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3.自分をマイノリティと感じなかった

中学の頃から、執筆では女性の筆名を遣っていた。それは、いずれ世に出るかもしれない自分の仮面(ペルソナ)として自然に選んだものだ。


「僕」という一人称もやめ、「私」と言い始めた。結果、さらに変人扱いされる。高校卒業までは、人前で「私」と言うのをやめ、「自分」という一人称で通した。以来、「僕」も「俺」も遣ったことがない。


女装は継続していた。女性の服やウィッグをこっそり買ってきたり、簡単な化粧を覚えたりもした。しかし、そんな姿は他人には見せられない。女性として生まれていて、堂々と街を出歩きたかったと思った。


同時期、「男の娘」という言葉が生まれる。しかも、そんなアニメや漫画が同時多発的に生まれた。書店へ行けば、『オンナノコになりたい!』という女装の指南書も売ってあった(私が化粧を学んだのはその本からだ)。


男の娘もののBL漫画もこっそり買い集め始める。


昔へ戻ってきているのかな――と思った。男が男を愛することが普通だった時代へと、少しずつ回帰してきているような気がしたのだ。


一方、逆の方向へと私は進む。


中学から高校にかけ、私の声は変わり始めた。私の場合、声変わりは唐突に来たのではない。気づいたら変わっていた。髭も毎日剃らなければならなくなり、しかも濃くなった。男であると同時に女であるものから、「男」へと変わっていったのだ。


手の甲も女性よりゴツゴツしている。腕にも毛が生えてきた。腕の毛を髭剃りで剃りつつ、このまま同時に肌も剃り落としたい衝動が浮かんでは消えた。


「男性であること」と「自分であること」は次第に乖離する。


クラスメイトの男子たちから性的魅力を感じたことはあまりない。それは、彼らが幼すぎたためだ。乱暴で騒々しいのは小学生の頃から変わりない。しかし、女性に関する下品な冗談は言うようになっている。幼稚なまま身体だけ大人になったような気味の悪さがあった。


私は彼らを選定していた――「異性」として魅力を感じられるか否か。


なぜ、男性憎悪の強い人がフェミニストには多いのか。当然、男性にも問題はある。しかし、原因の一つには異性への高い理想もないだろうか。


神経質さと感受性は幼い頃から強かった。思春期に入り、それはさらに強まる。私が怯えた「大人の男性」に、男子たちは近づいているようだった。しかも、私が惹かれるような力強さも行動力もない。


男子トイレを嫌悪し始めたのはこの頃からか。


男子と言えば、小便器で用を足しているときに、いきなり後ろから身体を激しく揺さぶってきて、「スプリンクラー」と言う連中である。そのくせして、休憩時間には「小便いこーぜー」と友人たちを誘い、ぞろぞろとトイレに向かっているのだ。


男子更衣室も同じように感じられ始めた。彼らと同じ身体を持っていること・自分がここにいることが厭だった。


私は、私の身体はずっと変わりがないと思っていた。ところが、クラスメイトの男子たちと同じように性徴は進む。彼らとは違うものだと思っていたのに、彼らと同じ身体になっている。


同年代の男子に惹かれることもあったが、その事実に大抵は反撥した。反撥がなかったのは、四つ隣のクラスの物静かな彼や、中性的な顔立ちで寡黙な後輩の一人くらいだ。


年頃の男子とのズレは、彼らとの間に壁を作った。


私が「男子」というだけで、男子は馴れ馴れしくしてくる。初対面でも下の名前で呼ぶ。身体に触れて来る。裸の男が奇怪な格好をした画像に笑いを求めてきたり、女子への悪口への同意を求めてきたりする。そのたびに、何か嫌な物が染み込むような感じがした。


一方、女子と話すときはそんな不愉快感がない。むしろ妙な安心感さえある。


それゆえか、ゲイたちの気持ちはほぼ分からない。


男性を愛する感情を、「異性愛」なのだと私は認識していた。なので、「男性のまま」男性を好きになる人の気持ちは全く分からない。


ゲイ向けポルノも見たことがない。というより、そんなものは見たいとさえ思わない。


「千石さんは自己女性化性愛(オートガイネフィリア)なのかもしれませんね。」


これは、あるゲイが私に言った言葉だ。


自己女性化性愛(オートガイネフィリア)とは、自分を女性だと夢想することで性的に昂奮する人である。


確かに、そのような部分もある。しかし、ただの昂奮ではなく、一般的なゲイとは私は何かが異質だ。卑猥な冗談・馴れ馴れしさ・乱雑さ・男性自身の声。そういったものの飛び交う同性社会(ホモソーシャル)から私は外れている――たとえゲイたちの集まりであっても。


しかし、自分をマイノリティだとは思わなかった。


というより、マイノリティとして私を当て嵌める概念がなかったのかもしれない。


()いて当て嵌めれば、「両性愛者」ということになる。だが、両性愛者がマイノリティだというのは違和感が強い。我が国の歴史を顧みれば、それはありふれたものだったのだ。


加えて言えば、私が十代のとき時代は既に新しくなっていた。元から少ない同性愛者への偏見が薄れていただけではない。オタク文化が盛んになり、インターネットが完全に一般化した――それまで日陰者だった存在が表舞台に出てきたのだ。


小説家になろうなど、そんな人たちの巣窟だろう。


女装少年・男の娘・TS・女装子・メスショタ・ふたなり。ETC。


――結局のところ全部ホモでは?

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