18話 恐怖の始まり
深い森の中。豪華な衣装を着た3人の男が、中央にある魔法陣を囲って座っている。
1人はサングラスをかけた商人のような若い男『スイ』
その隣にいるのは、長身で仏頂面の男『コスモ』。
その2人の前には、妙にガタイのいいパワー溢れる男『バリギルド長』。
「この俺を妙な空間に閉じ込めおって……!スイ、コスモ、まだ空間移動はできんのか!?」
ダイダイのギルド長バリは顔を顰め、目の前の2人に対して声を荒げる。
「申し訳ございません、ギルド長。先程から大真面目に取り組んでおるのですが、全然駄目です……」
「申し訳ございません」
スイは眉を下げて報告し、コスモは目を閉じて深々と頭を下げた。
「くそっ!俺は常に忙しいというのに……!後でこの空間に放り込んだ奴をとっ捕まえて、諸々の損害賠償を請求してやる!」
バリはその場で立ち上がり、天に向かって怒声を吐き連ねる。
「後始末は私にお任せください」
「ああ。コスモ、勿論だ。死なない程度のありとあらゆる拷問により苦痛を与え続けた後、お前の力で楽にしてやれ」
コスモは、見た者を問答無用で死に至らしめる力を所持していた。
「それにしても……エメラルドの奴が一向に見つからんのはどういう事だ。まさか、エメラルドを見つければ映像を処分するという話そのものが嘘ではないだろうな……」
「その事について考えるのも大事ですが、それよりも……」
「ん?」
「ギルド長、そろそろちゃんとした場所で休憩したくなってきたのでは?。その辺の木に腰掛けるのもそろそろ限界でしょう?」
「それもそうだな。スイ、休む為の屋敷を出せ」
「分かりました」
バリの指示に頷いたスイは、突き出した両手を地面にそっと置いた。すると、周辺に生えていた木々や倒木がぐにゃりと歪み、まるで粘土細工のように勝手に形を変え始めた。
木々は建物の形になり、地面は平坦になりパネルが敷き詰められ……やがて立派な館へと変貌を遂げた。
「完成しましたよ」
スイは手に触れた物体を別の物体に変換させる力を所持していた。彼の手にかかれば、その辺に転がる倒木も立派な屋敷の材料に早変わり。
「ご苦労。この屋敷には魔除けの類は貼っているな?」
「勿論。内部に描かれた魔法陣がある限り、我々以外の者が屋敷に到達する事は決してありえません。向こうから我々の様子も伺えませんよ」
「では、外に帰還する手立てが見つかるまで此処で休むとするか」
バリは右肩を回しながら屋敷へと向かう。が、扉に手をかけた所でピタリと動きを止めた。
「スイ、コスモ」
「「はい」」
バリの呼びかけに2人が返事をする。
「どんな手を使ってでも空間の主を探せ。あと、エメラルドを発見したらすぐ殺せ。いいな」
「頑張ってみます」
「分かりました」
「よし」
指示を終えたバリは、扉を開けて屋敷の中へと姿を消した。
「さてと……」
バリが立ち去った後、スイとコスモは屋敷から離れて魔法陣の影響の及ばない外へ出た。
コスモは無言でその場から離れ、スイは何か作成する為にその辺の地面にそっと手を触れた。
ゴゴゴと地響きが鳴り、地面から無数の魔物が次々と姿を現した。土から魔物を生成したのだ。
小型のゴブリンから大型のドラゴンまで、様々なタイプの魔物で周囲が溢れかえっている。
「ゲッゲッゲッ……」
「キキキ……」
スイの目の前で蠢く無数の魔物達は、自我が薄いのか、鳴き声を発する以外の行動を取らない。
「お仕事の時間だよ」
スイは鞄からリモコンのような物体を取り出してスイッチを入れた。すると、目の前で声を上げて揺れていただけの魔物達がピタリと止まった。
揺れが止まり、口を閉じた魔物達は、光の灯った両目で目の前にいるスイを見つめる。
スイは周囲にいる魔物を笑顔で見渡し、そして口を開いた。
「みんな、森の中を探索して。怪しい奴を見かけたら捕まえて持ってきてよ」
スイが簡単な命令を出すと、魔物達は無言で周囲に散らばっていった。
「こんなもんでいいかな?」
やる事を終えたのか、スイは自分の近くに魔物を3体ほど出すと、その辺を適当にうろつき始めた。
