23.“いってきます”
「おい、ガキ、ツラかして貰おうか」
翌日アースとさよならを告げ、我が家に帰ってくると、お母様から先生が来るから外で待っていてと言われ、意味も分からず玄関で待つ事10分。どう考えても堅気ではないような、サングラスを掛けた厳ついにーちゃんに絡まれました。
ぽかーんと見上げていると、サングラスのにーちゃんは返事のない私に疑問に思ったのか、俗に言うヤンキー座りをして目線を合わせてくれた。
「おい、聞いてるのか?」
…実はこんな形をしているけど、雨に晒される捨て猫に傘をあげたり、お腹を好かせた動物にご飯をあげていたら懐かれ毎日ご飯をやりに行ってしまうほど律儀で優しい人かもしれない。そう思いながらじーと見ているとサングラスの人は眉を潜めた。
「な、なんだよ」
「…すてねこ」
「は?」
「なんでもないでしゅ」
怪訝な顔をするサングラスに、咄嗟に繕う。危ない危ない。ついうっかり口を滑らしてしまった。心とお口にチャックをすると、サングラスに向き直る。
「で、どちらさまでしゅか」
「…はー、何にも言われてないのかよ」
頭をかかえて悪態をついていたサングラスは、サングラスを外した。
(本体が!!)
驚愕と戦慄を味わっていると、覗いた素顔はなかなかのイケメン。二重の意味で慄いている内に、今日一番の爆弾発言が落とされた。
「俺は、ソル。今日からお前の先生だ」
* * *
サングラスもといソルの先生発言を信じれず、お母様に確認を取りに戻ってみれば、事実であることが発覚。いくら外見がそっちの人だったとしても、これから自分の先生となる人。謝罪はあって然るべきだと思い、ごめんなさいと謝れば、目を見開くソルから拾われっ子疑いに掛けられた。失礼な。
子供らしくぷっくりと頬を膨らましていると、ソルはがしがしと頭をかき、罰の悪そうに顔を背ける。
「あー、…悪かった。クライヴ家の奴らがどいつもこいつも例外なく異常な程問題児だったから、てっきりお前もそうかと思って…そしたら、クライヴの人間にはあり得ない程常識的だったんで、つい、な?悪気はなかったんだが傷付いたんなら、悪かった。」
謝罪の中に混じった我が家の非常識っぷりをまざまざと感じさせる発言に、エルナは顔を引き攣らせるしかなかたった。
一体どんなことしたらこんな思われ方をするのか、問い正したいような、したくないような。
「あー、それでな。本来は1、2週間掛けて慣らしをしてから修行に行く予定だったんだが………俺の用事で明後日に此処を出ることになった。つーわけで、用意して来い。」
「よういってなんのよういでしゅか?」
「あん?おまえんとこの家訓忘れたのか?
“クライヴ家訓第二箇条“生まれて1年経ったら己が秘めた才能を目覚めさせ、3歳になるまでに武術、魔術を己がものとし、5歳までには己が主を守るべし。”だろ?」
もう才能の目覚めは終わったんだし、次は修行に決まってるだろと至極当然の事のように言い放つソルに、それ本気で言ってるのとは聞けず、ただ、はいと答えることしか出来なかった。
どこか敗北を感じながら、部屋にすごすご戻ると、目を輝かせたメイドさんに迎え入れられた。
「奥様から要件は伺っております」
「さあさあエルナ様、此方の服に袖を通して下さい」
「それが終わったら此方の服にも」
次々と出される服にまた着せ替えタイムが始まったのかと思って気分が一気に憂鬱になる。ただ、珍しくズボンや、スカートでも下にスパッツを履くもの、ポケットが多かったり、隠しスペースがあるものなど、機能面を重視した服装ばかりだった。
例えるなら冒険服みたいな感じ。5着程着終わった頃、今までに着た服をメイドさん達は自分の目の前に並べ始めた。
「エルナ様、どれがよろしかったですか?」
バランスの良い冒険隊風、仕込みナイフなどの隠しスペースが多かった盗賊風、一番シンプルで軽装な魔導師風、小手や胸当てが付けられた剣士風、背中に弓矢が取り付けられる狩人風。
