104.シャルルの教育とキーリーの初恋
シャルルの教育は、ほぼシュバルツに丸投げしていた。日本の教科書を持ってきたら、シュバルツが翻訳して、村で寺子屋もどきを始めたのだ。寺子屋と言っても、シュバルツが教えている子は、大人だった。教師役を育てて、子どもたちに教えさせるらしい。教師役をさせながら叩き込むのが、効率がいいと言っていた。博士は、何をやらせても便利だった。
丁度良いと、この寺子屋にシャルルを放り込んだら、ジョエルとキーリーも混ざり込んでいた。バイトはしなくていいのだろうか。遊んでいても勝手にお金が働いているとかいう、シュバルツ方式の商売はしていなかった気がするのだが。
こうなってくると、私もちょっと焦る。シュバルツは、ひらがなもカタカナも数字も常用漢字も1人で読めるようになっていた。いつ使う予定か知らないが、英語すら、ちょっとは理解する。なのに、私は未だに、こちらの文字が読めない。読める気もしていない。難しすぎるのだ。
まず、印刷技術がないので、手書き文字しかない。ひらがなのような表音文字があるのだが、みんなの崩し字レベルが高すぎて、同じ文字を書いてもらっても全然違った。どれが正解か、わからないのだ。一文字だけでも、これは何だろうなと思うのに、文字をくっつけて書くから、どこまでが一文字なのかもわからない。日本の古文書を解読するのが、近い気がする。古文書辞典があっても、時に人によって解釈が変わる難解な文字だった。あれを辞書を作るところからやらないといけないとか、そんな情熱が持てない。
魔法特訓の成果で、シュバルツの字だけは読めるようになった気がしていたけれど、シュバルツの字も走り書きになると、もう読めない。どうして皆が普通に読めているのか、理解できない。
シュバルツにお願いしたら、異世界文字の教科書を作ってくれるだろうか。お願いした時点で、負け確定なのだが。もう博士に勝てそうなことなんて思いつかないから、諦めてもいいかな。
「はあぁあぁー」
「お前、なんでこんなトコで寝てんだよ。シャルルの身体を汚してんじゃねぇよ」
道端で行き倒れていたら、キーリーに拾われた。
「ちょっと無敵になれない自分が嫌になってた。そうそう、キーリーおめでとう。シャルルが結婚しないって。良かったね」
誰が好きかは秘密の約束だが、結婚しないことは言ってもいいんだよね? どうせバレるもんね。
今日の授業が終わったところなのか、皆勢揃いでいた。
「そうか。じゃあ、もうシャルルは俺と居ればいい」
「シュバルツ、シャルルと身体を入れ替える魔法を開発してくれない?」
「その相談は、俺にメリットを提示できないな。俺は、できたらそのままでいて欲しい、と言ったぞ」
「先生に時間を巻き戻してもらって、元通りにするしかなくなる。そうすると、まるっとシュバルツのこと忘れちゃうよ。いいの?」
「今は、2人ともこっちにいるからな。出会ったその日から、物忘れが酷かったし、シャルルの見た目が変わっても、俺は気にしない。前にもそう言ったが、また忘れたか。初めて会った時から言った言葉を全て言い直してやろうか?」
「可愛くないシュバルツは、嫌いだ」
「心配いらない。兄になった時点で諦めた。昨日、シャンプーを改良したから、風呂に入っていけ」
「ムキー。いいもん。もうお金できたもん! あっち行って買ってくるもん!」
「できたのか?」
「正確には、まだだけど。金をチビチビ売るより、特大原石作って売れば一撃終了って、宝石商さんが言ってて、今種類とサイズをどうするか、市場調査してもらってるとこ」
「じゃあ、あとは魔法だけか!」
シャルルが首を振ってるのが見えた。
「えとね、だから、シャルルが結婚しないんだよ?」
「そうか。早く魔法を作れ」
キーリー、人の話はちゃんと聞けよ!
