唖然
スーツの袖を捲り、腕時計を見ると、時刻は正午を過ぎていた。目を疑った。
だが、何度見ても結果は同じだった。
自分は、三時間も眠らされていたのか……。
一体自分は、何をされたのだろう。
一体自分は、どうなってしまうのだろう。
体や体調に変化は何もない。
上体を起こし、同じ機械が並んだ誰もいない部屋を見渡す。
何故、誰もいないのだろう。取り敢えず一階に行ってみるか。
靴を履き、立ち上がる。歩行も特に問題なく出来るらしい。
エレベーターのドアが開くと、話し声が聞こえた。
窓口を覗くと、斜向かい同士のデスクの上に広げたマックのセットを頬張りながら談笑する二人がいた。
「いやぁ、スーちゃんは本当によくお店知ってるよね」
「マックなんか誰でも知ってるよ」
「あはっ、そうか、そうか。ハンバーガーって私、すごく久し振りに食べたなぁ」
「確かに先生って普段、マックとか食べないもんね」
「うん、そう、そう。私がスーちゃんぐらいの年の頃はこういうお店がなかったもの」
「へぇー、あっ、先生っ! 時間じゃない?」
「おっとっ!」
驚きながら立ち上がった参田が座っていた回転椅子が背後の壁に勢い良く当たった。
そして、そこに設置された掛け時計が落下した。
危ない……。
気付くと自分は、参田の目の前にいた。
その頭上に落下していく掛け時計を咄嗟に掴む。
思わず、立ちすくむ。二人も、唖然とした表情で僕を見ている。
参田の頭上に降り掛かる寸前だった筈の掛け時計を、廊下にいた筈の自分が持っている。
何故だ……。頭が真っ白だ……。何が起きたんだ……。
何故自分は、この部屋にいるんだ……。
何故自分は、時計を持っているんだ……。
その時、釣井が感激した表情で立ち上がりながら僕に向かって拍手を始めた。参田もそれに倣う。
「すごいっ! 先生っ! この人素質あるじゃんっ!」
「うんっ! 久し振りに逸材が現れたねっ!」
一体、何が起きたんだ……。
全く訳が分からない……。
二人はスタンディングオベーションを続ける。
「アタシ、決定的瞬間を目の当たりにしちゃったぁ」
釣井は手で涙を拭う仕草をする。
「いやぁ、素晴らしいっ! 私はずっとあなたを探していましたっ!」
参田が求める握手に思わず従う。
どういう事なんだ……。
「うぃーすっ! おっ、汰駆郎じゃーんっ!」
突然の声に振り向くと、そこには何故か、渡仲の姿があった。
「あら、唯武樹君、おはよう」
参田は渡仲に言った。
何故ここに、この男がいるのだろう。いつの間にいたのだろう。