど。
「だからね、来年の誕生日も、再来年の誕生日も、私はおめでとうって言うよ。だって私はアースの友達だもん!」
「友達だから?」
「友達だから!」
安心させる為に、にぱっと笑って答えてみせる。
「そうか…じゃあ、僕もエルナの誕生日を祝いに行く」
エルナの確かな言葉に後押しされたアースは、初めて自らの望みを口にした。
「うん、約束だよ!」
「ああ、約束だ」
小さな手と手の小指を絡め合い約束を交わし合う。それぞれの想いと思惑とが交差するエルナの誕生日、初月まであと一月弱。
*余談*
「ところでアース、レセ姉様やルセ兄様は友達じゃないの?」
「いや、友達、なのか?」
「?」
「あ、いや、護衛で近くにはいるが」
「うん?」
「あ、アース様、エルナ!」
お皿を片手に抱えたレセがフォークを咥えながら此方に向かってきた。
「レセ!行儀が悪い!」
「ルセは煩いー」
「どうしたんだ?」
「あ、そうだ…エルナあーん、アース様もあーん」
「む」
言われた通りにするアースの口に同じ様に、一口サイズのお菓子が放り込まれる。
もぐもぐと無言で食べるアースから幸せオーラが漂い、レセはそれを満面の笑みで見届ける。
「アース様、こいつが嫌な事したら注意して下さい」
「そんなことしないもん!」
「別に嫌なことない」
「ほら」
「ほら、じゃない!」
「煩いなぁ、あ、美味しかった?」
二人してこくこくと頷いているとルセにお皿を押し付け、エルナとアースの手をとって引っ張る。
「あっちに美味しいの沢山あるよ、行こ!」
にこにこと笑いながら手を引くレセと、なんだかんだ言って面倒を見るルセの間に当たり前のように挟まれるアースに、笑みが浮かぶ。
後でそっと教えてあげよう。
友達って言ってもいいと思うよ?って。