共通なのは、膝と肘にはサポーターがついて、手には指先が出る仕様になった手の甲に鉄が仕込んである布製の手袋に、丈は踝を覆う程度で靴底には隠しスペースのあるブーツ。
盗賊風も捨て難いけど、冒険隊風か魔導師風辺りがいいかな。一応三つを指差しておくと、他2着は仕舞われた。
「では、この中で一番着心地の良かったものはどれですか?」
そう聞かれて迷わず魔導師風を指差す。丈の長いノースリーブにゆったりとした袖口の大きなポンチョに近いパーカー、ふわりと取り付けられたスカートの下にはスパッツという現代っ子にとって着慣れた服だったというのが大きかったりする。
わかりましたと彼女達は恭しく礼をすると魔導師風の服を手に取り、渡された。
「着方を教えますので自分で着てみて下さい」
では、というと恐るべき早さで着替えさせられた。この位になって貰わねばなりませんねと、良い顔をするメイドさん達には悪いが早着替えの意味が今一つ理解出来ないんですが。
「はい、では一度脱いでからもう一度着てみて下さい」
ではどうぞと言われ、今だに慣れない小さな手を駆使してもたつきながらも何とか脱ぎ、息をつく間もなくもう一度着る。
まぁ、初めてにしては上々ですねという有難くもない評価を頂き、此れから必要になってきますので精進なさって下さいねと笑顔で言われた。
気疲れの所為かぐったりとして、ベットに寝そべる。その横で、メイドさん達が俊敏な動きで予め用意されていたリュックサックと腰に着けるポーチに、魔導師風以外の二着と下着など詰め込まれていく様をぼんやりと見ていると、突如野太い悲鳴とけたたましい笑い声が響いた。
びくりと体を揺らして、周りを見渡すと、微睡むエルナの上でアサナが掛け布団を手に持って中途半端に止まっていた。
「あしゃな」
「あら、起こしてしまいましたか?」
一体何事なのかと問おうと思った時、ばたばたと激しい足音が地響きの様に響いた。
「ソルーーーーーー」
「っこのクソ餓鬼共、こっち寄って来んじゃねーよ!」
続いて花瓶のようなものが割れる音が響き、頬に手を当てたアサナはあらあらと呟いた。
(いや、あらあらで済む問題じゃないでしょ)
徐々に近付いてくる足音に嫌な予感がして、廊下へと通じる扉をじっと見た。すると、壊れるんじゃないかという勢いで開いた扉から、唯ならぬ気配を漂わせたソルが現れた。
無言でつかつかと近づいて目の前に来ると、次の途端、宙に浮く感覚が。突然のことに目を白黒させつつも自分の体を掴むソルを見上げると、扉を据わった目で睨んでいた。
「…出発すんぞ」
「え、でも、あさってって」
「っ予定変更だ!こんなとこに2日も泊まってられるかよ!!」
あの餓鬼共と忌々しそうにぼやくソルに、一体何をされたのか本当に気になった。
(聞いたら、殺されそうな気がするから聞かないけど)
物騒な顔で空いた手を徐にアサナに差し出すと、心得た笑みで先程纏めていた荷物を渡す。ソルは受け取った小さなリュクを肩にぶら下げ、ポーチをエルナに渡すと窓を開け、驚く間もなく外へと飛び出した。
「エルナ様、いってらっしゃいませ」
後ろから掛けられた言葉に、首を無理に後ろに向けばアサナ達が深々と頭を下げていた。
* * *
「げ、」
「「「あ、」」」
窓を開けた時とは比べものにならないくらい、慎重にかつ、こっそりと庭を横切る最中、運悪くレセ、リア、フォーに見つかったソルは、無言で外に向かって走り出す。リア姉のちょっと、と静止を呼び掛ける声にも止まらる様子もない。
「エルナ!」
門に差し掛かった時、リア姉の声がして後ろを振り返る。
「いってらっしゃーーーい!」
レセ姉が体いっぱい使って手を降っていた。その言葉にじんわりとこみ上げる涙と共に、レセに負けない大声に言葉を返す。
「“いってきます”!」
眩しい青空と家族に見送られながら、快活な笑みを浮かべ出発した。