11.温泉街へやってきた
着いた。。。とうとう着いた。。。
町に寄り道しながら、3日目で温泉街に着いた。馬の揺れには、とうとう慣れることがなく、ずっとジョエルに張り付いて悲鳴をあげていて、到着した途端、疲れて寝てたので、道中も途中の街もまったく記憶にない。朝ごはんは、何か食べていたような気がするけれど、途中のグルメもまったくなしだ。ノドはガラガラだし、なんだこの旅、ダイエットに最高かよ!
「今日も、シャルルは瀕死だな。俺はお楽しみに行ってくるから、寝かしといてくれ」
「ああ」
お楽しみって何だ。楽しそうでいいな。キーリーが協力的だったのは、そういうことか。ああ、もう寝たい。
私は、ジョエルに担がれて、門番オススメの宿に連れて行ってもらい、ベッドに下ろしてもらった。
いつもの宿は、狭いながら個室だが、今日の宿は、一室の中にいくつか部屋があるタイプだ。他の部屋がどうなってるかは知らないが、この部屋には、ベッドが2つある。3人いるのに、どうやって寝るのだろう。ジョエルと一緒に寝たら、私かキーリーか、どちらか死んでしまう。まあ、いい。このベッドは、もう私の物だ。さようなら、キーリー。おやすみなさい。
起きた。温泉街だ! いつもと違う部屋で起きて実感した。昨日も知らない部屋だったが、記憶にないからノーカウントだ!
私は、この街に目的があって、やってきた。お楽しみではない。行商のおじさんが、腕のいい薬師がいると教えてくれたのだ。是非とも、弟子入りしてご教授願いたい。
でも、そんなことを言ったらジョエルが許してくれないから、温泉に入りたいと言えと言ったのは、キーリーだ。ジョエルは、そんなに私を働かせたくないのか。面倒臭すぎるので、助言に従って、ここまで来た。来てしまえば、こっちのものだ。早速、薬師に会いに行こう。
同室のもう1つのベッドを見たら、空だった。使った形跡が、まったくない。そうか、そういうことか。ジョエルもお楽しみに行ったから、ベッドが足りない宿でいいのか。納得した。
そうして、私は宿を出た。
この街の景色は、いつもの村とは、まったく違った。いつもの村は、広大な畑や家畜舎の間にぽつぽつ平屋の家が建っていて、ちょっと丘に登れば地平線まで見えるような場所だったが、ここは、建物がひしめき合っている。宿らしき建物は、縦にも横にも大きくて、いっぱい建ってるから道なりしか遠くが見えない。見上げれば、あちらこちらに湯けむりが見えて、温泉地に来たなーっていう感動も生まれるが、これは、目的地を知らないと、どこにも行けないのではなかろうか。
薬師の家を誰かに聞こうとして、はたと気付く。今は、喉がガラガラで、喋れないんだった!
男2人が帰ってくるかもわからないし、諦めて散歩に出よう。うまく行けば、薬師とばったり会うかもしれないよね。
困った。。。考えればわかりそうなものだが、ばったり薬師に会ったところで、その人が薬師かどうかわからないのだった。しかも、わかったところで、話しかけられない。詰んでいる。
そして、適当に歩いていたら、宿がわからなくなってしまったのだ。道に迷ったのではない。道はわかるのだが、私がどの宿から出てきたのかが、わからないのだ。どれもこれも変わり映えのない形の宿がズラズラ並んでいるばかりで、違いがわからない。宿の名前を確認して出なかったのが、致命的ミスだった。名前など見ても読めないし、記号として覚えられる気もしないが。ああ、どうしよう。景観はキレイだが、なんて迷惑な作りなんだ!
