43.恐怖症克服訓練
「じゃあ、ジョエルを部屋に入れるわよー。ジョエル、入って扉の前に立つ!」
ジョエルは、軍隊の行進練習ばりにピシッとお母様の命令通りに動く。ちょっと面白いと思うのに、身体は嫌がっている。耐えきれず、一歩後ろに下がった。
「んー。ジョエル、このイスに座りなさい。以後は、息もしなくていいから、微塵も動かないこと」
「承知いたしました」
ジョエルは、3mくらい先のイスに座った。手も足も届かないくらい遠いのに、身体が震える。お母様に、近付けそうなところまで近付くように言われたけれど、むしろ後ろに下がった。10分くらい一緒にいて、ジョエルは外へ行った。
「シャルルちゃん、頑張ったわね。偉かったわ。折角だから、このまま湯浴みをして、今日は休みましょう」
次の日からは、普通にごはんを食べれるようになっていた。ジョエルとの訓練は、はかばかしくなくて、大変申し訳ないと思っている。付き合わされてる人の身になってみるが、足は進まない。あまりの進歩のなさに自分でイライラした。
「お、お願いがあります。私はそちらに行けないので、ジョエルがこちらに来て下さい。ここで座っているので、隣のイスに座って下さい」
座っていたら、後退りすることもないハズだ。女は、気合いだ! 私は、気合いしかない女だ。
「大丈夫かしら?」
「ジョエル、ゆっくりよ。ゆっくり」
ジョエルは、一歩ずつ、ゆっくりゆっくり近寄ってきて、隣のイスに座った。私は、恐怖のあまり後退りしようとして、ひっくりコケた。瞬間。 ジョエルの手が伸びてきて、イスごと支えられた。ひっくり返る恐怖に、思わずジョエルの頭をガッシと掴み、抱きついた。危なかった。危なかった。助かった!
「ジョエル、動かない!」
お母様の声に、ジョエルは、ピシリと固まった。私も、固まった。そうだ。これは、ジョエルだった! どうしよう、怖い? あれ? 怖い? 怖いかな?
ジョエルにしがみつくのをやめて、顔を覗き込む。ジョエルの顔は、真っ赤だ。顔を圧迫して鬱血させてしまったか。美女相手に、申し訳ないことをした。
「ジョエル、怖くない! ジョエルは大丈夫」
何を怖がっていたのだろう。以前の私の言葉を信じれば良かったのだ。お母さんが、怖い訳がないのだから。
お母さんの次は、お父さんの攻略だ。だが、お父さんは、難敵だ。そもそもお父さんが怖くなったところから、スタートしている。克服できる気がしない。
「ジョエルが大丈夫になったなら、もうそれでいいじゃねぇか。食堂にシャルル専用時間を作って、あとはあの先生を追い出せば、特に問題ないだろ」
「そうね。私も、ジョエルさえ受け入れてくれれば、他がダメなくらいで丁度いいと思っているのよ。だけど、このままじゃ、可哀想なんだもの」
キーリーとお母様が、食堂の反対隅でお茶をしている。2人はどんどん仲良しになっていくが、私は間に入れない。これだけ克服に協力的な人の、何が怖いのだろうか? そこまで気付いているのに、進展はない。
「キーリー、もう無理矢理抱きしめて下さい。治るかもしれません」
「やっぱりお前は、お前だな! それがダメだったんだろ。学習しやがれ!」
「じゃあ、握手です。握手で人は死にません」
「はー」
キーリーは、面倒腐そうに頭をふりふりこちらに歩いてきて、対面に座った。
「どうだ? テーブル越しの俺は」
「目と鼻を取り替えたら、イケメンだと思います」
「そんな話は聞いてねぇよ」
ズドンとチョップされた。痛い。
「あ、やべ。悪りぃ。今のはナシにしてくれ。大丈夫か?」
キーリーは、慌てて立ち上がったが。
「お? あれ? キーリー怖くなくなった!」
私も、思わず立ち上がる。
「ちょっと待て。相変わらず、どういう脳みそしてやがるんだよ」
キーリーを克服するまでに一月ほどかかってしまったが、後は早かった。村人一人ひとりと面会させて頂いて、総人口の1/4もいかないところで、もう大丈夫だろうと終了した。まったく記憶のない私のために、時間を割いてくれて、暖かい声をかけてくださって、とてもいいところだと思った。
その後は、魔法の訓練と、キーリー先生による以前の私講座を受講した。
あの色素の薄い変な人は、魔法の先生だった。私を元の世界に戻した人だそうで、おわびにと無料で魔法の制御を教えてくれたのだ。
教えてくれるのは大変有り難いし、魔法を暴走させて人を傷つけるのは嫌だ。真剣に学ぼうとは思うのだけど、必要とは全く思われないのに、話しかけられる度に手を握られ、抱きしめられ、キスされそうになる。一緒にいるキーリーも怒っているし、以前からそういう仲とか、そういうんじゃないと思う。そうだったとしても、今は嫌だ。無理だ。
セクハラが酷くて泣いたら、イケメンをひけらかしてきたので、ジョエルの足元にも及ばない! と言ったら、大人しくなった。お母さん、ありがとう!
