40.怖い!
さっきまで怒ってた2人から、急にトゲが抜けた。
「ルルー、記憶はどうなってる? わたしたちのことは、覚えてないよね」
優しい顔。
「たすけろ、じょえる」
あれは、この人のことだったのか。
「覚えてんのか? 俺は? 俺は?」
「知らん!」
「やべー。くそムカつくけど、絶対コレあいつな気がする」
抱きつかれた! 気持ち悪い。
「触るな!」
部屋に駆け戻り、ドアを閉めた。
なんなの? 気持ち悪い。気持ち悪い。吐きそう。
キーリーは、多分、悪くない。きっとシャルルとそういう仲だっただけだ。私がシャルルになってるのが、おかしいだけだ。
理解はできるけど、震える。怖い。嫌だ。無理だ。私には、無理だ。還りたい。還りたくない。おぞましい。
「ルルー、ちょっと話せる?」
「無理! 絶対、無理! 嫌だ。怖い!」
「ドアは開けないわ。そのままでいいから、話を聞いてくれないかしら。謝らなければならないことがあるのよ」
ひどい話だった。
私とシャルルは、身体が入れ替わっているらしい。今回で、2度目だという。
こちらの世界が嫌になったシャルルが、逃げ出すために私と入れ替わった。そして、私は、こちらの世界で生活をするようになって、昨日元に戻ったらしい。
私は、シャルルを引きこもりから脱却させ、愉快に適当生活を送り、シャルルは、私を休学させ、バイトを辞めて、オーナーさんと付き合いだした。
急に大学に通えって言われても、無理かもしれない。もしかしたら、弟妹を思って、お付き合いを始めてくれたのかもしれない。だけど、それでも私の身体をそんな風に使って欲しくなかった。私もいけないことをしたかもしれないけれど、そんなことをして欲しくなかった。気持ち悪い。
私は、元に戻る代償として、こちらで過ごした記憶を失ったらしい。シャルルは記憶をなくしていない。こちらに戻ってきて、またオーナーさんに会いに戻ったようだと言われた。
止められなかった、と謝られた。ジョエルとキーリーは、悪くないと思う。ある意味では、助かった。ずっと心配していた弟妹を幸せにしてくれるかもしれない。いずれ私のアルバイト生活など、破綻したに違いない。私の気持ち悪さなど、些細なことだ。わかる。理解できるけど。
「私は、こっちで何をした?」
「ルルーは、外に出た。何もしないで宿にいればいいと言ったのに、薬師を目指した。ケガを瞬時に治す薬を開発して、弟子を得た。ドラゴンの宝を相続して、魔獣を手懐けた。わたしの家族の問題も解決してくれた。発言は突拍子もなかったけれど、素晴らしい人だった。皆が、君を愛しているよ」
そんな訳がない。嘘に違いない。
「私とあなたたちは、仲が良かったのよね?」
「そうだったと思っているよ。わたしは、お母さんと呼ばれていた。キーリーは、お父さんと。初任給は親孝行をするんだと言い張って、イヤーカフを作ってくれた。わたしの宝物だよ」
「ごめんなさい」
「どうしたの?」
「あなたは男の人なのに、失礼なことを言っていたのね」
「こんな格好をしているのが、悪いのよ。びっくりはしたけど、嫌じゃなかったわ。大好きだったもの」
「ごめんなさい。怖い。もう無理」
「部屋に猫を入れてもいいかしら? あなたの猫だったのよ。無理なら、入れなくていいのだけれど」
私は、少しだけドアを開けた。隙間から、するっと猫が入ってきたので、ドアを閉めた。
「わたしはもう行くけれど、何かあったら呼んでね」
もう声は聞こえなくなった。怖かった。
泣きながら、猫と寝た。
朝が来た。窓から外を見る。のどかな風景と、ガラスに映る自分が見えた。畑でクワを振るう人。茶色い大きな動物を沢山従えて、どこかへ歩く人。鳥を追いかけて、走る子供。まったく見覚えのない景色だ。懐かしいような気もするが、気持ち悪い。慌ててベッドに戻った。怖い。
昨日の話で、大体の状況は分かった。現実世界の意味不明さも、弟妹たちの喜びも。あちらの世界には、戻れない。戻りたくない。あえて戻って、全てを壊したい気持ちもなくはないが。シャルルは、皆の救世主だ。奪う訳にはいかない。私には、代われない。
だったら、こちらの世界で生きていくのか。ジョエルは、いい人そうだった。キーリーも、シャルルと仲良しなのだろう。だけど、顔を見るのも怖い。震える。誰だか知らない外の人も恐怖を感じた。この状態で生きていけるだろうか? 生きていても、生きているだけなのに。
「るる、ごはんのじかん」
黒猫ちゃんは、可愛い。どうしたらいいかわからずに、戸を少し開けてあげたけど、出ていかなかった。私があげないといけないのだろうか? 外に出たくないんだけど、猫のごはんは部屋の中にあるだろうか? 猫が戸の隙間で止まったので、閉めることもできない。失敗した。
部屋を家捜ししてみたが、草の生えた鉢植えが窓辺にあるだけで、何もなかった。タンスはあるけど、空だ。一昨日まで暮らしてた部屋とは、別の部屋なのだろう。猫のごはんが必要なら、やはり外へ出ないといけない。諦めて、部屋から出た。
「やあ、お嬢さん、久しぶりだね。君と添い遂げる障害は、消え去った。さあ、こちらへおいで」
そろりそろりと、物音を立てないように気をつけていたのに、曲がり角で色素の薄い変な人に出会ってしまった。知り合いなんだろうけど、怖い。
恐怖に立ちすくんでいたら、後ろからキーリーが走ってきて、変な人を連れ去って行った。見間違いかもしれないと思うほど一瞬だった。そのまま動けずにいたら、引き返してきて、
「朝飯は何を食いたい?」
と、ものすごく遠くから言われた。
「猫ちゃんの」
ぼそりと口から漏れてしまっただけの声だったのに、納得したように戻って行った。
「猫飯と、お前の飯、持ってくから部屋で待て」
なんとか部屋に戻って、座っていたら、
「10数えてからドアを開けろ」
という声が聞こえて、指示通りにするとステーキ定食とオムレツセットのような物が置いてあったので、部屋に持って帰った。
「いただ、まーす」
とタケルがステーキにかぶりついたので、私はオムレツのトレイに付いていたスープを手に取る。キレイな配色の野菜の具を見て、ニンジンを星や花に切っていたなぁ、と思い出す。お金をかけないでできる特別のご馳走だった。私は、残りのカケラを食べながら、喜ぶ弟妹を見ていた。苦しくなった。
鈴音、波久部、御形、鈴白、田平。私がオーナーさんを受け入れない限り、もうあの子たちに会えない。大好きだから、会えない。
遅くなりまして、すみません。
次回は、あの人の閑話です。




