25.“ただいま”
親子にでも見えたのか、微笑ましいそうな目で見送られ役所を出る。今、家族は王都にある家にいるので、徒歩で向かう事にした。
夕方だというのに未だ賑わう通りに懐かしさを覚えながら、ゆったりと歩く。だが、ソルは家に行くのが嫌なのか、渋い顔をしていた。
「ソル、そんなに嫌ならなんで付いて来たの?」
「あー…修行を終えたら報告は義務なんだよ。だから報告ついでにお前の見送りな訳」
だから好きで付いて来た訳じゃない、早く帰れるなら帰りたい。嫌々といった風に溜息をつくソルに、もう会えなくなるのかと思うと、無性に淋しさが込み上げてきた。
「じゃあ、報告したらすぐに帰っちゃうの?」
「…いや、この時期直ぐに帰るのは無理だろ」
多分一ヶ月くらいは帰れないだろうな。ぼやくソルに、何でかと口を開けかけた時。
「エルナ!!」
飛び付くように駆けてくるレセと、それを失笑しながら着いてくるルセの姿があった。
「大っきくなったね!修業はどうだった?」
「とっても楽しかったよ」
満面の笑みで答え、抱き付いてくるレセに抱き着きかえす。
「エルナ」
「ルセ兄様!どうして今帰って来るってわかったの?」
「ああ、それはフォー姉が教えてくれたんだよ」
レセが迎えに行くって聞かなかったんだ。いつ帰って来るかも分からないんだから大人しく家で待とう。って言っても、迎えに行きたい!って言うからじゃあフォー姉に帰ってくる時間を聞いてからって話になったんだ。
そう話してくれたルセに、全部言わなくてもいいじゃんかと拗ねたレセは頬を膨らました。レセがルセは何でそうやって、と文句を言いにルセの隣に並ぶ。
これを見るのも久しぶりだな。離れていた時間の長さを実感していると、不意にレセとルセが振り返る。
「あ、そうだエルナ」
傾く太陽を背に、佇む対の少年と少女を眩しさに細めた目で見る。レセはにかっと笑った顔で、ルセは優しげな顔で。
「「“おかえり”」」
雨上がりでキラキラと輝く道も相俟って、胸をぐっと掴まれるような光景に溢れた涙。私はここに帰って来たのだと。
「っ、“ただいま”」
多分、初めて思ったのかもしれない。ここに産まれてから、どこか余所行きのままだった。心の何処かで、夢の延長のようにしか感じること出来なかったからだ。でも、今なら思える。
ここが、私の生きていく場所で、私の帰る場所なんだ。
認識した途端、溢れた気持ちを抑えられず二人の胸の中で号泣してしまった。正直、自分でもびっくりした。
心配したルセに抱っこされて家に戻ると、沢山の人に迎えられ、沢山のおかえりとただいまを繰り返した。
* * *
泣いたついでに恋しくなって、久々にお母様の膝を独占して甘える。優しく撫でる手に、朝から抱いていた疑問を口に出した。
「お母様、どうして今日だったの?」
「あら、忘れてしまったの?明日はアース様の誕生日よ」
忘れていたとばかりに口をぽかりと開けて固まるエルナに、フレイはくすりと笑う。
「それに、年も末になると魔法陣は気軽に使えなくなってしまうの」
そしたら、また来年もあなたの誕生日を祝うことが出来なくなってしまうでしょう?
愛されていることを自覚し、こそばゆさを隠すように質問を重ねる。
「でも、年明けまでまだ時間があるよ?」
「王都にある魔法陣は他とは違って大掛かりな調整や整備だから、長期間になるのよ」
「じゃあ、使えなくなっちゃうの?」
「全て同じ時に調整をするわけじゃないから、使えなくはないわ」
その言葉にホッとする。
「でも、値段も跳ね上がるし、稼動しているものも少ないから一般には予約制になるわね。だから使う人は限られて来るわ」
もう、そろそろ寝る時間ね。そういうフレイの膝から降ろされ、頬を撫でられる。
「ふふ、一応服は用意してあるから寝る前にアサナに確認して貰ってちょうだい?」
「はい、お母様」
頭を下げ扉の方へ足を進めた時、後ろから真剣なフレイの声がした。
「ねぇ、エルナ」
振り返れば、何かを伝えようとするフレイの顔が見えた。
「アース様は少し優し過ぎるお方。その分、王宮では苦労しておられるわ」
始めて会った時の、アースを思い出す。父親にさえあの態度で、誰かに助けを求めたいのに求め方を知らない、小さな子供の姿を。
(助けてあげたい、力になってあげたい)
苦しい時に苦しいって、楽しいなら笑って、泣きたい時には泣いて。そうやって、子供なら当然することを出来るように。
「クライヴに産まれた者は5歳になるまでに仕える主を決めるわ。でも、エルナ。あなたには仕える主はいない。クライヴである前に、未定者であるあなたには」
それってどういうことなのかとフレイの方を見れば、唇にそっと人差し指を乗せられた。
「まだ、分からなくていいわ。きっと時が来れば分かること。だからあなたは、この世界の誰よりも自由であることを、覚えておいて?」
さぁ、アサナの所に行ってらっしゃいと有無を言わさず部屋から出されてしまった。お母様の言いたかったことは分かるような、分からないような。
とりあえず、アサナの所に行って今日は寝るのが一番だと、疲れた体に従うことにした。