でも、先生のおかげで、カマイタチと空中浮遊の魔法は、自由意思で使えるようになった。本来なら、呪文の詠唱が必要なところ、私は無詠唱で使えるのだ。初見の相手には、かなり強いんじゃなかろうか。
普通の魔法使いは、呪文を唱えれば大体何でも魔法を習得できるけど、私に関しては、風と大地の精霊に愛されすぎて、他の精霊の恩恵を受けるのを邪魔されるのだろう、と言われた。先生と結婚したら、他の属性魔法を使えるようになるまで指導できると言われたけれど、固辞した。元々使えないのだ。現状維持で構わない。こんなセクハラキングと結婚するとか、有り得ない。
異世界との接点を作る魔法は知らないけれど、風と大地の精霊の干渉かもしれないそうだ。那砂の身体では、魔法を使えない。それが本当なら、あちらからは、もうこちらに戻ることはできないだろう。
キーリーの講座では、物を体内に収納する技能を習得し、薬草を増やして傷薬を作ることを習った。
私の手からポロポロ宝石があふれ出てきて、傷薬は骨折すら瞬時に治す魔法の薬だから、一生食うには困らないだろう、と言われた。
こんなすごい身体の何が不満なのだろう、と疑問をもらしたら、誘拐事件について教えてもらった。宝石を持っていたり、薬を作ったりするだけで大変なことだけど、髪が黒いというだけで誘拐されるから、自由に散歩することすらできず、ずっと引きこもり生活をしていたそうだ。
それは嫌かもしれないけれど、なんでよりによってオーナーさんなんだ。この身体は、ジョエルの名前だけ覚えていた。てっきりシャルルは、ジョエルが好きなんだとばっかり思っていたのに、全然違うじゃないか。何がどうしてそうなったのだろう。
思い出したくないことを思い出してしまった! もう戻るに戻れないし、戻りたくはないけど、弟妹たちの顔を見たい。弟妹と言っているが、下の子たちは、私が母なんじゃないかと言うほど、世話をしてきたのだ。我が子と同じだ。小学校入学までは見届けたが、結婚して甥姪に恵まれるところまで、見届けたかった! その前に、私が結婚しろよ、って言われそうだけど、知らん! 弟妹の可愛い笑顔は天使だったのだ。思い出しただけで、ケーキをホール3つは食える!
「ちょ、待て。泣くな。ジョエルを連れてけば、どこでも行けるだろ? 俺だって、護衛はするし」
「別に、そんなのいらない。私が求めてるのは、そういうんじゃないから」
「非常識甘やかしイケメンでも、ダメなのか!」
「そりゃそうでしょ。可愛さが違うもの」
弟妹とジョエルを比べて、どうするんだよ。ジョエルは恩人らしいが、弟妹と比べるのが、まずおかしい。
「マジかー。別の策がいるのかー。タケルを推すか?」
キーリーは、何かを悩み始めたが、すぐに復活した。
次回、閑話です。




