10.誕生祭<後編>
「アース」
王座まで来ると、ディーリスは穏やかに微笑み掛けた。それを見たアースは、強張った顔を隠すように腰を折ると、再び王の顔を見る事もなく王妃の横の席に座った。ディーリスは、そんな息子の様子を少し悲しげに見遣った。
なんだかなぁ…
エルナが二人のぎこちない関係に顔を顰めていると、ディーリスと目が合った。ディーリスは誤魔化す様に笑い掛けたので、エルナは私は何にも分からないですみたいな顔をしておいた。
その笑みに悲しみを隠し切れていなくて、見ていて痛々しいからやめて欲しい
居た堪れなくなって目を逸らしたその勢いで、きょろきょろと周りを見渡していると上から声がした。
「お父様とお母様は今は用事でいませんよ?」
親が居ないのが不安で探してるとでも思ったのかな?
見上げてみれば、レイスが安心させるように頭を撫でた。
細やかな心遣いに感動していたのも束の間、エルナを腕に抱いたレイスは、そのまま王座の後ろに控えた。すると、驚く間もなくお嬢様方からの突き刺さるような視線を感じた。
えー…さっきまでの配慮は何処へ?というよりなんで幼児相手に本気になってるのかな…
普通の人なら冷や汗モノのこの状況で、寧ろ感心する自分の図太さを今回ばかりは感謝した。それでも針の蓆に座るような居心地の悪さに、溜め息の一つでも溢したくなるのを許して欲しい。
…知らぬ振りで徹すのが一番だな
目を瞑って遣り過ごそうとした時、今までとは違う強い視線を感じた。それらしき方へと首を廻らすと、気の強そうなお嬢様が此方を睨んでいた。
エルナはあれ?っと首を傾げた。
確かに彼女は此方をさっきから睨んではいるけど、今感じた視線それとはまた別なモノだったような
再度、その周辺の人々を見ていくが、やはりいない。
気のせい…かな?
何と無く腑に落ちないながらも、彼女の他にいないのでは仕方ないと無理やり自身を納得させた。
* * *
「…この度は、アレスティア様の三度目の誕生祭を迎えられ、祝うこの場に招待された事を此の上無くありがたく存じます。昨年は…」
はぁ、長い…
自分に言われてる訳ではないのに、聞いているだけ疲れる。これじゃあ言われてる本人はもっと大変だろうなと、エルナは心の中でアースに応援を送った。
そうしてる間に聞き飽きた祝言の数々を淀みなく述べ終わると、あわよくば我が子を妻にと私欲丸出しの貴族達の媚売り合戦が始まった。
「…私の娘は先日6歳になりました。アレスティア様と歳も近いですし、お話相手にどうです?」
「いえ、私の娘こそアレスティア様に相応しいですわ!」
「とんでもない、私の娘こそが…」
そんな激戦の最中、一人密に欠伸を噛み殺していたエルナは、向こうから遣って来る見慣れた姿を見つけた。
「随分と楽しそうな事をしてますね」
冷笑を浮かべるフレイの一言で、その場の空気が一気に氷点下まで下がった。
貴族達はそれまでの態度を一切改め、脱兎の如く去ってゆく。それで且つ、去り際にフレイに対して媚を売るのも忘れないのは、流石としか言いようがない。
「フレイティー殿」
レイスが前に出て、腕に抱かれていたエルナを差し出す。
「ふふ、御苦労様」
フレイは受け取ると、王と王妃の前に向き直った。
「リアとフォーを宜しくお願いします」
「ええ、悪いわね」
「いえ、リアは何泊でも構いませんので」
「あらそう?じゃあ遠慮なくそうさせて貰うわ」
本人の居ない所で交わされる売買(?)に、エルナは心の中で合掌した。
「では、そろそろ御暇させていただきますわ」
「もう帰ってしまうの?」
「エルナはもう寝る時間なので」
ほらと見せるように、レイアの方へと腕を少し前に出した。フレイの腕でうとうととしていたエルナは、何かなと顔を上げた。すると、黙って見つめてくるアースを見つけ、手を振ると顔を少し綻ばせて手を振り返してくれた。
う~ん、可愛いなと独り言ちたエルナには、フレイとレイアが目を光らせて見ていた事に気付く筈もなかった。