12.後日祭<中編>
「今年生まれた妹のカルティーエルナです」
「妹、そうかい…くくっ、娘でも出来たのかと思ったのに…残念だねぇ」
にやりと笑いからかうような視線を向ける女性に、スイは何事も無かったようにエルナに話し掛けた。
「エルナ、この人はですね…」
そうスイが言おうとした時に、彼女は手で制した。
女性としては少しばかり長身な身を屈め、エルナの目線に合わせると、射抜かれそうな程力強い眼に見つめられ、ドキっとする。
「お嬢ちゃん、こんにちは。私はこのサーカスの団長、ネイ=ルディエンスだ」
ネイは人懐っこい笑みを浮かべ、“よろしく”と手を差し出す。
差し出された手とネイの顔を交互に見て、その指を確りと握り返した。すると、ネイは驚いた顔をした。
あれ…赤ん坊がこんなことをするのはおかしい!?
あわあわと内心焦っていると、ネイは優しい手付きでエルナの頭を撫でる。始めはなんともなかったが徐々に手から振動が伝わって来た。そして、堪え切れなくなったのか体をくの字に曲げて体を震わす。
「くくっ」
「ネイ、楽しそうですね」
「嗚呼、いや…ついスイに初めて会った時の事、思い出した」
ネイは涙を拭うと、懐かし気にそして何かと重ねるようにエルナを見た。
「俺、なんか変な事しましたっけ?」
顔を顰めて聞くスイに、ネイは意地悪な笑みを浮かべて肩を竦めた。
「くくっ、さぁね?」
「はぁ、そうですか…じゃあそろそろ失礼しますね」
溜息一つ溢すと、スイはネイを問い詰めることを早々に諦めた。
「嗚呼、あいつとも会っておきなよ」
「ええ、そうします。後、エルナに舞台を見せてやりたいんですけど…」
「構わないよ、今リハーサルやってる筈だから見て来な」
ネイは振り返り際にそう言って、ひらりと手を振ると部屋の中に戻ってしまった。
か、かっこいい…!
その流れるよな動作に見惚れていたエルナに、スイはにこりと笑い掛ける。
「許可も戴きましたし、行きましょうか」
* * *
『ずっと一緒にいよう』
『ええ、約束よ』
空中に一定の高さにばらまかれた花は浮かんだ花畑のようで、そんな非現実さが幻想的な雰囲気を醸し出していた。そんな中で、少年と少女は手と手を取り合い約束を結び合う。二人に浮かぶ表情は、幸せに満ち溢れていた。
しかし、幸せな時に影を落とすように、舞台の裾に一人の怪しげな魔術師が辺りを伺いながら登場する。
『災厄の根は…未だ残ったままか……』
男は少年らの居る方を見つめ、忌々しそうに呟く。
『ならば…』
その男が杖を振り上げると、青々としていた空は荒れ始めた。そして雲はいつの間にか太陽までも覆い隠した。
それに驚いた少年と少女は立ち上がり、二人は身を寄せ合う。
『一体、何が起こってるんだ…』
困惑を隠し切れない二人を余所に、事は進んで行く。
『全てを焼き尽くす、煉獄の炎よ…烈火の如く燃え盛れ!!』
男が杖をカツンと床に当てると、ぼうっと音をたて青い炎が床から杖の先端にかけて螺旋を描いて漂う。そして、標的を見つめ、怨嗟の籠った声を吐き出す。
『あの罪深い者達を塵一つ…遺すな!!』
杖を横に振ると、青い炎は花畑に目掛けて跳んでいきみるみる内に炎に包まれていく。二人は必死に逃げるが、無情にも炎は囲うように襲い掛かる。
少年は少女を突き飛ばした。
『くっ、エル』
『アルーーーー!』
少女は少年を助けようと手を伸ばしても、それを妨げる壁のように炎は揺らめく。
『ごほっ、ごほっ…駄目だ…逃げるんだ…』
『嫌よ!ずっと一緒って約束したじゃない!!』
涙を浮かべなおも手を伸ばす少女に、少年は優しい笑みを浮かべて言う。
『なぁ、エル…助けを呼んで、来てくれないか?』
少年の真意に気付いた少女は嫌だと首を振ると、少年は胸にあったペンダントを少女に向かって投げた。
『っつ』
『お願いだ』
それを受け取った少女に微笑んで再度言うと、少女は唇を噛み締める。
『絶対、死なないでよ?』
『嗚呼』
少年は、涙を流しながらもその場を去る少女の背を見送る。
『さよなら、エル…僕の大切な人…』
そして、逃げ場のない少年は炎に包まれて、暗転。
場面が変わり少女は向こうへ行こうとする騎士を呼びとめる。
『スケアーーーーーー!!』
『エル様!?よく、ご無事で…』
『そんな事よりも、アルが…』
振り向く少女の目に映ったのは、空さえも赤く染めた火の海だった。
『うわあああああああああーーーー』
絶望に打ちひしがれ絶叫する少女を抱え、騎士はその場を去った。
『許さない…絶対に』
騎士の腕の中で、自分たちを狙った者に復讐を誓う。そこで徐々に暗くなり、第一幕が閉じた。
閉じた幕の前にライトがあたり、オルゴール引きのお爺さんが語り始める。
『これが-lac de sang-と呼ばれる戦争の始まりだったとは、きっとあの男ですら予想していなかっただろう……』
* * *
凄い!それに、魔法使ってるからか迫力あるし!!
臨場感溢れる劇に目を輝かしていたエルナだったが、兄を呼ぶ声に現実に引き戻される。
「スイ」
ん?この声何処かで聞いたことのあるような…