2.不自由な生活
私が生まれてから何日経ったんだろう。
首がまだすわっていない所為か満足に身動ぎする事も出来ない。まぁ、生まれて間もない赤ん坊が自由に動けないのは当然なんだけどね。
今までは自分の好きに動く事が当たり前だった所為か、余計に不自由に思ってしまう。その代わり、他の人が色々とお世話をしてくれる。
それは嬉しいけど、喋れない身としては自分の意思を人に伝えるのも一苦労な訳で………
『だぁだぁ!!(お腹空いた!!)』
「あっ! エルナどうしたの?」
紅い髪に藍の瞳の少女ことレティーセルナはクレイヴ家三女。つまり、クライブ家四女の私からしたら姉にあたる存在だ。
レセは新しい妹が出来たのが余程嬉しかったのか、よくエルナの所に遊びに来る。きっと、他の兄や姉とは違いまだ学院に通っていないことも理由の一つだろう。
そんなレセはエルナの声にいち早く気付いて、ひょこりと顔を覗かせ尋ねてきた。
エルナはレセにお腹の悲鳴を訴えかけた。
『だぁぁ、だぁだぁ!(だから、お腹が空いたの!)』
「おむつを替えて欲しいの?」
『だぁぁぁぁぁ!!(違うーーーー!!)』
どうして気付いてくれないんだろ。しかも、最悪なことにおむつと間違えるとか………
エルナは心の中でがっくりと膝をついた。そんなエルナの心情も知らずに、レセは上機嫌でエルナの頭を撫でる。
「よしよし、今アサナ呼んで来るから」
『だぁ…だぁぁぁぁ!!(ちょっ…待ってーー!!)』
レセはエルナの制止の声も聞かずばたばたと外に出て行ってしまい、エルナが伸ばした小さな腕は当然レセを掴む事は出来ずに空を切った。
嗚呼、どうしよう……
きっと体が自由に動くなら、頭を抱えて部屋中を転がりまわっていただろう。それほどにいやなんだ!!
まぁ……母乳を飲むことに対して抵抗はない訳ではないよ?でもそうする以外に空腹は満たせないからなんとか割り切れる!それでも、おむつを替えるのだけは慣れないんだーー!!
ちなみに、アサナというのは兄、姉が生まれてからずっと世話になっている乳母だ。当然の事ながらエルナも世話になっている。
「如何しましたか?」
レセに腕を引かれるままに部屋を入って来たアサナは、優しく微笑み穏やかな口調でエルナに語りかけた。その笑みと声はいつだって見ている人の心を癒してくれる。
いつもはそれにほんわか和んでいる所だが、今はそんな場合ではない。
なんてったって、おむつを替えられるか替えられないかの瀬戸際なのだから!
『だぁ! だぁだぁ!!(だから! お腹が空いたの!)』
「エルナはねおむつ替えて欲しいだって」
いや違うよ!?私が欲してるのはおむつなんかじゃないよ!!
あーもうだれか~~~!!
そんな私の声を、天は珍しく聞き入れてくれた。
「ふふっ、どうしたの?」
「奥様!いらっしゃたのですか?」
「えぇ、エルナの元気な声が聞こえたからね」
茶目っ気たっぷりに微笑むお母様に向かって、最後の砦と言わんばかりに叫んだ。
『だぁだぁ!(お腹が空いたの!)』
「あらあら、お腹が空いたのね」
やっと通じた………流石、六児の母というべき?
「あれ? そうだったの??」
レセは不思議そうに首を傾げた。
何はともあれ、おむつを替えることはなくなった!!
私は一人心の中で狂喜乱舞していると、そんな私の心の内を知ってか知らずかお母様はとんでもないことを言った。
「おむつは後で替えましょうね?」
まさに、天国から地獄とはこの事……
その後、渋る私の抵抗も虚しく、無事新しいおむつに履きかえられました。