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白雪姫と精霊の国の王子様

三日月は暖炉に踊る炎を愛する(文字数制限なしVer)

作者: 深海聡

 音もなく、さらさらと雪が降る。

 墨を流したような雲間に時折霞むようにちらつく銀は、猫の爪のように細い三日月。

 冷たく張り詰めた、触れれば壊れそうなほど儚くも美しい夜だった。

 薄氷のように磨き上げられた沈黙を、指で弾く。

 ポロンとまろやかな弦の音が零れ落ちて、レグンは満足げに口元を緩めた。

 小さな竪琴を鳴らして歌うのは、古い伝説。

 言葉に、旋律に、力を乗せて一陣の風を呼ぶ。

 高く低く流れる歌声に、風が渦巻き雪雲を払う。


「驚いた」


 歌い終えたレグンは、呆れた様子を隠そうともしない、木立の陰に佇む最愛の人を振り返り、いたずらが見つかった子供のように笑った。


「レグン、あなた、ずいぶんと雪を満喫したのね」


 色の薄い金の髪は月光に濡れて銀色に輝き、薄い青の瞳は闇の中で凍り付いた泉のよう。

 その容姿だけを取れば、その日の空に浮かぶ月のように冷たく冴え冴えとしてさえ見えるのに。

 シュネーを見つめる瞳も、目が合えば弧を描く口元も、その全てがどうしようもなくシュネーの心に熱を灯すのだ。

 白い外套から、髪の毛に至るまで全身雪まみれにして楽しげに笑っている姿は、とてもではないが大国の王子様にも、絶大な力を秘めた精霊術師にも、年相応の青年にも見えず、シュネーはやれやれと首を振った。

 それさえも愛しくてたまらないのは、どうしたことだろうというシュネーの内心の葛藤を知ってか知らずか、いつも通りの調子でレグンがシュネーの手を取る。


「冷たいかどうか、確認してみるかい?」


「確認するまでもないと思うけれど?」


 剣ダコに、ペンダコ、色々なタコのある、繊細そうな容姿に反してゴツゴツした手の感触に、シュネーの口元も自然とほころぶ。

 大切なものを守りきるためのあらゆる努力が染み込んだこの手が、シュネーは殊の外好きなのだ。

 冷たい空気の中で、重なった掌と絡めた指先の温もりを分け合う。


「あなたは、あの空の月とは違うわ」


「うん。シュネーも、暖炉で燃えている炎とは違うしね」


 思わず零れ落ちたシュネーの言葉にレグンはそう返して、シュネーの燃えるような赤い髪をくるくると指先に巻き付け、弄ぶ。


「だけど」


 いたずらを思いついた様子で、レグンはシュネーの腕を引き、雪まみれの外套の中に引き入れるとシュネーの髪の毛に顔を埋めるようにしてうっとりと目を閉じた。


「とても、温かい」


 どうやら最愛の夫は思いの外、夢心地のようだ。

 レグンの為すがままになりながら、シュネーは先ほどまでの宴の喧騒を思った。

 温かな料理、酒、ジュース、そして暖炉で赤々と燃える炎と笑いさざめく人々。

 それを夢想し、叶うことのない現実に絶望すら抱いたのは、まだそう遠くない過去。

 レグンと出会って、手を取り合って、必死に駆け抜けてきた日々を思う。

 やっと、目指してきた場所の入り口に立った。

 そのことを、シュネーはじっと噛みしめていた。


「ねぇ、シュネー。振り向いてみて」


 体をひねり、レグンの指し示す先を見たシュネーは息を飲む。

 見下ろす先に、無数の明かりと、たなびく煙。

 暖炉にくべる薪もなく、食料も乏しく、火の消えた街並みはどこにもない。

 あの日、きっと叶えると誓った光景が眼下に広がっていた。

 祭りの熱気が、人々の喧騒が、温められた空気に乗ってかすかに届く。

 飢えることも凍えることもない冬、豊かで安寧に満ちた冬がそこにあった。

 集う人々は、この日を祝い歌い踊る。

 春を待ち望む宴は、必ず来る明日、やがて迎える芽吹きの日々を誰の心にも確かなものとして願わせる。

 シュネーには分かった。

 希望で輝く人々の顔が、弾む足取りが、断ち切られることのない日常がそこにあることが。


「あなたは叶えたね。幸福な未来を」


 静かに噛みしめるようなレグンの言葉に、万感の思いが込められているのを感じる。

 眩しいものを見つめるように細められる晴れた空の色の瞳の温かさに、心が震える。

 幸せだと思った。

 シュネーはかけがえがないものを、決して失わないように強く抱きしめる。


「いいえ。2人で、よ」


 レグンは壊れ物を扱うかのように慎重にシュネーを抱きしめ返し、頬を摺り寄せる。

 そしてシュネーの頬を濡らす涙に、そっと口づけた。

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