ずっと推してたアイドル声優のイケメン声優との熱愛が報道され絶望した俺は、同じくイケメン声優を推してたクラスメイトと傷を舐め合う
『声優界の大物カップル誕生!
人気アニメ『ブチアゲ男爵イモ』のヒロイン、イモ子役として有名な、声優の藤枝瑠観子さんの熱愛が発覚した。
お相手はイケメン声優として人気急上昇中の朝岡冬治さん。
二人はアニメ『ミッドナイトイルカショック』の恋人役で共演したことがキッカケで知り合い……。
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「……なっ」
とある放課後の帰り道。
何気なく開いたスマホの画面に入ってきたネットニュースの記事に、俺の目は釘付けになった。
そ、そんな……るみたんが……。
俺のるみたんが……!!
「あ……うぐ……うぅ……」
スマホの画面が滲む。
手の震えが止まらない。
鉛を飲み込んだみたいに胃が重くて、今にも吐きそうだ。
「う……うぅ……うわああああああああッッッ!!!!!」
スマホを強く握り締めたまま、顔からありとあらゆる液を撒き散らしながら、俺は駆け出した。
「な、何で……。何でなんだよるみたん……」
気が付けば俺は河川敷で独り、歪んだ夕陽を眺めていた。
――るみたんは俺の人生の全てだった。
デビュー作である『角刈り無双』のカクミ役の破天荒な演技で一目惚れならぬ一耳惚れして以来、今日まで全身全霊を賭けてるみたんのことを推してきた。
毎週金曜の夜に放送しているラジオは、リアタイするのはもちろん、アーカイブで毎日授業中もコッソリ聴いてるし、キャラソンCDも毎回百枚以上買ってる。
るみたんCVのキャラがいるソシャゲは例外なく全て、るみたんキャラが出るまで当然の如く課金している。
そんなことだから、バイトを三つ掛け持ちしているにもかかわらず、常に金欠で死と隣り合わせの生活を送っているが、俺は一度として苦に思ったことはない。
――るみたんのことを、心の底から愛していたから。
だというのに、この仕打ちはあんまりじゃないかるみたん……!!
よく本当のファンなら、推しに恋人ができたら祝福してあげるべきだみたいなコメントを目にするが、俺はそうは思わない。
本気で好きな人に彼氏がいることがわかったのに、普通笑顔で祝福なんかできるか?
だとしたらそいつはただのNTR属性持ちの変態だ。
俺には微塵も気持ちが理解できない。
「嗚呼……るみたん……。俺のるみたん……」
明日から俺、何を希望に生きていけばいいんだ……。
……もういっそ、泡になって消えてしまいたい。
「な、何で……。何でなのよとうくん……」
「――!!」
その時だった。
どこからともなく、女性のすすり泣く声が聴こえてきた。
こ、この声は……!?
「……持田さん」
「え? ――く、椚木くん!?!?」
声のしたほうを向くと、そこにいたのは俺と同じく体育座りで夕陽を眺めている、クラスメイトの持田さんだった。
「……そっかぁ、椚木くんはるみたんのこと推してたんだね」
「……うん。持田さんも、その……、朝岡冬治推しだったんだね?」
「…………うん」
俺たちの間に、何とも言えない気まずい空気が流れる。
持田さんはいつも大人しく独りで本を読んでいる子で、俺と同じく陰キャオーラを全開に出していたことからも、オタクではないかと薄々思っていた。
それがまさか、恋敵である朝岡を推している人だったとは……。
何という運命の悪戯だろうか。
「とうくんが『ドン詰まりソケット』のソケタくん役でデビューした時から、あまりのイケボに一瞬で恋に落ちてね……。それ以来とうくんが出演してるアニメの円盤は欠かさず買ってるし、朗読劇も全通してるし、とうくんCVのキャラがいるソシャゲは例外なく全て、とうくんキャラが出るまで課金してきたの……!」
「……!」
持田さん……。
「バイトを三つ掛け持ちしてても常に金欠だけど、一度だって辛いと思ったことはない。――とうくんのことを、心の底から愛していたから」
「持田さん……!」
君も……、俺と同じ……!
「なのに……、こんなのってあんまりだよ……! 明日から私、何を希望に生きていけばいいの……?」
「……」
この瞬間、俺と持田さんの胸が、見えない糸のようなもので繋がった気がした。
「……わかるよ」
「……! 椚木くん……」
俺は持田さんの目を真っ直ぐに見つめながら、言った。
「本当は他人の気持ちを軽々しく『わかる』なんて言うのは嫌いなんだけど、今だけは自信を持って『わかる』って言える。――だって今持田さんが心に受けてる傷は、俺とまったく同じ形をしてるから」
「く、椚木くん……!」
途端、ただでさえ涙で泣き腫らしていた持田さんの顔から、ダムが決壊したかの如く涙と鼻水がブワッと噴き出てきた。
でも俺は、それを微塵も汚いとは思わない。
俺たちは今、間違いなく世界で最も不幸な二人だからだ。
この世の誰よりも、好きなだけ泣く権利を持っているのだ。
「俺でよければここにいるからさ。気が済むまで、好きなだけ泣いたらいいよ」
「う、うん……、ありがとう椚木くん……。私もここにいるから、椚木くんも好きなだけ泣いてね?」
「ああ、ありがとう持田さん」
こうして俺と持田さんは夕陽が沈み切るまで、二人並んで心の澱を出し続けたのだった。
「……はぁ、すっかり暗くなっちゃったね」
「そうだね」
完全に夜の闇が辺りを包み込んだ頃、やっと俺たちの涙は少し収まってきた。
「本当にありがとね椚木くん。椚木くんのお陰で、ちょっとだけ心が軽くなった気がするよ」
「それはお互い様だよ。本当にありがとう、持田さん」
「ふふ、どういたしまして」
「――!」
今日初めて見せた持田さんの柔らかい笑顔に、俺の心臓がドクンと一つ跳ねた。
なっ!? こ、これは!?