この辺りのどれかだというのは、わかる。適当に入って、私はここに泊まりましたか? と聞ければいいが、喋れない。日本語なら筆談ができるが、喋り言葉は日本語のくせに、書き言葉は日本語じゃないのだ。メモ書きなら日本語で充分だが、筆談はできない。
「お嬢さん、1人? 何か困ってるのかな? お手伝いしよか?」
お兄さん3人組に声をかけられた。地元の人だろうか? 観光客だろうか? 知らないおじさんと話すな、と言われたが、お兄さんはいいだろうか? 困ってはいるが、喋れないので、どうしようもないが。
「ゔーー」
「おっ、可愛いじゃん。喋れないの? ちょっとこっちへおいでよ」
おお! 喋れないの、伝わった! このお兄さんエスパーか。すごいすごい。ジョエル母さんのところへ連れて行っておくれ。ん? お楽しみのところに踏み込んでいいのかな???
手首を掴まれて、歩き出されてしまったので、そのままついて行く。歩かざるを得ないのだが、肩を誰かにガッシと掴まれた。振り返ったら、殺し屋がいた。こっわ!
「君たち、うちの子をどこに連れてくつもり?」
お兄さんたちは、蜘蛛の子を散らすように逃げて行ったけど、私も連れて行って欲しかった。怖い。
キーリーは、宿を知っていたようで、迷うことなく泊まっていた部屋に戻ってこれた。ジョエルは、私が寝てたのとは別の寝室でまだ寝ていた。キーリーは、ジョエルを見つけ次第、矢を射った。スナイパータイプの殺し屋だった。怖い。
ジョエルは、寝たまま矢を鷲掴みして、へし折った。キーリーは、気にせず速射している。どっちも怖い。
「うーうーうー」
ジョエルは反撃して来ないので、キーリーを止めることにした。弓矢がもったいないじゃないか。
「ジョーエールー!!
キーリーは、とうとう弓を投げつけた! やめて!! 弓が壊されちゃう!
ジョエルは、とうとう起きた。弓は壊されなかった。良かった。
「おはよう。ルルー」
ジョエルは、寝起きからキラキラ笑顔だ。頭はボサボサだけど。周りの惨状に気付いていないのだろうか。弓を持ってる自分に疑問はないのだろうか。変な人なのは知っていたが、思っていた以上に変な人だ。
「シャルルが、誘拐されたぞ」
「いるじゃないか」
「助けてきたからだ」
「ルルー、無事? 何があった?」
「うー?」
「誘拐されてた自覚もないからな!」
「面目ない!」
「危うく、殺人事件を起こすところだった! あれが死んでも世のためだとしか思わんが、正当防衛が成立するかわからんし、シャルは気に病むぞ! 面倒臭い 。大事なら、ちゃんと見てろ」
ひどい言い草だ。まだ誘拐されてなかったし、人殺しはキーリーだ。私は、関係ない。
その後、みんなでブランチを食べて、温泉に入った。ジョエルとキーリーは一緒に入ったようだが、私は別だ。この宿の温泉は、水着を着ないタイプだった。危ない。
温泉に入った時に、思い立って、試しに特級傷薬を水で薄めてうがいしたら、喉が復活した。2人には怒られたけど、今のところ不都合はない。成功だ。
身体がほこほこになって、何もする気にならなくなって、ベッドがない部屋でダラダラしている。ソファで美人の膝枕でくつろいでやろうと思ったけど、厚みに首がやられたので、クッションに取り替えた。
「薬師、いなかったぞ」
「えーー!」
キーリーの言葉に、思わず起き上がった。
「住んでいたのは確認が取れたが、ここしばらく帰ってないらしい。どこへ行ったかは、まだわからん」
なんということだ! 折角来たのに、薬師さんも旅行中とは。むう。ジョエルとキーリーは、温泉に飽きたら帰ってしまうだろうし、1人で薬の行商をしながら薬師が戻ってくるのを待てるだろうか? 枯らさないために、薬草鉢は持ってきたから、すり鉢とかを見つけてくれば、創薬まではできないことはない。
「薬師って、何かしら?」
「 「あ!」 」
そういえば、ジョエルには何も言ってなかった。キーリーが、しまった! という顔で、部屋を抜け出そうとしてる。ズルい。
「逃げるなら、投げるけど?」
ジョエルが、どこからか、投げナイフを取り出した。
「ジョエル、やめて、修繕費がかかっちゃう!」
慌てて止めに行ったら、ジョエルはナイフを仕舞って、私を膝に座らせた。何故だ!
