笑顔
バスを降りてすぐの所にあるコンビニに入り、レジの方を覗く。
よし、いる。適当に選んだ弁当持ち、レジへ向かう。
弁当は僕が独身である事を彼女に対して密かにアピールする為のアイテムだが、毎日食べるのは健康上良くないらしいため、月曜日のみにとどめている。
「あっ、こんにちはぁ」
その笑顔が一気に僕の疲労とストレスを吹っ飛ばした。
彼女はいつしか僕に対して、〝いらっしゃいませ〟ではなく、〝こんにちは〟と挨拶してくれる様になった。〝いらっしゃいませ〟から〝こんにちは〟への昇格。
最初は驚きのあまり、自分がちゃんと返事を出来たのか分からないが、平日五日間、この時間に勤務しているらしい彼女を目当てに通い続けていたのが報われ、嬉しくなった。
「お弁当、温めますか?」
そう訊かれ、「お願いします」と答えると、弁当が入れられた電子レンジが動き出し、九十秒間の勝負が始まった。
「あっ、アメリカンドッグ一つ」
まずは常套句を発した。
以前、僕がアメリカンドッグを注文しようとした時、「ごめんなさい、今日、アメリカンドッグがなくてぇ」と言われた際は、悔しさなんかよりも、覚えてもらう為の作戦が成功した嬉しさの方が遥かに大きかった。
それから、彼女が僕の為にトングでアメリカンドッグを掴み、僕の為にそれを袋に入れるという光景が好きというのもあり、大して好きでもないアメリカンドッグを今でも毎日購入し続け、〝アメリカンドッグの人〟を演じ続けている。
チャンスタイムの終了が近付く。何を話そう……。
〝つちだ(え)〟と書かれた名札を、思わず凝視する。
下の名前は何なのだろう。
えりかさんだろうか。えみさんだろうか。気になるが、そんな事は訊けない。
何を話そう……。
苗字に〝(え)〟と加えられているという事は、このコンビニに彼女と同じ苗字の店員がいるという事か。
「僕も〝つちだ〟っていうんですよ」といった会話でもしているのだろうか。そう思うと、嫉妬を覚える。いや、もしかすると、男ではないかもしれない。そうであってほしい。
その時、電子レンジが軽快な音でチャンスタイムの終了を告げた。
終わってしまった。
結局、今日も一歩を踏み出せないまま店を出てしまった。
浴室から出て、冷蔵庫から出したレモンサワーの缶を開け、一気に半分程飲んだ。
ソファーに腰を落とし、息を吐く。
一週間はまだ始まったばかり。休みまでまだ四日もあるのか……。
テレビを点ける。
クイズでの珍解答で爆笑を起こしているタレント。
激辛料理に汗だくで苦悶する芸人。
ヒット中らしい映画の主題歌を歌う女性シンガーソングライター。
チャンネルを一周した結果、外国人観光客に密着した番組でリモコンを置いた。
さて、食べるか。自分が選んだ弁当は油淋鶏のそれだったらしい。
何度か食べた事があったが、やはり旨い。
明日は話せるだろうか。話題を考えておかなくては。