23.危険な魔獣をペットにしたい
ホテルの部屋に戻ると、ローちゃんさんが出てきて、心配した話が始まったが、キーリーに簀巻きにされて、ベッドルームに片付けられてしまった。命に別状がなさそうなので、とりあえずそのまま置いておく。弟子の通過儀礼だということにしておこう。多分、私の側にいるなら、今後もちょくちょくあることなので、諦めてもらわないといけない。嫌なら弟子にはなれない。
私は、ズタボロなので、とりあえずシャワーを浴びて、薬を塗って、着替えてからリビングルームに行った。
テーブルには、お茶とホットケーキが準備されていた。甘い匂いにお腹が鳴るが、あまり緩んでもいられない。
「話って何?」
念の為、猫ちゃんは、また服の中に隠している。ジョエルの保護がなければ、生きていける気がしないのだが、本当に、どうしよう。
「わたしの仕事、その魔獣の討伐だったの」
ジョエルは、くつろぎモードで座っているが、本心は見えない。わからない。
「猫鬼シャノワール。人に取り憑いて、呪い殺す魔獣なの。戦闘力だけで攻めても取り殺されるだけだから、討伐がはかばかしくなかったみたいで、必死に話を振ってこられたのよ。実際、何人もやられちゃってね。
わたしは、派遣されても見つけられなくて、毎日空振り。まさかルルーといたなんて、気付かなかった。いつからの仲なの?」
「一昨日初めて会いました。昨日もずっと頭の上に乗せていました。フードかぶって見えなかったと思うけど」
「そんな近くにいて気付かなかったなんて、わたしもまだまだだわ」
ふう、とため息をつくのが色っぽい。1つしか年が違わないんだけどな。那砂と比べたら年下なんだけど、真似できる気がしない。
「今、お前は、どんな状態なんだ?」
「どんな?」
「取り憑かれてるんだろ?」
「いつも通りだよ。ちょっと餌付けして、ついてきてくれるようになっただけだよ。昨日までは、普通の猫だったし、私がピンチになったから、助けるために大きくなったりしたけど、今はおとなしいし、とってもいい子だよ。言葉もわかるみたいで、賢いよ。
ちゃんと毎日ごはんをあげるし、散歩も行くから、このままにして欲しい。野生に戻したら、討伐されちゃうんでしょう?」
「それについては心配いらないわ。ギルドには、ルルーの使役してる魔獣だって届け出をしておいたから。今までの被害は別個体の犯行で、無罪放免。ギルドが、山のような貸しを作ってくれたからね。力づくでゴリ押ししてやったわ。
但し、次はわたしの討伐対象よ。依頼がなくてもね。それは、止めても止まらない。約束できる?」
「ううー」
「お前、これからどこ行くか、わかってるか? そんな危険生物を村に放って、本当に後悔しないか?」
そうだ。村には皆がいる。いつも私に優しく接してくれた素晴らしい人たちだ。猫ちゃんが何かするとは思えないけど、ソーヤーさんや、おじさんや、皆に何かあったらいけない。
ジョエルもキーリーも優しい人だ。理由もなくダメだと言わないし、非効率なことでも、無駄なことでも、バカバカしいことでも付き合ってくれる。そういう人だから。私がこのままお願いしたら、きっと罪を一緒に背負ってくれるのだろう。私は、何も返さないのに。シャルルですらないのに。
「わがまま言って、ごめんなさい。もう村には戻りません」
「どこで暮らすの?」
「この子と出会った森で。毒キノコを食べて暮らすの」
「暮らせるか!」
「そうなの。暮らせないの。もう終わりにするの。還りたいの。還れないの。ごめんなさい。本当にごめんなさい。今までずっとごめんなさい。卑怯者でごめんなさい」
部屋の隅に、預かっていた物を全て出していく。最初から、こうすれば良かった。誘拐されてしまえば良かった。
「お前、バカだろう。俺は、本気で必死だって言ったハズだ」
私は、意識を失った。
お父さん、お母さん、私。妹、妹、弟、妹、弟。
