2話 急ぎの用事
「マルク、少しいいかい?」
茶髪の旅人に声を掛けてきたのは、赤髪の美人な女性だった。
格好は頑丈そうで動きやすそうな服、腰には旅人と同じポーチとシンプルな短剣が提げられている。この人も旅人だろうか。
「あっ、ミナ!どうしたんだい?」
旅人『マルク』は女性旅人『ミナ』に気軽に声を掛ける。どうやら2人は知り合いのようだ。
「マルク、アンタ今ボンボン持ってないかい?」
「ボンボン……ああ、ぶどう草か。残念だけど今は持ってないなぁ(もしかして誰か病気になったのかな?)」
「そうかい……邪魔して悪かったね。じゃあアタシはこれで……」
ミナさんはガックリと肩を落とすと、そのまま森の奥へと足を進め始めた。
「待って!君、今から森に入る気かい!?今日はもう遅いし、さっき僕がゴブリンを怒らせちゃったから……」
「構わないね、今は一刻を争う非常事態なんだよ!(早くしないとあの子が……間に合わなくなる……!)」
心を読まなくてもかなり動揺している事が分かる。どうやらミナさんは『あの子』の為にぶどう草が必要みたいだ。これは私も力になってあげたい。
「じゃあアタシはこれで……」
「ミナ、待って!!」
「何だい!アタシの邪魔をする気かい!?」
「違う!そうじゃなくて、えっと…………」
マルクさんは慌てて言葉を続けようとしたようだが、途中でハッと何かに気付き、私に視線を落とした。
「……ねえ君、もし君が良ければミナ……彼女の助けになってくれないかい?(スピード勝負なのに、足が遅い上に疲れ切った僕が付いていっても、絶対に足手まといになるだけ……)」
『あっ……勿論です!困った人を見捨てるような真似は出来ません!』
「ありがとう……!ミナ、この子を……ランタンを持っていってくれないかい?きっと君の助けになってくれるよ!!」
マルクさんは私の反応を改めて確認すると、私をミナさんにそっと手渡してくれた。先程マルクさんの同伴で力を使ったが、まだミナさんを導く力は残っている。
「さっきから1人で何して……って、コレは何だい?新しい魔道具……では無さそうだね……(コイツが何の意味も無くガラクタを渡す真似はしないからね……とりあえず持ってこうか)」
「じゃあ行ってくるよ!」
そう一言告げると、ミナさんは森の奥に向かって全速力で走り始めた。ミナさんの走りは人の出すスピードを遥かに超えているように感じた。早すぎてランタンが斜めに傾いてしまっている。
(ヤバい!早過ぎて呆気に取られてた!!前に敵の群れがいる事を伝えないと!)
『いきなり失礼します!前方に見える茂みの奥にゴブリンの群れの気配がします!!恐らく6匹程居ます!!』
「うわっ!?何!?」
『初めましてミナさん!さっき渡されたランタンです!私は明かりの代わりになりますし、魔物の気配も察知出来ます!』
「一体何が……」
ガサガサッ!!
