92.幕間.魔法特訓
〈シュバルツ視点〉
水龍の心臓は、1つを除いて、全部シャルルに預けた。これで、安心して家を留守にできる。
今日は、村を出て、街道から外れた地点で、1人で実験をする。元々、水魔法は使えたが、心臓を持っていれば、無魔力無詠唱で魔法が使えるハズなのだ。シャルルのように、魔力が回復する体質であれば良かったが、使えば減る一方な俺にとっては、無魔力で使えるというのは、魅力的だった。燃費の悪い攻撃魔法も、気軽に使えるようになる。水龍戦では役に立たないが、それ以外の相手には強みになる。詠唱中に斬られればお終いなのだから、無詠唱なのも便利かもしれない。
水魔法で、一番欲しかった飲み水を出してみる。
心の中で念じるだけで、手から水が無限に湧いてきた。身体の中の魔力残量に変化はなさそうだ。そのまま水を弾丸にして飛ばしてみたり、刃にして飛ばしてみたりしたが、やはり魔力残量は減らなかった。洪水を起こすほどの水量を浮かべても、水を気体として召喚しても、魔力残量に変化はなかった。
なんという素晴らしい効能だ。水だけで何ができるか、考察するだけで、一日が終わってしまった。
次の日は、シャルルを連れてきた。
「何ここ、足場悪いよ。私の靴じゃ無理だよ」
不満ばかり言って、うるさいシャルルの首根っこを捕まえて、手頃な岩の上に乗せた。
「これでいいか」
「まったく良くないよ。こんなとこに来て、何の用があるんだよ」
「飲み水を出せ」
「え? カツアゲ? ノドが渇いたなら、村に帰ればいいじゃん。何の嫌がらせなの?」
「魔法を使えと言っている。水龍の心臓を持っていれば、水魔法を無魔力無詠唱で使える。無人島でも水飲み放題だ。やってみろ」
「そうなの? それは、お買い得だね。どうやればいいの?」
「念じただけで、出てくる」
「なんて、お手軽! 出てこーい」
シャルルは、元気よく前に手を突き出した。しばらく待ってみたが、何も出て来なかった 。
「シュバルツの嘘吐き。そよ風しか出ないじゃん」
「そよ風?」
「これだよ」
シャルルは、俺に向かって手を突き出した。手から空気が漏れ出ているようだった。
「なるほど。一応、何かは出ていたか。水を思い浮かべてみたら、どうだ?」
「みず! みず! みず!!」
シャルルの手から、薄水色の鉱石が出てきた。
「出てこないじゃん!」
シャルルは猿のように怒っているが、何でできないのか、こちらが聞きたいくらいだ。ふざけているのか。
「復唱しろ。水の精霊オードゥースよ。我に恵みを与え給え」
「水の精霊オードゥースよ。我に恵みを与え給え?」
今度こそ、手から水が出てきた。なんでだ。
「おお! やったー。やっと出てきたよー」
シャルルは喜んでいるが、呪文を唱えなければならないのなら、心臓は仕事をしていない。持っている意味がない。希少な石を折角手に入れたのに。持ってるだけでいいのに、使いこなせないとかあるか?
「魔力残量は、どうだ? 無魔力で使えてるか?」
「無魔力? どうだろね。カマイタチ以外で、減った感覚を味わったことがないんだよ。全く減ってないのか、ちょっとだけ減ってるのかの違いは、わからないんだよ」
そうか。シャルルに聞いたのが、間違っていた。この大雑把娘に細かいことを聞いても、無駄なのだ。
「無魔力無詠唱で使えるハズなのに、、、」
「なんで落ち込んでるの? 魔法を使えるようになって、すごい石だと思っているよ!」
鳥頭との魔法実験の話を聞いた。
以前は、呪文を唱えても、風魔法と大地魔法しか使えなかったという。流石、シャルルだ。呪文を唱えるだけの魔法まで、当たり前のことができないとは思わなかった。仕事をしているか不明な水龍の心臓だったが、一応、持っている甲斐はあったということか。
あとの問題は、記憶障害のシャルルにどうやって呪文を仕込むのか、と言うことだ。料理やスーガクを教えた人間は、どのように詰め込んだのだろうか。シャルル以外に持ち得ない知識なのだとしたら、神の所業か。俺に、真似ができるだろうか。
飲み水を出す魔法は、試しに言った一回だけで覚えていてむしろ驚いたが、水の刃を飛ばす呪文は、30回言っても覚えなかった。シャルルに呪文を教え込む自信を持てなくなった。
風の刃が使えるのだから、水の刃を出す感覚を覚えたら、水魔法も無詠唱で使えるようになるのではないか、と考えたのだが、実験することができなかった。呪文の構成も長さも大して変わらないのに、何でだ。
後日、対策を練って、再挑戦しよう。今日は、もう無理だ。時間の無駄だ。
村に帰って、お母さんに話を聞いた。
「お母さんは、水魔法が使えるようになったか?」
客がほぼ来ない村で、門番をしていたお母さんは、暇なのだろう。話に付き合ってくれた。
「水魔法? どうかしら。魔法の使い方なんて、知らないのよ」
シャルル以上に、仕込むのが難しそうな人間がいた。無魔力で使えるようになるなら、魔力を持たない人間でも魔法が使えるようになるかもしれないと思ったのだが、魔法を使えない人間に、魔法を使う感覚を覚えさせるのは、大変かもしれない。
お母さんは、魔法を覚える必要はないし、仕込んでやる義理もない。どうでもいい人間なのだが、実験結果だけ知りたかった。この村の魔法使いでない者は、お母さんとお父さんとパン屋しかいない。誰を被験者にするのが、適当か。
「でも、そうね」
お母さんが、剣を振り抜いて、鞘に戻した。斬られたかと思った。まったく対応できなかった。恐ろしい。
「剣を降ると、切傷が濡れることがあるのだけど、これは水魔法なのかしら。特に意味はないし、どちらかというと邪魔ね」
地面にできた疵痕が、湿っていた。水の力で切れた訳ではないだろうから、確かに意味はない。
「もしかしたら、空に向かってやれば、畑に水撒きができるかもしれないな」
「そうね。この村には魔法使いが増えたから、使う機会があるとは思えないけれど、雨乞いの巫女の演劇ができるかもしれないわね」
希少なドラゴンの心臓を手に入れたのに、俺以外は、畑仕事くらいにしか扱えないとは。
望めば世界を手に入れることができる地力を整備したのに、とても平和な村だった。
シャルルがいる以上、このままを維持するのが最善なのは、わかる。だが、胸の中に燻る思いもまた俺自身なのだ。どちらに折り合いをつけるべきか、シャルルの教育をしながら考えよう。
どこに入れたらいいのか、よくわからなくて、とりあえずここに挟んでみました。
七章終了です。




