入会
疲労とストレスが括り付けられた体で、会社の玄関を出た。
ようやく、一週間が終わった。解放感に因って、深い息が出た。
ようやく、一週間が終わった。やっと、やっと終わった。
よし、つちださんに逢いに行こう。
店内に入ると、カップラーメンの陳列作業を行うつちださんの後ろ姿を見付けた。
チャンスだ。つちださんと沢山話せる。
だが、足が重い。胸が苦しい。
思わず、つちださんから逃げる様にパンのコーナーに向かう。
何を話そう。陳列される音を聞きながら、カップラーメンのコーナーの真裏に並んだスナック菓子の列を見つめる。
せっかくのチャンス。全身に緊張が走る。
「あっ、こんにちはぁ」
少しずつ近付き、つちださんの視界に入ると、笑顔を向けてくれた彼女に返事をする。
一週間、頑張って良かった。頑張った甲斐があった。
金曜日のつちださんはまた、格別に見える。
「今日は暖かいですよね」
つちださんが僕に話し掛けてくれた。「そうですね」と、慌てて返す。
「何だかこの時期って、気温が上がったり下がったりで、服装が難しいですよね」
そう言われて必死に探って出た、「ホントですよね」という言葉のしょうもなさに呆れる。
「あっ、そうだ」
つちださんは目を見開く。
「お店のアプリって入会されてないですか?」
再びつちださんに話し掛けられた事に驚きながら、「いえ」と返す。
「良かったら、会員になりませんか?」
透き通った声が発する〝良かったら〟という言葉の魔力のせいなのか、お茶にでも誘われるのかと一瞬、構えたが、流れ的にもそんな訳ないよなと、我に返る。
買い物する毎にポイントがつく事。入会費は掛からない事。定期的に値引きクーポンが発生する事。
つちださんは、アプリ会員になる様々なメリットを丁寧に説明してくれた。
「あと、新規会員様限定で十パーセントの割り引きになるクーポンが使えるんです」
つちださんが僕に、説明してくれている。
「入会します」
そう言った僕をつちださんはレジに案内し、冊子を出した。
「では、こちらを読み取ってもらってもいいですか?」
スマホをポケットから取り出し、つちださんが指すQRコードを読み取る。それから、名前や住所を入力し、入会が完了した画面を見せる。
「あっ、オッケーですね。入会ありがとうございます」
つちださんは微笑みを見せてくれた。
〝入会すると、高い壺とか買わされたりしないですかね〟という冗談を思い付いた。
〝そんな、宗教的なのじゃないですよ〟などと、笑いながら返してくれるだろうか。
そう思ったが、一歩を踏み出せず、いつもの様に、アメリカンドッグを注文した。
浴室を出て、レモンサワーを傾ける。
ソファーに腰を落とす。一週間が終わった。やっと、一週間が終わった。
何気なく、アプリを開く。
つちださんが、沢山話し掛けてくれた。それが何よりの特典だ。ポイントやクーポンはどうでもいい。
しばらく、つちださんの余韻に浸りながら、ぼんやりと画面をスクロールしていく。
夕飯にするか。キッチンに向かい、棚に並んだレトルト食品を眺める。
親子丼と岩下の新生姜をテーブルに置き、テレビを点ける。
工場での製造過程のVTRを凝視し、勢い良くボタンを押して大声で答えるも、不正解のタレント。
小学生の問題に頭を抱える芸人。
主人公の指示で炎を吐くポケモン。
久し振りに、〝SKY・DRIⅤE〟のライブでも観るか。
レコーダーの横に並んだDVDの中から、結成十周年ライブが収録されたものを取り、それを再生した。
ステージ上に現れたメンバーのシルエットに、歓声が上がる。
幕が下ろされ、更に会場が沸く。
赤いレーザー光線が無数に照射される中、歌が始まった。
ボーカルのJUNが地名を叫び、観客が歓声で応える。このライブの一曲目は特に好きな曲だ。
サビに入り、気分が高揚していく。
〝SKY・DRIⅤE〟はやはり最高だ。それを再認識した。