独裁
十三時過ぎ。十和田が来た。
ガマガエルに似た、シミといぼだらけの醜い顔。いつボタンを弾け飛ばしてもおかしくない、ベルトに乗っかった腹。
憎たらしいその姿は、数人の挨拶に一切反応せず、席に着いた。
コンプライアンスのこの時代に抗い続けるハラスメント部長、十和田のお出ましだ。
空気が、一気に張り詰める。
十和田は椅子に凭れ、天井を眺めている。早く仕事しろよ。
「コーヒー」
十和田の言葉に仕方なく女性社員が動く。完全に独裁者気取りだ。
せっかく今週はかなりマシな一週間だと思っていたのに。金曜日の午後というラストスパートに来やがって。
コーヒーを持って来た女性社員に十和田は礼も言わず、新聞を広げながら啜ったそれに「熱っ!」と舌打ちした。
「風邪の調子はいかがですか」
女性社員は社交辞令で訊く。
「いかがって、治ったから来たんじゃねぇか」
「あっ、はい……」
女性社員は席に戻った。何であんな言い方しか出来ないのだろう。
治ったのならさっさと仕事しろよ。というか、大人しくまだ休んでいてほしい。
ようやくパソコンを起動させた十和田は、ぶつくさと文句を吐きながらキーボードを叩いている。
すると、男性社員が十和田に呼び出された。早速、理不尽な怒号が飛ぶ。
「三十八度五分の時の俺でもこんなミスしねぇよ!」
「すみません……」
「いや、〝すみません〟じゃなくて、しねぇよなって訊いてんだよ」
「はい……」
「しねぇよな?」
「はい……」
病み上がりでもパワハラとモラハラは健在らしい。
「お前、熱あんのか」
「いえ……」
「ホントか? 熱あるだろ?」
「いえ……」
「マジかよ、おい。平熱でそれか? 平熱でそのスキルかよ。ヤバいな、お前。お前の平熱のスキルはな、普通の人が熱出てる時以下だかんな、マジで」
十和田にハラスメントを捲し立てられた社員は、疲れ切った表情でデスクに戻る。
あんなに虐めて何が楽しいのだろう。周りに敵を作る人生は楽しいのだろうか。他の事に生き甲斐を見出せないのだろうか。
「おい、ちょっと」
別の男性社員が十和田に呼び出された。
「お前、またミスばっかじゃねぇかよ。ミスしかしてねぇじゃねぇか」
「すみません……」
「お前、何が出来るわけ? 何だったら出来るわけ? 何に特化した人間なわけ?」
「すみません……」
それから男性社員は疲れ切った表情で自分のデスクに戻る。
部下をストレス発散の道具にするのはいい加減やめてほしい。むしろ、社員全員がお前にストレスを感じている。
十和田は、また偉そうに単語だけで注文して礼も言わずに受け取ったコーヒーを飲み終えた頃、体調不良を訴え出し、帰った。
やっぱ体調悪いんじゃねぇか。
一体、あの男は何をしに来たのだろうか。部下にハラスメントをしに来たのだろうか。コーヒーを飲みに来たのだろうか。
甚だ、嫌悪感を覚える。