70.助手になる
最近のマイブームは、パン作りだ。
薬師を辞めて、パン屋になったんじゃないかと思うほど、パンを作っている。パン作りが、とても楽しい。
パン作りの何が楽しいかと言えば、やりたいところだけできるところだ。パン屋さんの強力バックアップの下パン作りをしてるので、大変な生地作りや難しい焼きの部分はお任せで、デコレーションだけやっててもパンが出来上がるのが、最高だ。毎日、パン屋さん体験で遊んでいるような感じか。だから、楽しいだけで終わっているのだ。
食べるのも、楽しみだ。日本に住んでた頃は、日本人はパンじゃないだろ? などと言っていたが、実際のところは、ただのやっかみだ。パンを買う余裕がなかっただけだ。兄弟6人分のパン代が恐ろしかっただけだ。食べれなかった物を、今なら食い放題なのだ。弟妹に持って帰ってあげたい。
あの時、食べてみたかった惣菜パンや、菓子パンを毎日、次々と作っている。日本のパンの作り方を見せているので、パン屋さんにとってもメリットがあると思ってもらえてたら、いいけどね。
「レクシー。またメロンパンを作ってやったぜぃ。今度こそは、最高の焼きを期待してるよ!」
失敗作を食べるのはいいが、試行錯誤は面倒臭くてやりたくない。レクシーが、お友達として手伝ってくれるので、大助かりだ。パンがどうとか言うよりも、女の子の友達も久しぶりなので、そちらも嬉しいのだけど。
「今度こそ、最高のお姉様のパンにしてみせます! 見ていてくださいね」
レクシーは、ふわふわの茶髪テンパ娘だ。今は、調理中でまとめられているものの、動く度に毛先が揺れるのが、しっぽのようで可愛い。先生が気に入るのも納得だが、私の貴重な友達だ。譲る気は毛頭ない。
「私の中では、パン屋と言えば、キャラクターパンなんだけど、レクシー、チョコレートって知ってる?」
ココアっぽい物はあった。ならばチョコレートもあっても良さそうなものだと思うのだが、名前が違うのかなんなのか、見つからない。もしかして、自分で作らないといけない案件なんだろうか、とドキドキしている。カカオマスやカカオバターをどうにかするって本で読んだ覚えがあるけど、言葉は聞いたことがあっても、そもそもカカオマスが何かというところでつまずいている。ローちゃんさんか、シュバルツなら、簡単に作ってくれそうだが。
「聞いたことがないです。食べ物ですか?」
「食べ物なんだよ。折角パン屋の知り合いができたのに、チョココロネが作れないなんて! スプレーチョコ食べてみたかったー。食紅ないけどー」
言いながら、パン生地でウインナーを巻いている。食事パンは、材料調達が簡単なんだけど、菓子パンは、ジャムパンとクリームパンしかできてない。あんまり生産すると、砂糖ストックがなくなってしまう。
「あー、そろそろ時間かー。ちょっと行ってくるね」
私に、パン作りではない仕事が増えた。トリトリ先生の創薬実験の助手だ。
前に、特級傷薬の作り方を教えたのだけど、すぐに教えなかった秘密がバレた。普通の魔法薬は、混ぜたり煮たりするところで魔力を混入させるのに、材料の時点で混ざっていることに喜んだ先生が、私に材料を作れと強要するのだ。
魔力を材料にしてる先生は、薬草を否定してたくせに。魔力を使えば、魔力がこもってるんじゃないのかよ。やりたければ、自分でやれよ。
面倒臭いから嫌だと断ったんだけど、手伝った日はセクハラしないと脅されて、陥落した。なんで私は、セクハラしてもいいよ、なんて約束をしてしまったのだろう。正気を疑う。
「ああ、気が重い。やりたくない」
ぶつぶつボヤきながら、薬草の手入れをする。
「魔力的負担は、大してないよね? 木の実潰してるより楽だって、言ってたよね? 何がそんなに嫌なのかな?」
先生の笑顔が、引きつりぎみだ。怒っているのだろうか。怒りついでに、家に帰ってしまえばいい。
「正直、カマイタチを乱発しなければ、ほぼ魔力が減らないよ。そよ風なら、24時間発動可能だし。でもさ、先生の顔を見て、先生と会話して、先生のために働いているって言うのが、もう全部嫌なんだよ」
「なんで、そこまで嫌われてるのかな!」
「だって、先生は、私の弱点をついて、変な言質を取るじゃない。一緒にいたら、どんどんおかしな約束を追加されるじゃない。断れないようにするじゃない。なんで、一緒にいたいと思うのよ。恩はできても敬遠したい気持ち、わかんないかな?」
いちいちダメな方に流される私も悪い。強く断れない私も悪い。だが、いい悪いと、好き嫌いは関係ない。自分のダメさ加減を棚に上げっぱなしで申し訳ないけど、触られるのも、距離感が近いのも、イケメン面されるのも、全部ぜんぶ本当に嫌なんだよ。
「心当たりはあるけれど、そうせざるを得なかった、こちらの心情もわかって欲しいな。お嬢さんと仲良くなりたかっただけなんだよ」
「私は大人なのでこうしてるだけで、先生のことは、日々嫌いになってるよ」
「反省した。猛烈に反省した。でも、今更やめると、もう顔も見られなくなるんだろう?」
「そうだね。セクハラさえなければいい先生だと思ってたけど、そろそろ顔を見ただけで身体が震えるよ」
理屈で嫌いになってた時期ならともかく、生理的に受け付けなくなってしまったので、もう何を言われても無理だ。
「なんでそんなになるまで我慢したんだ。もっと早く言って欲しかった!」
「我慢は無料だからだよ」
逐一指摘するのも、面倒臭いしね。嫌なことをされたとして、今一番嫌だと思っていることは文句も言うが、先生の嫌なところが1つだったことがないんだよ。
「時間を巻き戻してもいいだろうか」
「そういうところが、ダメなんだよ。札束と魔法以外の解決方法を学んできてよ」
次回、先生のお詫び。