ミナさんは私に気を取られたまま、前方の茂みに飛び込んでしまった。
「ギギッ!(イマダ!)」
「ギギーッ!!(ツカマエロ!!)」
結果、ミナさんは前方で待ち構えていた6匹のゴブリンと蜂会い、不意打ちで飛び掛かられてしまった。
「ふんっ!!」
だが、ミナさんはゴブリンの扱いに慣れているのか余裕でそれを躱し、気にせず前へと全速力で走り続けた。
「6匹居たね……アンタ、本当に予測なんて事が出来るんだね(敵の気配は私でも分かるが、数まで当てるとは……)」
『はい、ですがミナさんに忠告は不要だったみたいですね!さっきの身体捌きとても綺麗でした!!』
「ハハッ!アンタ、アタシの事褒めてんのかい?」
『はい!ベテランの動きでした!!』
「まあね、アタシならブルーゴブリン程度の敵相手なら簡単に逃げられるよ。でもね、アサシンは別だよ(フォレストアサシンだけは無理だね)」
『アサシン?』
「フォレストアサシン、デカイ上に気配無く獲物に近付く魔物さ。アンタ、雑魚は別に報告しなくていいから、アサシンの気配がしたらすぐアタシに知らせるんだよ」
『わっ、分かりました!頑張ってみます!』
この会話の後、ミナさんはずっと無言のまま走り続けた。その間ゴブリンの群れに何度か遭遇したが、いずれもミナさんが軽くいなして事なきを得た。
後、ゴブリンとすれ違う内に、何故私がこんなにはっきりとゴブリンの気配を察知出来るのかも分かった気がした。ゴブリン達は怒りっぽく、感情の揺れが激しいのだ。
更に奴らは、常に群れで行動しているから物凄く分かりやすい。遠くからでも容易にゴブリンを発見出来たのはその為だ。
なので、逆に大人しい生物は私の集中力次第では見逃してしまう事もある。気配を殺して近付いてくるアサシンには特に注意を払う必要があるようだ。
数十分後……
「この辺に生えている筈なんだけど……」
目的の場所に到着したミナさんは、草をかき分けながら必死にぶどう草を探している。
この辺には先程までわんさか居たゴブリンや、その他諸々の魔物の気配が一切無いので、周りを気にせず野草探しができるだろう。
(何か変な感じ……)
だが、私は此処に来てからずっと妙な気配を感じ取っていた。
『あの、ミナさん……この辺り、妙な感じがします……』
「そうかい、分かった。アタシも気をつけ……あっ!あれは……!」
ミナさんは岩のそばに駆け寄り、丸い球のような物が沢山実った不思議な植物を根っこから綺麗に引き抜いた。
「(あった!ボンボン!!)」
私の頭の中に喜ぶミナさんの声が聞こえてくる、それと同時に妙な景色も入り込んで来た。
ミナさんの後ろ姿だ。しかもじわりじわりとミナさんへと近付いている……
(これはまさか……!!)
『後ろです!!』
「!?」
私が叫んだ瞬間、ミナさんの背後の草むらから黒くて素早い何かが飛び出してきた。謎の何かはミナさん目掛けて飛び掛かってきたが、ミナさんはすんでの所でそれをかわした。
「グルルルルル……」
黒い物の正体は車並みにデカい猫科っぽい生物だった。一撃を避けられた生物はあからさまに怒っている。
「出たね、アサシン……!(一瞬の隙を狙われたようだね……)」
どうやらこの生物がアサシンだったようだ。多分だが、私はアサシンが見ていた景色をテレパシーで読み取ったようで、そのお陰で事前に敵の接近に気付けたようだ。
「(よりによってしつこい相手に出逢っちまったよ!今すぐこのボンボンを渡しに行きたいのに!)」
そうだ、確かミナさんは病気を患ったあの子の為に野草を取りに来ていたんだ。だが、このアサシンから逃げるのはミナさんにとって大変なようだ。
(こうなったら、アレを使うしかない!)
私は戦闘は碌に出来ないが、相手の目を眩ますだけの力はある。此処で全力で光ってやれば、少なくともこのアサシンから逃げる隙は出来る筈だ。
眩しく光った後は碌に動けなくなるが、此処で時間を取られてあの子が手遅れになるよりかは遥かにマシだ。
それに、万が一生き残ったとしても、この人なら私を雑に扱う事は多分無いだろう。
『ミナさん!目を伏せて下さい!!光って目眩しします!!』
「! 分かった!」
ミナさんが目を覆うのを確認すると、私は全身に力を込めて全力で輝いた。
身体からバチンと乾いた破裂音が鳴り、外からはギャァッと獣の悲鳴のようなものが聞こえた。
それを確認するや否やミナさんは無言で走り出した。これで無事に逃げられるといいのだが……
(い、意識が……)
今までで一番強く輝いたせいなのか、身体の力が全て抜けた上に意識が遠のいてきた。
(あの子……助かるといいな……)
ミナさんが全力で走る姿を横目に眺めていたが、やがて意識を手放してしまった。