「つーかまーえた。お話し聞かせてもらうよ?」
お膝抱っこは、尋問スタートの証なのか! この隙に、キーリーは逃げてしまったし、もう観念して話すしかない。
「行商のおじさんが、温泉街に腕のいい薬師がいるよ、っていうから、弟子入りしたくて連れてきてもらったの」
あっという間に説明終了だ。それ以上でも、それ以下でもない。実にシンプルだ。
「それを秘密にしてたのは?」
「キーリーが、ジョエルは反対するから秘密にしとけって言ったから」
「キーリーは、なんで知ってるの?」
「おじさんと話してる途中で来たから」
「薬師は弟子を募集してるの?」
「薬師が男でも女でも、ジョエルを見せたらOKしてくれないかな? って期待してた」
「黒髪の方が上って、言わなかった?」
「おー! 単独OK?」
「退行しすぎだ」
ジョエルが反り返って動かなくなった。尋問終了だろうか? もう逃げ出してもいいだろうか? ジョエルのお膝抱っこは、クッション性が悪いから嫌いだ。
「薬師が女なら許可するが、男なら不可だ! これは、絶対譲れないよ」
「なんで? ジョエルは、女嫌いなんじゃなかったの???」
「好みの問題じゃないの。危険度の違いよ。記憶の前に警戒心だけでも拾ってきてくれないかしら」
「警戒心とは?」
以前のシャルルについて、話を聞いた。
シャルルが働かない子だというのは知っていたが、働く以前に、引きこもりだったらしい。ずーっと部屋にいて、食堂にすらあまり出ず、たまに外に行く時は、フードをすっぽりかぶった不審者スタイルでいたらしい。誘拐が怖いから。冒険者になったのも、仲間を捕まえて、庇護してもらうのが目的ではないかと2人は思っていたそうだ。ジョエルは、美形の生きづらさに共感したから、文句1つ言わず、過保護に守っていたらしい。
自分のこと? なのに、まったく考えもしなかった。シャルルは、ただの怠け者だと思ってた! そこいらで黒髪の人を見かけないのは、誘拐されるからって、こっわ!
「とすると、私は宿から出るのも禁止なのか。そっかー」
創薬が楽しくなって、浮かれていたが、2人に迷惑をかけてまですることじゃない。そもそも創薬を始めたのは、2人に生活費を納めるためだ。部屋で特級傷薬を作って、2人に換金をお願いして暮らすのが、1番迷惑をかけない方法かもしれない。私なんて、毎食熊を食べてれば、それでいいんだ。
熊のことを思い出したら、涙が出てきた。熊は、怖かった。マジで死ぬかと思った。ちょっと絶滅して欲しいって思ってしまった。
「薬師を探しに行こう!」
急に、ジョエルが立ち上がった。話が見えない。何がどうしてそうなった? 理解不能だが、基本的に力のない私は、誰かの決定には逆らえない。腕を掴まれてしまっては、ついて行くほかはない。歩かなければ、引きずられてしまう。痛いのは、ごめんだ。
「薬師さんの家は、どこですか?」
ジョエルは、一回質問しただけで家を突き止め、あっという間に家にたどり着いた。誘拐もされないし、とても羨ましい。
だが、呼び鈴を鳴らしても、誰も出てこない。本人だけでなく、家族もお留守なようだ。いつ帰って来るだろうか。
「ローちゃんなら、いませんよ」
ジョエルを見て、きゃっきゃと騒いでいた娘さんたちの1人が、声をかけてきた。女装してるのに騒がれるジョエルは、やはり只者ではない。いや、女装してるから、ザワついているのか?
「どちらへ行かれたか、いつお戻りか、何かご存知でしょうか?」
「いつ帰ってくるかは知らないけれど、北の山に採集に行くって言ってましたよ? いつもなら、日帰りで戻ってくるのに、何してるのかしら?」
「ありがとう。出直します。ローワンさんが戻られたら、よろしくお伝えください」
ジョエルは、キラキラ営業スマイルを振りまいて、宿に戻った。
次回、とうとう章タイトルの山に行きます。
1章も、あと少し。