「だから、結婚はしないよ?」
「なんでだ!」
「だって、責任取る必要もなくなったし。そもそもなんで交際もしてない相手と結婚だよ。結婚結婚って、田平か!」
オーナーさんとの結婚を死ぬほど悩んでいたのに、あれは田平が勝手なことを言っていただけだったと判明した。誰かが誰かを好きだと言った時点で、結婚すんのー、と囃し立てるちびっこのノリだったのだ。まだまだお姉ちゃん力が、足りてなかった。
「今更、交際なんぞしなくたって、人となりも家族も全部知ってんだろ」
「私は、キーリーの家族なんて、1人も知らないよ」
「俺の家族に会わせるのは、無理だ。頑張って墓参りだけだ。いや、墓参りも無理だ。危ない」
急に、キーリーの顔が暗くなった。こんなに深刻な顔のキーリーは、見たことがない。
「墓参りも危ないの? ジョエルに連れてってもらったら?」
「いや、いい。ジョエルが母親になったら、それはそれで嫌だ」
「何の話をしてるの?」
すごい深刻な顔をしてたから、真面目な話だと思ってたのに、ギャグだったの? 真剣に聞いて損した系?
「恐ろしい。魔境の話だ。あの地には、誰かを連れて踏み入れちゃいけないんだ」
「面白そうな話だな」
わくわく顔のシュバルツが混ざった。
「お前なら、連れて行ってもいいぞ」
「罠か」
「いや、お前なら、うちの親父に惚れないだろう」
「何の話だ」
「魔境の話だ」
「ナズナと同じなんだ。俺も親父の所為で失恋した」
「え? キーリーの初恋相手も、お父さんなの?」
まさかの展開だ。女ならなんでもいいの前に、お父さんが差し込まれてるとは、思わなかった。キーリーの恋バナは、奇想天外すぎる。
「違う。姉だ。知り合いの中で、一番キレイだったんだ。だが、それを話したら、あれは姉だからやめておけ、と言われた」
「お姉さんのこと、知らなかったの?」
「それまでは、一人っ子だと思っていた。親父と二人暮らしだったんだ。なのに、次にいいなと思った子は妹で、次も次も妹だった。調べたら、男友達も半分くらい兄弟だった。町中、親父の奥さんと子どもだらけだったんだよ! なんでだよ」
一夫多妻がOKだと言われても、そこまで突き抜けると、すごいね。キーリーのお父さんを見てみたい気持ちと、関わり合いになりたくない気持ちが湧いてきたよ。
「うちの孫にも、そういうのがいたが、まさかお前、俺のひ孫じゃないだろな? 毎月10人くらい子どもが生まれる孫がいて、いちいち祝いをやるのも面倒になって定額支給にしたのがいたんだが」
すごい人が、まだいた。ひょっとして、それが、この世界のスタンダードなの? シュバルツに女が複数いたって聞いて、モヤモヤしてた私がおかしかったの?
「ひ孫は、全員確認したんだろ?」
「黒髪の女かどうかだけだ。茶髪の男なんて、いっぱいいた。そんなのは無視だ」
「ひ孫は、何人いたの?」
「知らん。千はいたんじゃないか?」
シュバルツに子どもが5人いたとして、その子どもが5人産んで、孫が25人。孫が5人産んだら、ひ孫は125人。計算どうなってんの?
「鼠算じゃん!」
「黒髪かどうか見て歩くだけで、大変だったぞ」
初期設定から、あるにはあったキーリーの恋愛話でした。シュバルツのひ孫は、キーリーだった説。
シュバルツが、発明しても発明しても金持ちになれなかった理由は、出産祝い金のバラ撒きに散財していたからでした。子世代は、たいした人数ではなかったけれど、孫世代では毎月100万以上、お祝いを支払っていました。
次回、もう書かないと決めていた閑話再び。




