芝浦倉庫2
10
「逃がさねえぞ、出来損ないが」
葉柴はこちらを向いたまま逃げようとする柏本へ向かって走った。数メートル手前で踏み切り、跳び上がる。
「ライダーーーキィーークッ」
なんてやつだ、石ノ森先生が聞いたら激怒するぞ。優貴はバッズから流れてくる葉柴という男の声を聴いてあきれ返る。
葉柴の突き出された右脚が柏本の胸に突き刺さる。ごりっと嫌な音が倉庫に響く。骨の折れた音だ。
「ははぁ、いい気味だ。悪は倒されないとな」
ごほっと、柏本の口から血痰が飛び出した。肺が破れている。
「ほらよっ」
頭目掛けて葉柴の足が上がる。ストンピングする気だ。踵で相手を踏みつけるキックだ。思いきり踵を口に落とされれば、前歯なんて一瞬で折れてなくなる。
葉柴がさらに足をあげた。飛び上がろうと膝を折る。
その時、
爆発が生じた。
大音響が倉庫の闇に響く。
音に振り返った羽柴が目を見開く。倉庫の巨大な鉄扉が吹き飛んでいた。高さ五メーターはある鉄扉が辛うじてヒンジにぶら下がって揺れている。
重機でも使ったのかと羽柴は目を凝らした。
だが、現れたのは重機ではない。
街灯の明かりを背景に二つの影が現れた。一七〇センチぐらいの男と一五〇センチぐらいの女だ。中に入るにつれて、二人の影が伸びる。
「なんとか、間に合ったみたいだな」
まるでこの場にそぐわないゆるい優貴の声が倉庫に響いた。
「ひ、酷いな」
まき散らされた血の赤が夜目にも鮮やかだ。
「ああ」
莉愛に答えると優貴は前に進み出た。
「そいつにどんな恨みがあるかは知らないが、あんた、やりすぎさ」
「なんだとこらぁ」
中折れ帽に黒革のジャケットを着た男、葉柴が凄んだ。三白眼で優貴を睨みつけてくる。おお怖いねぇ。やだやだ。どうしてこう人を暴力で制しようという奴は同じような目と科白ばかり吐くのか。加減飽きて来た、もうちっと気の利いたこと言え。
「手前もぶちのめされてぇか」
また、紋切り型の科白を吐いて、三白眼の葉柴が前に出る。
「ぶちのめされるのは勘弁だな」
優貴は舌なめずりして答えた。悪い癖だ、荒事の予感にぞくぞくするのは。
「ナメんなよ」
葉柴が近寄って来た。
ナメるナメないと自信のない奴ほどそいうことにこだわる。
優貴は莉愛に目配せした。莉愛が優貴から離れて、左の闇に走る。同時に優貴は前に出る。莉愛の方には行かせない。
あっという間に葉柴が間境を超える。どうする? と優貴が思った瞬間、葉柴の右後ろ脚を飛ぶ。
『前置き無しってのもいいねぇ』
優貴が笑みを漏らす。葉柴の本格的な蹴りが嬉しいのだ。
しかも、見えない位置の後ろ脚の蹴りだ。近接戦闘(CQC)がよく判っている。
CQCの際、人の意識はどうしても相手の拳に行ってしまう、その状況で視野の外から打撃が来ればまず一撃で倒れる。打撃に対する準備ができないために、ダメージがでかいのだ。
だが、その前蹴りは優貴には当たらない。優貴は半身を開いて前蹴りを躱すと前に出る。
間近に迫る優貴に向かって、葉柴が左ジャブを放つ。空ぶった右足を戻す勢いを使っている充分な威力だ。。
優貴は微かに頭を動かした。左耳の横を拳が通り過ぎる。
ここまで躱されれば優貴の実力が判りそうなものだが、葉柴には判らなかったらしい。間合いを取り直すことなく、葉柴はさらに優貴の顔を目掛けて右フックを放った。優貴はそれもぎりぎりで躱した。鼻先を葉柴の拳が吹き抜ける。
このあいだ、優貴の腕はまるで動いていない。だらりと垂れたままだ。その意味が葉柴に伝わればいいのだが、そういうのは判らないらしい。連続して、左膝蹴りが優貴を襲う。
『見え見えなんだよ、対角の攻撃ってのは』
優貴は下腹部に飛んできた膝を躱すと、初めて腕を動かした。
左腕を伸ばし、中指で葉柴の帽子を弾く。
ふわっと帽子が舞い上がった。
驚き帽子に手をやった葉柴が初めて後退した。
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