『違法魔法道具で魔物を操作して地道に探し出すつもりなんだ。なんか探し方適当だなぁ……』
そんなバリ達の一連の動きを、エメラルドは空中に浮かびながらずっと伺っていた。
『まあ、魔法に感知されない相手じゃこうもなるかな』
呑気にそう呟くエメラルドの小脇には、修練場の休憩室から借りてきた本『恐怖物語』が挟まっていた。
『相手はありとあらゆる物理攻撃に対しては無敵なんだろうけど、内面は一般人とはあまり変わりないみたいだね』
彼らは無敵である分、他人と比べて心に余裕はあるようだが、だからといって心までは無敵ではないらしい。
『物理攻撃は効かないけど精神攻撃は効く……なら、やっぱこれしかないよね』
1人で結論を出したエメラルドは、周囲に散らばったスイの魔物達に向かって、「止まれ」の命令をテレパシーで飛ばした。
スイの機械よりエメラルドのテレパシーの方が強いのか、あっという間に乗っ取ることができた。
「…………」
テレパシーを受信した魔物は、その場でピタリと停止する。スイの周りにいた魔物も足を止める。
「あれ?故障?」
スイは手元の機械を操作するが、魔物は一切反応しない。
「こんな所で故障するなんて……このまま魔物を放置したら自我が芽生えて面倒な事になるんだけどなぁ」
スイは機械を持ったまま魔物から離れ、鞄から魔法陣が描かれた布を取り出して地面に置いた。
「とりあえず修理しないと……どこ壊れたんだ?」
スイは魔法陣の中央に座り、その場で機械を解体し始めた。
『とりあえず、この辺の魔物を逆に利用させてもらおうかな』
エメラルドはテレパシーで魔物達に新たな指令を流し込んだ。
「おかしいな……全然故障してない……」
スイはバラした機械を元に戻しながらぼやき、そこでふと顔を上げ……
「うわっ!?」
いつのまにかスイの目の前に移動していた魔物に思わず驚いて尻餅をついた。
魔物達の様子がおかしい。
両目は目玉がこぼれ落ちそうなほどに見開き、口角は異様に吊り上がっている。不気味な表情だ。
「なっ……なっ……何!?」
スイは思わず声を荒げるが、目の前の魔物達は一切の反応を見せない。
「魔物共は魔法陣の内部は分からないはず……!?なっ、何で……!?」
周囲に散らばっていた魔物は静かにスイの元へと移動し、魔法陣の前で停止する。
魔物達の目線は全てスイの顔に集まっている。
「ケケケケ……」
「ケケケケケケケケケケケケケケケケ……」
「ケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケ」
魔物達は首を揺すりながら妙な鳴き声を発する。
「こ、故障……!?機械の故障……!?」
あからさまに動揺するスイ。そんな中、魔物達はお構いなしに次の行動に出た。
なんと魔物の1体が歩き出し、スイを囲む魔法陣を踏んだ。
「はあっ!?ええっ!?」
魔物は絶対に入れないはずの魔法陣。それを足で踏ん付けた上に魔法陣の内側に入ってきたのだ。
「うわあっ!?もっ、戻れ!戻れっ!!」
スイは尻餅をついたまま後退りし、手をかざして目の前の魔物を別の物に変換させようともがく。
だが、パニックになってるせいか変換先のイメージが曖昧になっており、思うように形が変わらない。
そこをすかさずエメラルドが、スイの脳内にテレパシーを飛ばして能力の妨害を試みる。結果、変換先が更に思い浮かばなくなり、魔物の姿が一切変わらなくなった。
「何で!?何でぇ!?」
目の前の魔物を異様に怖がるスイに、エメラルドは思わず苦笑いを浮かべる。
『(スイ、日常では異様にホラーを嫌って避けてたみたいだけど、どうやらホラーに耐性がなかったからみたいだね。ホラー嫌いだろうとは思ったけど、まさかここまでとは……)』
エメラルドがスイに対し、テレパシーで少しずつ恐怖を植えつけていた。とはいえ、ここまで成功するとは思っていなかったようだ。
『(恐怖で気が動転してるせいなのか、心が隙だらけだ!これ、もしかするとアレが上手くいくかも……!)』




