56.閑話、トリスメギストス視点
今日は、シュバルツ城に行くらしい。この辺りでは1番の観光スポットだろうから、行くだろうとは思っていたが、今日か。
あそこには、苦い思い出がいくつかある。苦々しいが、面白い人物がいた。
お嬢さんを餌付けしながら、歩いて行った。
相変わらず、黒い城だった。これを真似して、黒い家を一軒建てた時のことを思い出す。当時、面白い物にあふれていたここに追いつきたくて、憧れていた。懐かしく寂しい記憶。
昔のことを思い返している間に、お嬢さんが消えてしまった。近くにいる気配があるのに、見つけられない。絶対に、この部屋にいるのに見つけられない。テーブルとイスしかない部屋だ。隠れる場所など、どこにもないのに。
あの変わり者のお嬢さんは、今度は何をしたのだろうか。気配を追えているのに見つけられないなど、初めてだ。
お嬢さんの気配が動いたので、ついていく。城中を歩かされた上、着いたのは寝室だった。大体、前に見たまんまだが、壁画が増えていた。間違いなく、お嬢さんの仕業だろう。だが、何をしたらそうなる?
入場時間が終了するため、一度別荘に引き上げた。
「あいつ、どこ行きやがったんだ。くそ!」
お嬢さんのツレも、回収してきた。猫はついてこなかったが、猫も気配を追えているようだったので、お嬢さんといるのだろう。猫は入場制限に引っかからないので、置いてきた。
「あの絵を見れば、わかるだろう。お嬢さんは、間違いなく、あそこにいるよ」
「意味がわからん!」
「オレにも、わからない。だが、元々お嬢さんは、気軽に世界を跨ぐ能力者なんだろう? 時を跳ぶくらいわけがなかったんじゃないか?」
オレには出来ないが、お嬢さんにはできる、それだけのことなのだろう。是非ともやり方を教えてもらいたいものだが、あのお嬢さんじゃ期待はできないな。
開場時間に合わせて、また城に出かけた。
猫とお嬢さんの気配は、寝室の隣の塔にいた。お嬢さんの部屋は、こちらにあったのだろうか。記憶の中では、こちらには博士の実験室があったと思う。あの博士が、お嬢さんの部屋を実験室にするだろうか? 全く状況がわからない。何をしたら、こちらに呼び戻せるのだろうか。
昼頃からは、またお嬢さんがいなくなった部屋に移動した。部屋の中でも、ほぼ動かない。何をしているのか。お嬢さんが何かをしたのではなく、博士がお嬢さんを捕まえているのだろうか。あの博士も、おかしな人物だった。絶対にないとは言えない。そんなことをしてるから、奥方に逃げられたのかもしれないと考えると、お嬢さんは危機的状態に陥っている可能性があった。想像するだけで、何もできないのが歯痒い。お嬢さんの味方、風と大地の精霊に話しかけても、無視されている。
次の日は、猫とお嬢さんの気配は、果樹園だった場所にいた。今は、枯れ木しか残っていないが、かつてここには、不思議な果樹で溢れていた。
ここにしか存在しない品種があるのは、当たり前。塩害で育つハズのない品種、気温が合わず育つハズのない品種が、何の問題もなく茂っていた。季節関係なく花が咲き、実が取れる。そんな樹は、この島にしかなかった。ここで種を取っても、取り木をしても、他所では実現しなかった。
お嬢さんは、花見をしているのだろうか。実を食べているのだろうか。
その後、島を散歩して、また果樹園に帰った。
博士のいたこの島は、不思議にあふれていた。だがしかし、今思えば、お嬢さんこそ不思議の塊だった。島の不思議がお嬢さんの仕業だと仮定すれば、お嬢さんはもう戻って来ないのかもしれない。
次の日も、次の日も、開場時間に出かけた。猫を放置して、博士の軌跡を辿る。
博士の発明は、どれもこれも生活に密着するような物ばかりだった。博士自身も、妻と生活するために作ったと言っていた。身体の弱い妻のために必要だから、と。その妻になったのだろうか。あの時、お嬢さんがいなかったのは、死んでしまったからなのだろうか。
未来に迎えに行くことはできるが、過去に行く力はなかった。
その時、お嬢さんの気配を強く感じた。走るのももどかしく、魔法で飛んで向かった。男たちもついてきた。
お嬢さんは、テーブルとイスの部屋で、泣きながら倒れていた。博士の名前を連呼している。やはり博士と共にいたらしい。
意識を取り戻すと、寝室に向かって走り出した。走る力もないくせに、だ。あんな狂った男の何がいい。
ついていくと、お嬢さんは、壁画を見ていた。いつものように、気持ち悪いと言え。
「この絵、お嬢さんに似てるよね。何処に行っていたの?」
かまをかけたつもりだったが、お嬢さんはそもそも隠す気もないようだった。相変わらず、真っ直ぐだった。
「シュバルツのところ。シュバルツを探さなきゃ」
「シュバルツ博士のところに案内してあげるよ。ついておいで」
オレは、博士に知見を得ている。話をするのに、最も適任だろう。
果樹園を抜けた先に、博士の墓碑を作った。オレが関与したのは一部だけだったが、そこにお嬢さんを連れて行った。お嬢さんは、また会いたいと言った。蘇生魔法を作って、2人を再会させることができたら、初めて博士はオレに感謝をしてくれるかもしれない。
博士の有名な遺言『もう一度、穴を掘れ』を伝えると、お嬢さんは、迷いなく場所を指定した。やはり、博士の妻は、お嬢さんだったのか。
事務局に顔を出し、お嬢さんのことを適当に説明して、穴を掘る許可をもらい、スコップを借りてきた。掘るのは、肉体労働者の仕事だ。
お嬢さんは、博士との関係を血縁者と断じたくせに、結婚する未来もあったと言う。どっちもどっちだった。人たらし共め。
ともあれ、オレが憧れた博士の正体が知れた。
博士の最後のプレゼントも妻の手に渡してやったんだ、感謝するがいい。
当然の如く、博物館に並べようとした事務局のヤツらには、後日、レプリカを渡す約束で黙らせた。博士の偉業で飯を食ってるお前たちくらい、博士の愛を知っておけ。邪魔をするなら、呪い殺されても仕方がないぞ。あの博士なら、それくらいのギミックを仕込んでいても、オレは驚かない。
折角、海に来たので、次回は海で遊びます。
この章は、初期プロットでは、船に乗って大海原に漕ぎ出でて、お化けカニとチャンバラする話でした。
何がどうしてこうなったのやら。




