26話 ナイトメア選び
『ルールやマナーをよーく守って楽しいナイトメア選びをお楽しみください!では……始めっ!』
放送のアナウンスの合図により、競馬場の室内にいた挑戦者達は堰を切ったように動き出して外に飛び出した。
扉を開けた途端、ガラリと空気が変わるのを感じた。
私達の目の前には木造の綺麗な部屋が並んでいる。その部屋の1つ1つには、とても強そうなナイトメアが収まっている。
『お馬さんが沢山います!』
「そうだな」
私達は清潔な部屋に入っているナイトメアをじっくり見つめ、そして部屋の中央にある大きな砂時計に顔を向けた。
砂時計は既に作動しており、ピカピカ輝く砂がサラサラと音を立てては落ちていく。
「よし、早速探すとするか……」
「だな(空を飛べて、長距離を走りきれるナイトメア……)」
「(とりあえずあっちの方から調べていくとするか……)」
その間に他の大会参加者は、ナイトメアの選別をする為に道を別れてあちこちへと散らばっていった。
私は近くにある注意書きの看板を見つけ、じっくり見つめる。
『目当てのナイトメアを決めた場合は、ナイトメアの扉にある木札を取って部屋から出ること……成る程、じゃあ私達もナイトメアを探しま』
「決めました」
私達も本格的に探そうとした瞬間、近くにいたドランさんが近くにあった扉から木札を抜き取った。
「何だと。随分と早いな」
『ドランさん、もう決まったんですか……?』
「はい」
『…………因みに、このナイトメアに決めた理由とかは……?』
「このナイトメアと目が合ったので」
そんな理由で?
「では失礼します」
『ばいばーい』
一足早くナイトメアを決めたドランさんは、木札を持ったまま来た道を戻ってそそくさとこの部屋から退散した。
「あいつ、随分といいナイトメアを選んだな」
『目と目が合った、と言ってましたが……ざっと調べた所、ドランさんの選んだナイトメアは力も持久力もあり、空も飛べるとても良い個体のようです』
「ドランは天才だからな、見ただけで良い奴かどうか分かるんだろうな。さて、俺も探すとするか」
『はい……あの、レイトさんはナイトメアの選び方は分かりますか?』
アナウンス中に聞こえた周りの参加者の心の声のお陰で、探し方も何となく分かっている。こういう時に周りの声が聞こえるのはとても便利だ。
「俺はとりあえず、魔法でナイトメアの能力を調べる」
『おぉ……』
レイトさんは、ダークエルフのワワさんの『魔法で魔物の能力を知る』作戦と同様の手段を取るつもりのようだ。私もそれが1番いい方法だと思う。
『レイトさん!もし必要ならナイトメアの通訳しますね!』
「それはいいな。ナイトメアの性格によっては、レースの立ち回りもある程度は変えないといかんだろうしな」
『選んだお馬さんの実力から作戦を変えていくんですね!』
「おう」
前に錬金術の先生から競馬の話を聞いているから少しは分かる。
『(馬混みを嫌う子や泥が跳ねるのを嫌う子が居て、そんなお馬さんの為に走る位置を変えたり装備を整えたりするんだっけ)』
でも、それ以上詳しい事は分からない。図書室にナイトメアや馬に関する本はあっても競馬に詳しい本は無い。
こんな事なら錬金術の先生ともっと競馬の話をしておくんだった。
「それにしても、ナイトメアレーシングか……初っ端から随分と嫌なモンを出してきたな……」
レイトさんは馬を選別しながら、ボソリと言葉をこぼした。
『魔力を常に消費し続けなければならないって、とてもしんどそうですよね……』
「いや、そこじゃない。このレースは恐らく、全員で長いコースをずっと走り続ける競技だ。状況にもよるかもしれんが、この競技中はナイトメアがずっと群れたまま移動し続ける……」
『はい、そうなりま……あっ!確か、ナイトメアの特性って……!』
「そう。奴らは外敵の放つ魔法から身を守る為に、周りの生物の心を揺らし、精神を不安定にさせると言われている」
レイトさんは深刻そうな顔を私に向ける。
「モヨは分かるな?魔法を扱う魔法使いにとって、精神が安定しない状況がいかに危険なのかを」
『はい。魔法を扱う為にはまず、心を落ち着かせて精神を安定させる行為から始まります。最初にこれをしないと、魔法の精度が下がったり、魔法が思わぬ動作をする事があるからだと教わりました』
「そうだ。つまり、ナイトメアレーシングの競技中は魔法を碌に使えんという事だ。心が落ち着かない状況に常に置かれてしまうのでな」
魔法を碌に使えない。ナイトメアに身体強化を施して速くしたり、地面を緩くして相手を妨害するような、様々な小細工をする難易度が一気に跳ね上がってしまう、という事だ。
「その影響で、ナイトメアに騎乗している参加者は普段以上に魔力をすり減らしてしまうだろう。対策をしなければ、普通の魔法使いではまともにナイトメアを走らせる事はできん」
『精神保護をしつつナイトメアを走らせる……これはだいぶ難易度が高いですね』
この競技を考えたであろうウインクさんは、初っ端から参加者に対してだいぶ難易度の高い物をぶつけてきたようだ。
『ウインクさんって、ナイトメアの悪夢以上にイジワルな人なんでしょうかね……』
