妨害
「あっ、そうだ、BGM」
師匠は音楽を大音量で再生させたスマホを柵に置いた。
クラブで掛かっていそうな、聞いた事のない曲だ。
改めて息を吐き、フラフープを思い浮かべる。
音楽がうるさいな……。
ハイテンションな曲が、僕の集中力を削いでいく。
一分。二分。三分。
必死に、フラフープを思い浮かべ続ける。
曲が終わったらしく、甲高い英語から始まった女のそれに切り替わって間もなく、体がすとんと落ちた。
「はい、六つ目クリアァ! 次ぃ!」
音楽に遮られない様、必死でフラフープを思い浮かべる。
師匠は、僕の集中力を鍛える為に敢えて音楽を、しかも大音量で流しているのだろうか。
「オッケー! 七つ目ぇ!」
ギャルがパラパラを踊る際に使いそうな曲が始まって間もなく、師匠は言った。
テレポーテーションに成功したらしい。
それから何となく聞き覚えのある二曲が終わり、レゲエと思しい曲の二番のサビと思しい部分で、体がすとんと落ちた。
「はい、あと二つぅ!」
息を吐く。
TikTokの音源によく使用されている三曲が連続して掛かり、その終盤辺りで、テレポーテーションに成功した。
「はいぃ! ラスイチィ!」
柵の手前に置かれたフラフープを思い浮かべる。
聞いた事のない歌声の、聞いた事のない曲が流れている。それに負けない様、精一杯集中する。
「最後まで気ぃ抜くなよ」
バラード調に紛れた衝撃的な単語が、数回耳に入った。職場でも歌でも未だかつて聞いた事のないストレートな下ネタであるそれは、やはり聞き間違いではなかったらしい。
その後も様々な下ネタが飛び出す。何て過激な歌詞なんだ。
いや、そんな事より、集中しなくては。フラフープを、必死に思い浮かべる。
野球に例えるなら豪速球レベルの下ネタが、僕の集中を妨げる。
長年〝一発屋バンド〟と揶揄されてきたバンドが今年リリースした十数年越しのヒット曲。
今年の春に公開され、泣けると話題らしい映画の主題歌。
全く聴いた事がないが、どことなく不快な印象を受ける曲。
訳の分からない同じフレーズを延々と繰り返すラップ。
インフルエンサーが投稿した〝歌ってみた動画〟がきっかけで本家が知れ渡ったらしい曲。
次々と、曲が変わっていく。
懸命に、最後のフラフープを思い浮かべる。
そして、男のソロシンガーがカバーした八十年代のヒット曲が始まって間もなく、体がすとんと落ちた。
「はい、一周クリアァ! よし、丁度昼だし、この辺にすっか」
師匠の号令で、今日の修行はお開きとなった。