霊能
「ねぇ、来間君」
午後の休憩時間になると、六ツ崎は僕のデスクの傍に来た。
「改名してよ」
またそれか。
「いや、しないですから」
「何でよ。来間君の為を思って言ってるのに」
「別に、そんな……」
「別に何よ。いい? 来間君の名前はね、画数がホントに悪いの。健康運も仕事運も最悪なの。このままだと痛い目見るよ。だから、改名してよ、お願い」
六ツ崎はパワーストーンのブレスレットをじゃらじゃらと何個も装着した手に持っていた紙を僕に差し出した。
「ほら、この中から選んでよ」
原型のない名前が箇条書きされている。
「どれも来間と相性いいからさ。家庭裁判所に行けばいいから、ね? 一緒に行こうよ。いつ空いてる?」
「いや、変えませんから」
「んーん、変えた方が絶対にいい! 人生が好転するよ!」
もう、何度このやり取りを交わしただろう。
裁判所に因る改名の許可が降りるのはキラキラネームの場合ぐらいだろう。どんなに画数が悪くても、改名の理由としては弱過ぎる。
紙に書かれた候補は何れも、画数の事しか考えていない様な、奇抜な名前ばかりだ。
これ等の方がよっぽどビフォーっぽい。
「ねぇ、来間君、玄関に姿見は置いてる?」
またそれか……。
「あっ、はい」
「北枕はしてない?」
「はい」
それから、○○の方角に○○は置いてるかやら、○○色の○○は持っているかやら、風水事情を幾つも訊かれる羽目になった。
スピリチュアル好きなのは勝手だが、巻き込まないでほしい。押し付けないでほしい。
デスクには常に占いや風水の本が数冊積んであり、よくそれ等を社員達にプレゼンし、貸している。僕も何度か読まされた。
「ねぇ、来間君」
六ツ崎は僕のデスクの上に雑誌を広げた。ある神社の写真がでかでかと載っている。
「ここっ! ここ、ここっ! ここね、すごくいいパワースポットなのっ!」
六ツ崎は興奮した様子で神社の写真を何度も指で叩く。
それから、暑苦しく長々としたプレゼンを喰らう羽目になった。
今日は僕がターゲットらしい。
その内、宗教の勧誘や高い壺の押し売りでもされそうだ。
「来間くーん!」
帰りの支度をしていると、六ツ崎が近付いて来た。
遂に、宗教の勧誘や高い壺の押し売りでもされるのだろうか。
「そんな疲れた顔してたら、守護霊様に嫌われちゃうよ?」
疲れの原因の一つはお前だ。
「守護霊様はね、笑顔を絶やさない人に味方するの。あと、これ読みなさい。江原さんの本」
六ツ崎は持っていた本を僕に渡した。
江原啓之氏が執筆したらしいそれは付箋だらけでよれよれだ。
「すごくいい本なの。もう、バイブルなのっ!」
それからまたぞろ、暑苦しく長々としたプレゼンを聞く羽目になった。
読む必要がないのではないかと思う程の事細かい解説だ。
早く帰らせてくれ……。
甚だ、嫌悪感を覚える。