「あいつの事はよく分からんな。因みに、ナイトメアが近くにいると悪夢を見るのは、この精神を不安定にさせる特性が原因だと今の所は言われているが、それを決定付ける確かな証拠はまだ出ていないそうだ」
『へぇ……ナイトメアと悪夢を結びつける要因はまだ分かってないんですね』
「まあ、ナイトメアが近くにいると悪夢を見る確率が上がるのは確からしいがな……おっ、このナイトメアはいいな。長距離を走れる強靭な体力と丈夫な足腰、空も飛べる力もあるし頭もだいぶ賢いようだ」
ナイトメアを見つめ続け、ついにレースを完走出来そうなお目当てのナイトメアを発見したようだ。
『とても強そうです!ナイトメアさん、こんにちは!』
私は部屋の奥にいるナイトメアに向かって元気な挨拶をする。
『(……何だ貴様らは)』
だが、私の挨拶に反してナイトメアはとても冷たかった。
「モヨ、奴は何か言ってるか?」
『えっと……とりあえずリアルタイムで通訳します!』
「よし頼んだ。ナイトメア、ちょっといいか?実はな、これからレースがあるんだが……」
『(そこの老人……まさかこの我に乗るつもりではあるまいな。我は貴様のような弱そうな者を乗せるつもりは毛頭無い)』
レイトさんの優しい物腰に対し、ナイトメアは変わらず冷たい反応を返す。
『ひぃ……このナイトメアは実力があるだけに、だいぶ頑固で傲慢な性格のようです……!』
恐らくリリヤさんは今までも、気に入らない相手はとことん拒絶してきたのだろう。
『下手に決めても、馬本人がやる気を出してくれなければレースどころじゃないですよ!これは他の子に変えた方がいいかもしれません……』
「構わん。ナイトメア、お前に決めた」
『(我はリリヤだ。ジジイ、もし無理矢理乗るのであれば、我は貴様を地面に振り落とすぞ)』
ナイトメアのリリヤさんは、レイトさんを鼻で笑いながらそう言い放った。小馬鹿にするリリヤさんに対し、レイトさんは表情を一切崩さない。
『(それとも今此処で蹴り飛ばしてやろうか?)』
「やってみろ」
リリヤさんの挑発に一言返すと、レイトさんはリリヤさんの扉に付けられていた木札を素早く取り上げてしまった。
『えっ!?レイトさんその方でいいんですか!?』
『(貴様……!)』
「俺はこいつに決めた。モヨ、行くぞ」
『わっ、分かりました……!』
出入り口に向かって歩き出したレイトさんを見た私は、慌ててその後を付いていく。
『(ふざけるな貴様!会った時が貴様の最後だ!我の脚でそのおいぼれた脳を蹴り飛ばしてやる!)』
そんなレイトさんの背中に罵倒を飛ばし続けるリリヤさん。
私はその気迫に気後れするが、レイトさんはリリヤさんを一切気にせず、そのまま馬房を後にしたのだった。
『レイトさん……!レース本番でリリヤさんから蹴られたりでもしたらどうするんですか!』
先程通った廊下を進みながら、私はレイトさんに心配事を口にする。
『仮に乗れたとしても、途中で振り落とされるかも……!そうなったらレースどころじゃありませんよ!』
「無理だ。アイツは俺を襲えない」
『……えっ?そうなんですか?』
「奴に直接会えば分かる」
それ以降レイトさんは黙り込み、休憩室に戻ってからもずっと無言のまま休み時間を過ごしたのだった。
暫くして。馬房にいた他の参加者も部屋に戻り、各自で自由な時間を過ごしていると、再び天井からアナウンスが流れてきた。
『ピンポーン!そろそろレースを開始するので、皆様はそろそろご準備の方をよろしくお願いします!その扉から出れば準備場まで直接向かえます!』
「いよいよか」
『
数分後……
「…………」
『(………………)』
レイトさんが握る手綱の先にいるのはリリヤさん。
先程までレイトさんに対してあんなにキレていたのに、今は何故か大人しい。レイトさんが上に乗っているにも関わらず何もしてこず、パドックと呼ばれる広い場所をゆっくりと律儀に歩いている。
『(スタッフから手綱を受け取った瞬間……いや、リリヤさんがレイトさんを見た途端、嘘みたいに大人しくなった……)』
先程まであった敵意は完全に消え失せ、今はレイトさんを乗せたまま行儀良く歩いている。
いや、それどころか……
「リリヤ、乗せてくれてありがとな」
『(あっ、はい!勿論っす!寧ろレイト様のようなお方に乗っていただけるのは、自分にとっても大変喜ばしい事で……!)』
「そうか」
リリヤさんの威厳はどこへやら。今はレイトさんの顔色を伺いながら言葉を選び、まさかの愛想笑いまでしている。
『(リリヤさんはレイトさんに直接会った瞬間、レイトさんの実力を理解してしまい萎縮してしまった、という事でしょうか……)』
「何はともあれ、これでレースは大丈夫そうだな」
『……なんか、レースが始まる前から拍子抜けしてしまいました』
「レースでは何が起こるか分からん。モヨ、気を抜くな」
『(私リリヤも誠心誠意、頑張らせていただきます!)』
「頼んだ」
レイトさんを乗せたリリヤさんはパドックから離れ、最初の種目であるナイトメアレーシングのレース会場へと歩いて行ったのだった。




