狩場2
シオファニィで神祖アイザック・ディを失ったマスアスが動き始めています。
シオファニィでは描き切れなかった『絶対精神』とはなにか? それを達成するため太古の昔からマシアスが何をしてきて、そして、何をしようとするのかを描いていきます。
田村優貴と前田莉愛はそれにどう対処するのか? お愉しみください。
隔日で5PMアップの予定です。
神々の顕現
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神々の麗人1 (続・神々の顕現)
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2
黒革の足が上がった。ヒキガエルの背中はその下だ。
「おらよっ」
黒革が飛びあがった。
全体重が乗った踵がヒキガエルの背中に突き込まれた。
ぐふっと声にならない声をあげて、ヒキガエルの肥満した躰が仰け反る。手を動かし抵抗しようとするが、黒革はそれを巧みによけてさらにストンピング・キックをヒキガエルに突き入れる。
「おまえっ、お前みたいな、下衆はっ、これがっ、お似合いだ。怠け者のくせに、いいことばっか味わおうとするようなクズはな!」
何度目かのストンピングで、ごりっと音がした。骨の砕ける音だ。げほっとヒキガエルが呻く。
肋骨が肺に突き刺さり、肺の空気が声帯を震わせたのだ。続いて、血の塊がヒキガエルの口から飛び出す。ヒキガエルが断末魔の痙攣を始める。
「いい気味だ。おいっ」
黒革がステンカラーを見た。
ステンカラーはすでにキャリーバッグの口を大きく開いていた。
「それで西川智海の部屋にいた男、タンゴは消息不明ってわけだ」
田村優貴は植田絢から渡されたタブレットを返した。タブレットは窓を突き破ってビルから飛び降り、逃走する男の後ろ姿の動画を再生している。大坂誠のヘッドセットで録画された映像だ。
「そういうこと。面目ないわ。マシアスの中枢に繋がるラインだったのに」
「まぁ、仕方がないさ。地上七階から飛び降りて平気な化け物だ。追いかけようがない」
「あら、焦らないのね? 田村さんは」
「焦る? なんで?」
「西川案件からマシアスが活動を再開したのは明らかよ。その目的は今のところ判らないけど、田村さんたちに目が向く可能性はゼロじゃない」
「こわいねぇ」
「こわいのだ」
優貴とその横に座る莉愛が同時に肩をすくめてみせた。その姿に絢が嘆息する。
「ったく、あなたたち見てると真面目にやってるのが馬鹿々々しくなるわ」
「絢もそうすればいいじゃないか。そんなに眉間に皴寄せてると、シワシワになるぜ」
「余計なお世話よ」
「あたしたちは欲張りなのだ。先のこと考えて、いやな気持になるより、今を愉しまないと損なのだ」
「莉愛さんもずいぶん刹那的になったわね。悪影響だわ」
「優貴の影響うけて、あたしは嬉しい」
いつもの棒読みだが、恥ずかしげもなく、そう言う莉愛に絢も苦笑せざるを得ない。
「で、もう一つの手がかり、智海は?」
優貴は絢に先を促した。いつまでも悪巫山戯してるわけにもいかない。
「廃人状態。まともに話せる状態じゃない」
「そうか」
「……」
恋人と別れることが合理的だという判断と別れたくないという感情の板挟みなった智海に、優貴と莉愛は痛ましい表情を浮かべた。
「でも、西川にとって良かったのは元恋人の菊池薫が来てくれることね。その時だけは嬉しそうよ」
「菊池さん、会いに行ってるんだ」
「ええ、サウジに赴任するまで、できる限り来るって言ってたわ。赴任してる間はくれぐれもお願いしますって、職員に頼んでる」
「そうか。突き放さないようになったんだな、あいつ」
「え?」
「いや、こっちのことさ」
「そっ、まあいいわ」
絢はタブレットを操作した。今度は静止画を呼び出す。
「西川に関しては気になるのはその容姿ね。すっかり衰えてしまって髪なんか真っ白」
絢がそれを優貴に見せた。目鼻立ちのくっきりしたところは変わらないが、目は落ち窪み、肌には張りがない。二十代だったはずだが、見た目は五十代だ。
「あと気になるのは、譫言ね」
「譫言?」
「気が付けばアイマを吸いたい、アイマをくれってつぶやいているわ」
「アイマ? そういや、菊池の部屋で『おまえのアイマを吸って、あたしの苦しみを味あわせてやる』って叫んでたが」
「やっぱり、そうなのね」
絢が腑に落ちたようにうなづいた。