駐車場
「ビンゴだな」
予想したとおりだ。柏木は毎夜、上の階位者から呼び出されて、痛めつけられていたのだ。あとはその目的だが、それは柏木を追いかければわかる。
「あっ」
莉愛が声を出した。モニターの中の柏本が病室の窓を開けている。
「五階からジャンプとは。マシアスってのはホント高いところから飛び降りるのが好きだな」
「いや、ちがう」
窓を開けた柏本が左手を見ている。
優貴は目線をあげた。縦樋に飛びつく柏本が見える。
「飛び降りが出来ないってことか」
「フュシスが弱いんだね」
「なるほど」
そう言っている間に柏本はするすると縦樋を降りた。走り出す。
「追うぞ」
「うん」
優貴はマツダ2のシフトをドライヴに入れるとアクセルを踏み込んだ。
柏本のあとを追うのは簡単だった。ちゃんとスマホはハッキングしてある。タクシーを拾った柏本が芝浦運河方面に向かうのをマツダ2が追う。
「さて、どこに向かうのかな?」
「倉庫街だね」
「ああ」
田町の繁華街の先の埋立地には昭和の香りのする倉庫街だ。今は使われていない取り壊しを待つ巨大倉庫も多い。人目につかずにあんなことやこんなことをするにはもってこいの場所だ。今回はどうも濡れ場ではなさそうだが。
「マシアスがいるのかな?」
「呼び出されたからにはいるんだろうが」
優貴は呼び出したのは柏本より上位だとしても、待っているのは違うのではないかと考えていた。
絢と推測したマシアスがアイマを下位の者から上位の者へ献上するということならこんな裏寂れたところに来る必要はない。上位のバロネスが高級ホテルに呼び出すというのが普通の流れだろう。だが、呼び出されたのが倉庫街ということであれば、アイマを吸い取る以外の目的があるということだ。おそらくそれは柏本を痛めつけるということだろうが、問題は、なぜそんなことをするのかだ。
「止まったよ」
モニターを見てナヴィをしていた莉愛が告げた。大型倉庫へと柏本の光点が入っていく。
「音声は?」
「採れる。ちょっと待って」
莉愛の小さな手がラップトップのキィボードの上を走る。
「来た」
「良子様、柏本が参りました。どちらにおられるのですか?」
不安気な柏本の声がスピーカーから流れだした。
柏本はふらふらと夢遊病者のように倉庫の通用口から中に入ると奥に進んだ。
左右に五十メートル、奥行きはその倍はある巨大な空間だ。高さは十五メートルあるだろう。右は空洞になっていて角に壁で仕切られた事務所がある。左は三つの剥き出しのフロアがあり、それを階段が結んでいた。
天井からはクレーンのワイヤーがぶら下がっている。左手のフロアから鋼管などの資材を下ろすためのものだ。
「良子様、柏本が参りました。どちらにおられるのですか?」
柏本がおずおずと声をかける。だが、非常灯の薄暗い明りのなかに、声は虚しく広がるばかりだ。
「良子様、お慈悲をください。ぼくはもうそれしか考えられない。良子様からいただくアレは最高です。アレを注射すればぼくは生き返る。全部良子様の言う通りにします。全部の財産を捧げます。ですから、お願いです。でてきて、でてきてください」
柏本の繰り言が涙じみて来る。完全に良子様とやらにイカれてるのだ。
「良子様は来ないよ」
突然声が響いた。
次回のアップは8/3の5PMです。