私の最初の記憶は、ケーキを食べているところだ。何のお祝いだか、わからないケーキ。弟妹がまだいなかったので、お父さんの分もお母さんの分も独り占めして全部食べた。
弟妹が増える度に、ケーキの分け方が壮絶になっていったが、ケーキがどんどん大きくなって、食べる分は、増えた。
ある日、父かもしれない人が、亡くなった。母が行けなかったので、私が代わりに見に行ったが、父かどうかわからなかった。だが、父が亡くなったことになった。
父がいなくなったら、家から母がいなくなった。父の代わりに働いてくれた。母なりに頑張ってくれたが、辛かった。ケーキが食べれなくなった。
次は、私が頑張る番だ。家事のお手伝いでは飽き足らず、アルバイトを5つ掛け持ちした。朝、新聞の印刷をするところからスタートで、法令違反の時間を過ぎても働いた。学費免除のために、勉強も手を抜けなかったし、本当に何もかもギリギリだった。でも、やっと母の病院代が払えるようになった。
私もいなくなってしまった。妹は、どうしているだろうか。頑張っているだろうか、逃げ出しているだろうか。できることなら、頑張らないで欲しい。父のことはもう全て諦めて、手放すことができたら、楽になれる。きっと。
バラバラになっても、笑顔でいて欲しい。みんなで一緒にケーキを食べたい。
目が覚めた。私は、ホテルのベッドルームで寝ていたようだ。
枕元にジョエルが、足元にキーリーが座っている。キーリーは、一部焦げているのだが、何をしたのだろうか。
「ルルー、気分はどぅお? 気持ちは、変わらない?」
「わからない。余計にわからなくなった」
「そう」
久しぶりに、家族の夢を見た。段々と、朧げになっている私の家族だ。弟妹の顔ははっきりと思い出せるが、母は少し怪しい。父は、死んだ後の顔しか思い出せない。自分の薄情っぷりを思い知らされた。
ジョエルは、お母さん。キーリーは、お父さん。2人は私にとてもよくしてくれているが、私は本当にこの人たちを大切に思っているのだろうか? この人たちだって、私の髪が白くなれば、、、。
「ルルー、とりあえず、これに名前を付けなさい」
ジョエルは、どこからか3歳くらいの男の子だか女の子だかわからない子を取り出した。手妻か⁈
「黒髪⁈ ダメだよ。危ないよ!」
子どもの髪は、黒髪だった。短いふわふわの毛。長い私の髪の毛よりは目立たないかもしれないが、この世界の黒髪信仰は異常だ。絶対に危ない。
「クロは、ダメなの? ケンゾクのイロなのに。まぁ、いいか」
子どもの髪が、一瞬で緑に変わった。過去に、おしゃれな人がこんな髪色だったのを見たことがあるが、異世界では初めてだ。久しぶりの日本感! いや、緑の人なんて、1人しか知らないけれども!
「ジョエル、緑は危なくない? 黒より珍しいんじゃないかと思うんだけど!」
髪を染める薬剤なんて、聞いたことないし!
「何色でも大丈夫でしょう。それの天敵は、わたしくらいだもの」
「てんてき?」
「美男で現れたり、美女で現れたり、猫で現れたり。相手を見て姿を変えて、籠絡するのよ。私は、男だろうと女だろうと、惑わされないわ」
「猫になりなさい」
今度は、子どもが子猫に変化した。色は緑のままだが、これは。
「黒猫ちゃん!」
虎になった時も驚いたものだが、人にもなれたとは。異世界、なんでもアリだな。
「それに決まった姿形はないのよ。だから見つけられなくて、苦労してたんだけど」
「猫鬼って言った」
「初めて発見されたのが、猫型だったのよ。猫の場合が多いのよ」
「なまえ、つけて」
「猫がしゃべった! しゃべれたのか」
何コレ。可愛い。子猫が舌ったらずに喋った! 萌える‼︎
「名前を付けたら、飼ってもいいわ」
「え? なんで?」
「ルルーの希望を叶えるのが、わたしの楽しみだから。、、、大丈夫よ。名前を付けたら、安全になるし、無理な時は、わたしが仕留めるから」
「殺したら、恨むよ。泣くよ」
「ええ、いいわ。わたしも、覚悟を決めたから」
やはりこの人は、ダメ人間製造機だ。優しすぎる。甘すぎる。つらい。ムカつく!
