退屈
「来間さぁーん、見て下さぁーい」
午後になると、二階堂は僕に弁当を見せる。また始まった。
「玉子焼き焦がしちゃったんですぅ」
一割にも満たない成功率故、頻繁にその報告を受けるが、未だに正解の返しが分からない。
「ホントだ、焦げてる」
思わず言った。何だその返しと、自分でも思う。
だが、二階堂は、「あと、これ見て下さぁい」と続けた。
何の感情も含まず、ただ事実を述べただけの返しでも構わないらしい。
「タコさんウィンナー、可愛くないですか?」
またそれか。タコさんウィンナーもほぼ週一ペースで彼女の弁当箱に登場するレギュラーメンバーだが、毎回、僕に報告する。
何なんだ、この時間は。端の席である彼女の隣の宿命らしい。
大体、大の大人がわざわざ自分用にウィンナーをタコさんにするなよ。
その時、タコさんウィンナーの隣に配置されたひじきの煮物の存在に気付いた僕は落胆した。
また、あの話を聞かされる。いや、流石にもうないだろう。
「見て下さぁい、ひじきの煮物。おばあちゃんの直伝なんです。私が高校生の時に伝授してもらったんです」
やっぱりか……。
「あっ、前にも言いましたよね」
前にも言ったどころか、何度も聞かされている話にうんざりだ。
「うん、上手くいったぁ」
ひじきの煮物を口に運んだ二階堂は言った。
上手くいくも何も失敗の仕様がない気がする。
「私、小っちゃい頃、ひじきが嫌いだったんですぅ。見た目が駄目で、食わず嫌いしてたんです。虫みたいじゃないですか。あっ、前にも言いましたっけ?」
彼女のひじき話の際に漏れなくセットになっているそのエピソードにもうんざりだ。
「てか、来間さん、またカップラーメンなんですかぁ?」
大きなお世話だ。
「お弁当とかパンの方が美味しいじゃないですかぁ」
美味しいか美味しくないかの問題なのか。
「でも、カップラーメンも結構美味しいのいっぱいありますよね」
カップラーメンを否定したいのか、肯定したいのか、どっちなのだろう。
「見て下さい、この写真っ!」
休憩時間になると、二階堂は街路樹に咲いているらしい花のドアップの白黒写真が映ったスマホの画面を僕に見せた。
「すっごいオシャレな写真じゃないですかぁ? 昨日撮れたんですぅ」
花の写真マニアらしい彼女から、何度それを見せられた事か。リアクションのストックはすぐになくなり、「オシャレ」やら「綺麗」といった定型文を使い回している。
「あっ、あと、見て下さい、うちのチョコちゃんのベスショ」
また始まったか……。ベストショットの事を〝ベスショ〟と略しているのも鼻につく。
二階堂は、ラグの上でうつ伏せになっている、シャーペイというらしい種類の犬の画像を僕に見せた。
「可愛くないですかぁ? チョコちゃんはラグの上が好きなんですぅ。あと、それからぁ……」
二階堂は画面をスクロールしながら、愛犬の画像を僕に見せていく。
途絶える事なく、次々とシャーペイが出てくる。何れも、全く可愛くない。この犬のどこに魅せられたのだろう。二十代半ばの一人暮らしの女が飼う犬種ではない気がする。
大体、〝チョコ〟は犬の名前としてありがちだが、何故、犬が食べてはいけないものの名前を犬につけるのか疑問だ。
〝毒〟という名前を付けているようなものではないか。
「ホント可愛くないですか、うちのチョコちゃん。ぶさかわって感じで」
多少の不細工は承知の上らしい。〝かわ〟の要素は微塵も理解しかねる。
二階堂はそれから次々と、愛犬のエピソードを展開していく。
退屈だ。どうでもいい。
甚だ、嫌悪感を覚える。