四ッ谷1
3
「そうとは?」
優貴の疑問に絢が答える。
「アイマはギリシア語で『血』の意味よ。でも、おそらく血そのものを意味するのではなくて、血に含まれる若返りの物質なんだわ。未発見の」
「フュシスみたいにかい?」
「そうね。莉愛さんがもっているフュシスがマシアスにとって不死身化の霊薬とすれば、若返りの霊薬があってもおかしくない」
「若返りねぇ、眉唾だな」
「なに言ってるの、あの内藤隼人ね、うちの調べでは二百歳を超えている可能性があるのよ」
優貴は口笛よろしく口唇を尖らせた。流石に音は出さない。
「見た感じ三十代だったがな」
「ええ。だけど、彼の痕跡は幕末まで遡れたの」
「そいつぁ、刀捌きが達者なわけだ」
優貴は内藤に峰打ちされた首筋を撫でる。あれは確かに効いた。首がなくなったかと思って、探したぐらいだ。
「それにね、最新の研究ではある種の血漿タンパク質に抗老化作用があるというのも判っている。GDF―11って命名されたそれは特に若年層の血液には大量に含まれているらしいわ」
「それがあれば、しかめっ面で職務に当たっても、シワシワにならないってことだ。絢にも若いツバメが必要だな」
「うむ。そう考えるといろいろ辻褄があってこないかい?」
優貴の悪巫山戯を無視して、莉愛が口を挿む。
「フュシスはディを経由して人間に摂取されると不死身化してマシアスになる。でも、歳をとらないわけじゃない。叔父さんは普通に歳を取ってたもの。でも、あの水晶宮にいたマシアスたちはみんな若々しかった。それはマシアスが人間たちからアイマを吸い取って若返っていたから」
「なるほどな。もしかすると、ディもその恩恵に与ってたんじゃないか。たしかにディはフュシスで若返り、活力を得る。だが、それだけじゃ足りないはずだ。莉愛みたいな神嫁は何百年に一度の存在だからな。だが、ディもアイマを人間から吸い取っていたと考えれば納得がいく」
優貴の言葉に絢が異を唱える。
「それはおかしいわ。そんなことをすればディは人間をどんどんマシアスにしてしまうことになる。マシアスひとりは最低でもふたりの麗人を持てるから、幾何学級数的に増殖して、世界中、マシアスだらけになっているはずよ。それに、そんなことをすればディの体内のフュシスが少なくなってしまう。体内で生成できない物質だからそれを持つグラティアを求めるんだもの」
「とすると」
優貴は腕組みした。
「とすると、直接じゃないんだ。ディは眷属のマシアスたちからアイマを吸い上げていた。そして、マシアスたちは人間からアイマを吸い上げて、若さを保っているんだ。それなら」
優貴は満足げにうなづいた。
「整合する」
「どういうこと?」
「智海さ。あの吉祥寺のマンションを出て来た時、智海は疲労困憊って感じだった。品のないおれはずいぶん激しいベッドだったんだとニヤついていたわけだが、本当のところは、その男タンゴがマシアスで、智海からアイマを吸い上げたあとだったんだ」
「だから、活力を失っていた」
「活力を失って、意識が朦朧としていた智海は心に残った唯一の執着である薫に会いたい気持を押さえ切れず街を放浪した。会えばもちろん薫からアイマを奪い取る気でいた」
「もしかしたら、菊池にフュシスを与えて支配するつもりだったのかも」
「さぁ、そこまでは判らない。ただ、この仮説があたりなら、マシアスは自分たちの若さを保つという欲望を満たすためだけに、人間狩りをしているわけじゃないだろうな」
「どういうこと?」
「若さを謳歌して、自分の欲望を満たして安楽な生活を手に入れるのはマシアスにとって手段にすぎないのだ」
絢の疑問に莉愛が答える。
「目的があるんだよ」
「あいつら神の知を持った連中は何かのために生きてるからな」
「耳が痛いわね。アメリカ人のあたしもそうだから」
絢は苦笑して続ける。
「ディとマシアスの目標への動きを強力に推し進めるってこと? ディの遺志を継いで」
次回のアップは7/24の5PMです。