「名前かー」
猫に名前を付けることにした。が、私にそんな経験はない。いっぱいいる弟妹の名前も、こんな名前がいいなー、とか考えたこともない。名前は、知らないうちに勝手に決まる物だった。名前を付けるって、激ムズじゃない? 相手は、しゃべる猫だ。ギザギザ草みたいな適当な名前はいけない。可哀想すぎる。
「クロ? タマ? ポチ? 人にもなるなら、ペット名は、やめた方がいいよね???」
「別にいいのよ、なんでも。ルルーが付けないなら、『それ』とか『あれ』とかで充分だと思っているし」
なんて適当な! これは、一生懸命、自分で考えないといけないようだ。だが、もう黒猫と言われた時点で、子猫をくわえた親猫の姿がチラついて仕方がないのだ。ちゃんとした名前を考えられる気がしない。
「そもそも、この子、男の子なのかな? 女の子なのかな?」
緑の猫を抱き上げる。今までの人生で、猫の性別など考えたこともなかった。猫は可愛いで完結していた。飼ったことはないので、問題はない。しかし、今はわからなくて、困っている。命名する前に、獣医に相談が必要か?
「付いてないから、女じゃね?」
「付いていないとは?」
何故か、ジョエルがキーリーを殴り飛ばした。焦げているのも、ジョエルの仕業だろうか?
「メスなのは、いいことね」
薬師の一件以来、ジョエルはやたらとメス推しになった。女性嫌いは直ったらしい。これからは、あちらこちらのお嬢さんと浮き名を流すのだろう。良かったよかった。あれ? 良かったでいいのかな? まあ、いいか。美人が増えるのは、悪いことではないハズだ。
「そっかー。男なら、ルーロンって付けようかと思ったんだけど」
「それは、ダメ」
「何故?」
「ルルーとかぶるから! ルーは、ルルーだけの物なの‼︎」
また謎の理論が。私は、ルルーじゃなくて、シャルルだっつの! しかも、ルーロンは辞めようという話なんだから、怒らなくても良いだろう。私は、怒られ損だ。
「ジョエルとシャルルの子どもみたいで、可愛いかな、って思ったんだよ」
「え゛っ⁈」
「騙されるな。あれは、適当なことを言ってる顔だぞ。ルーロンなら、シャルとローワンの方が響きが近い」
「絶対に許さない!」
嘘じゃないのにー。
困った。名前が思いつかない。宅配便しか出てこない。人名っぽいのは条件に当てはまるが、
「タケルは、男性名だよねぇ?」
異世界だし、違うかもしれないか? いやいや、段々と面倒臭くなっている。ダメだ。名前というのは、もっとちゃんと考えないといけないヤツだ。
「ありがとう、けんぞく」
緑猫は、男の子になった。私が男だと言ったから、男になったそうだ。ヤバい。村人の忠誠心を超えてきた。責任感がハンパない。ジョエルに、女になっちゃえ! とか言わないように気をつけないといけない。
「なんてことを!」
ジョエルが嘆いている。メスで喜んでいたのに、ごめんね。ジョエルが、そんなに小さい子が好みだったとは思わなかった。あんまり小さい子はダメだよ。魔獣ならセーフかな? なんにしろ、犯罪の芽を1つ摘めたようで良かった。
「お前が、なんでもいいとか言うからー」
キーリーは、呆れ顔だ。怒り顔ではない。良かった。
「魔獣は、名前を受け入れると、名付け親の命令が絶対になるんだと。お前が男だって言えば男になるし、殺せって言えば、何でも殺す。シャルは善性の生き物だが、不用意不注意な発言が多い。くーれーぐーれーも、気をつけろ」
なんて恐ろしい!
「ジョエルの下位互換だね!」
「また面倒臭いのが増えてしまった!」
黒猫と言ったら、あの名前!
にしたかったのだけど、ネットにあげるんじゃダメかな、と我慢しました。
以降、名前を書き間違えたら、ごめんなさい。
それはタケルさんの間違いですよ。
次回、村に帰ります。魔獣を放ってやります。