「何だかお腹空いてきちゃったなー。ねえ椚木くん、今から二人でカラオケでも行かない? そこで暴飲暴食しながら、全力でアニソン歌って憂さを晴らそうよ!」
「あ、うん。いいねそれ」
「よし、じゃあ、れっつごー」
くぅ!
静まれ俺の心臓……!
俺の心は、るみたんだけのものなんだから……!
……いや、そういえばるみたんはもう朝岡のものなんだった。
ヤバい、また泣きそうになってきた。
「こ~い~の~かけ~ひき~、よんのじが~た~め~」
「おお! マジで上手いね持田さん!」
「えへへ、そうかな」
かなりの歌唱力を必要とする『恋の駆け引き4の字固め』を、原キーで歌い切るとは!
途中のシャウトもバッチリ決まってたし、これは普段から相当歌い込んでないとできないことだぞ。
「でも椚木くんも超歌上手いじゃん! 昭和のアニソンにも詳しいし、凄いよ!」
「いやあ、古いアニメが好きなだけだよ」
それに、俺が古いアニソンばかり歌っているのには理由がある。
――それは古いアニメなら、るみたんが出演していることはないからだ。
言わずもがな、こんな場でるみたん出演アニメの主題歌を歌ったら、俺の心が死ぬ……!
この気持ちは、当然持田さんも同じだろう。
その証拠に、持田さんも一度として、朝岡が出演しているアニメの主題歌は歌っていない。
「はぁ~、お腹もいっぱいになったし、大分心が満たされた気がする」
「うん、俺も」
それもこれも、持田さんのお陰だよ。
あの場で持田さんと出会えてなかったら、今頃俺はどうなってたか……。
考えただけで背筋が凍る。
「あ、曲入ってないよ。次は椚木くんの番だよ。さあさあ、曲入れて入れて!」
「あ、うん」
よし、次は何を歌おうかな。
『みなさんこんにちは、声優の朝岡冬治です。今日は僕からみなさんに、耳寄りな情報をお伝えいたします』
「「――!!!」」
その時だった。
カラオケのデモ画面に、突如として朝岡の顔がドアップで表示された。
なっ!!?
それは俺が今、この世で最も見たくない顔だった。
純粋無垢そうな爽やかな笑顔が、却って鼻につく。
その顔と声で、俺のるみたんのことを誘惑したのか……!
――やはりカラオケに来たのは迂闊だった。
最近メディア露出も多い朝岡なら、こうしてデモ画面に出てきてもおかしくはない。
それを予想できなかったとは、俺としたことが、一生の不覚……!
「あ……あぁ……、とう……くん……」
「……!」
持田さんの瞳から、ボタボタと丸い雫が零れ落ちる。
ついさっきあれだけ吐き出したというのに、まだ持田さんの涙は枯れていなかったらしい。
それも無理ないことだ。
そんなにすぐ心の傷が癒えたら苦労はしない。
仮に画面に出たのがるみたんだったとしたら、俺も持田さんと同じになっていたはずなのだから。
「う……うぐ……、うえぇぇ……、うえええええええええん」
「持田さん……」
持田さんは両手で顔を覆いながら、嗚咽した。
「ご、ごめん……、ごめんね椚木くん……。私……、私……」
「いや、俺なら大丈夫。――好きなだけ泣きなよ」
「っ! く、椚木くん……!?」
「あっ」
やっべ。
無意識のうちに、持田さんの頭をナデナデしてしまった――!
あまりに持田さんが可哀想だったものだから、つい……。
これは流石に超えてはならない一線を超えてしまった――!!
あわわわわ。
持田さんに何て言い訳したら……!
と、とりあえず持田さんから離れなきゃ。
「ふ、ふええええええん、椚木くうううううん!!」
「えっ!???」
――が、持田さんは逆に俺との距離をグイと詰め、俺の胸に顔を埋めてきたのである。
ふおおおおおおおおおおお!?!?
「お願い椚木くん……。少しだけ、少しの間だけ、このままでいさせて」
「……!」
持田さん……。
「うん、わかった。俺なんかの胸でよければ、いくらでも貸すよ」
俺は持田さんの背中を、よしよしと優しく撫でる。
「あ、ありがどう椚木ぐぅぅん。椚木ぐんが辛い時は、私が胸を貸すがらぁぁ」
俺の胸でむせび泣く持田さんは、まるで赤ん坊のように幼く、弱く見えた。
「うん、期待してる」
これがただの傷の舐め合いだってことは、他ならぬ俺たちが誰よりもわかっている。
だがそれが何だっていうんだ?
俺たちは小説に出てくるヒーローみたいに、何でも一人でできる超人じゃない。
こうして誰かの心に寄りかからなきゃ、前に歩くことさえできない弱い存在なんだ。
――多分これからも俺と持田さんは、毎日お互いの傷を舐め合いながら二人で歩くのだろう。
でも俺はそれでいいと思っている。
心が張り裂けそうなくらい苦しいのに、それでも独りで立ち上がらなきゃいけない――そんな地獄に生きるくらいなら、生温い天国で生きる道を、俺たちは選ぶ。
お読みいただきありがとうございました。
普段は本作と同じ世界観の、以下のラブコメを連載しております。
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