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ホーリー☆ナイト! ー新人サンタクロースの奮闘記ー  作者: 走井 響記 (Hashii Hibiki)
日常編
13/85

束縛

朝食を済ませ、歯を磨いていると、昨日のドラマの特集コーナーが始まった。

アナウンサーが簡単なあらすじを説明すると、ドラマのダイジェストが流れていたVTRは切り替わると、扉から現れた三人の出演者が挨拶を交わしながら椅子に腰掛け、インタビューが始まった。


 アナウンサーが質問をして、話を引き出していく。

出演者は撮影の裏話などを語り、今後の見所や意気込み、視聴者へのメッセージでインタビューは締め括られた。


 スポーツコーナーが終わり、星座占いが始まった。

自分の星座は十二位だった。

些細な失敗が続きそう。ラッキーパーソンは、鮭おにぎり。

どうでもいい占いが終わり、番組が切り替わった。テレビを消し、重い腰を上げる。

あとは、今日だけだ。今日一日頑張れば、土日が待っている。最後の一頑張り。


 「タクっ! おっはよっ!」

バスを降り、会社に向かっていると、背後から甲高い声と共に勢い良く肩を手で弾かれた。九条だ。


 「どう? アタシのニューヘアスタイル」

重度のミーハーなのか、重度の飽き性なのか、髪型を短いスパンでコロコロ変えている九条は、僕の顔を覗き込む様にして言った。今までとの違いが分からない。


 色の明るさに注意を受けては微調整を繰り返した末に、注意を受けない程度の絶妙なラインを見付け出したらしく、限りなく黒に近いグレーに定まったその髪を見る度、絶対に黒髪にはしないという意地は一体何なんだと、呆れる。


 「新しい美容室に行ったんだけど、当たりだったの」

それから九条は、オープンして間もないその店に惹きつけられた心理や、店内と美容師の印象、美容師につけた注文の内容を、事細かく僕に説明していく。


 「ところで、昨日のドラマって観てる?」

唐突に話題を変えた九条に、「観てる」と返す。


 「あっ、観てるんだぁ。すごい流行ってるみたいだね、アタシは観てないけど。あれのさぁ、原作って呼んだぁ?」

「いや」と、返す。


 「アタシも読んでないんだけどさぁ、最後、主人公の女の子が死んじゃうみたいよ。ネットで見たぁ」

この女、マジか……。相変わらず、デリカシーのない女だ。


 犬を飼っているという先輩にその犬種の平均寿命を訊いたり、先輩が好きだという歌手を全否定したり、妊娠を機に退職した先輩へのお祝いにお酒をプレゼントしたり。

この女には度々、イラッとしたりヒヤッとしている。


 「ねぇ、タク」

トイレの帰りの廊下で、九条に擦れ違い様、呼び止められた。


 「アタシ達、やり直さない?」

またそれか。


 「嫌だ」

 「えー? 何で?」

 「嫌なもんは嫌なんだよ。何回も言わせんなよ。この話はもうやめろよ」

 「なかなか折れないなぁ」

それはこっちの台詞だ。


 九条との出逢い、いや、悲劇の始まりは、高校一年の頃だった。

隣のクラスである九条が廊下に散りばめた自分の筆記用具や教科書を拾っている場面に遭遇し、僕が手伝った事だ。

それから僅か二日後、僕は九条から告白された。朝、靴箱を開けると、手紙が入っており、〝放課後、体育館裏に来て下さい〟と書かれていた。これまた、ベタなシチュエーションだ。拾った教科書を「はい」と渡し、お礼を言われただけの会話しか交わしていない上、全くタイプではなかったため、断ったが、何度も九条からの告白を受ける羽目になった。何度も、何度もだ。

ある日、そのしつこさに精神が参った僕は、「肩書きだけなら」と思わず提案すると、九条は何故かそれを承諾した。


 二人が付き合っている事を九条が校内に広める恥ずかしさと、九条からの束縛メールの鬱陶しさが限界になり、僅か一週間で半ば強引に別れると、毎日、復縁を迫られる羽目になった。

それが廊下で会う度、一日に何度もだったため、〝毎日〟よりも〝毎回〟の方がニュアンスとして合っているかもしれない。

高校卒業後の進路は、九条の耳に入らない様に細心の注意を払っていたつもりだったが、大学でも勤め先でも彼女と出くわす羽目になった。

九条は偶然だと頑なに言い張るが、そんな訳がないと思う。とんだストーカー女だ。


 「ねぇ、タク」

午前の勤務時間が終わり、給湯室でカップみそ汁にお湯を入れていると、背後から九条に呼ばれた。


 「見て、お弁当、作ったんだぁ」

九条はハローキティのイラストの所々が剝がれた弁当箱の蓋を開けながら、僕に差し出した。


 「タクの好きなものばっかりだよ」

九条は唐揚げや玉子焼きなどラインナップの一つ一つを紹介していくが、それ等を好きだと言った記憶がない事に恐怖を覚える。

大体、元カノの分際で弁当を作ってくるなよ。何もしていない、肩書きだけの関係だったのなら尚更だ。

百歩譲って作るにしても、事前に言えよ。

しかも、何で男に作った弁当がハローキティなんだよ。何でハローキティの弁当を食べなきゃならないんだよ。明らかに昔使ってた弁当箱じゃないか。

それから九条はポケットからスマホを取り出すと、僕に弁当箱を持たせ、それを撮影した。


 「うん、いい感じに撮れたぁ」

作った時に済ませておけよ。


 「味見してないからさ、今から食べるの楽しみなんだぁ」

九条はそう言いながら、弁当箱を自分の手に戻した。

自分が食べるのかよ。この弁当を食べなくてもいい安堵と、彼女の言動の奇妙さを同時に覚えた。


 「今度、タクにも作ろうか」

「いや、いい」と、即座に断る。


 「えぇ? 〝愛元カノ弁当〟食べないの?」

愛されていない事を自覚してほしい。


 休憩時間。

自販機でお茶を購入した時、「ねぇ、タク」と、背後から九条に呼ばれた。


 「てか、もうその呼び名、やめてって」

この指摘をするのは何度目だろうか。


 「えっ、どうしてぇ?」

 「だから、もう付き合ってないし、そもそも肩書きだけだし、てか、職場だから」

「そっかぁ」と、九条は少し考える。


 「それでさぁ、タクちゃん」

どう考えても呼び捨てが問題じゃないだろ。仮にそうだとしても、〝ちゃん〟ではないだろ、絶対。

指摘しようとした時、九条は「こないだの借金、返すね」と、持っていたがま口財布から二枚の百円玉を取り出し、「ありがとう」と、僕に渡した。

彼女から飲み物代を貸してほしいと言われたのはもう半年も前だ。〝こないだ〟の範囲はとっくに過ぎている。


 「ねぇ、アタシ達、やり直そうよ」

やり直さねぇよ。しつけぇよ。

甚だ、嫌悪感を覚える。


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