第5話
湯浴みでさっぱりした後、用意された客室で濡れた髪を乾かして身だしなみを整えた頃に、玄関先で逢ったネーゲル邸の侍女―――マサが食事の準備が出来たと伝えに来た。マサについて長い廊下を歩いて食堂へと向かう。食堂にはすでにマルセルが席についていた。にこやかに座るようにと促し、長テーブルにすみれ、クリス、オリヴィエと並んで豪華な食事が出された。
「すみません。もっといいものが出せたら良かったのですが、節食を心がけておりまして…せめてお口にあえば幸いです」
「とても美味しいです」
すみれが答えるとマルセルは「よかった」とほほ笑む。節食と言っても前菜から用意されており、すみれたちの普段の食事よりも豪華である。特に野宿が続いていたので、テーブルを囲む食事にありつけたのは王都を出て以来だ。
「節食というと、外の難民テントが関係しておりますか」
オリヴィエはナプキンで口元を軽く拭ってから訊ねる。にこやかだったマルセルの眉間に皺が寄った。
「ええ…先日よりフラーメン村の全住人がこちらに身を寄せておりましてな。住人が一気に増えたこともあって食料の確保が間に合っておらんのです。備蓄を削りながらなんとかやっております」
「フレーメン村の全住人ですか!?いったいどうしてそんなことに」
オリヴィエは驚きを隠さずに告げるとマルセルはグラスの水を一気に煽った。感情が乗った眉間の皺を落ち着かせようとひとつ息をついてから話し始める。
「フラーメン村について、聖女様方にはどこまでお話が通っておりますか」
「強風がやまないと聞いています。でもフラーメン村はシルフの加護があるから風がやまないのは特段変ったことではないと存じますが」とクリスが答える。
「確かに、ただの風ならばそうでしょう。ですがあれは…強風なんて生易しいものじゃない。空は重苦しい灰色の雲が渦巻き、風は下から上へと土を抉る様に吹き荒れて…そう竜巻のように。そんな風が村を飲み込んでしまったのです。村は勿論、村の奥にあるシルフの神殿にも近づくことができません」
「そんな…」
「この町もいずれは同じ目に遭うかもしれません」
マルセルは窓の外に視線をやる。三人は視線を追うように、タッセルで結わえられた重厚な紺色のカーテンの窓の外を見る。高台に建てられた屋敷から見下ろす町は砂煙で見通しが悪い。
「先ほど村人全員と言いましたが、実際は一人は助けることが出来ませんでした。それでも大半の人が助かったのは奇跡です。避難が少しでも遅れていたらもっと多くの犠牲が出ていたでしょう。これもトレヴァー司祭様のおかげです」
「トレヴァー司祭?」
「フラーメン村の司祭です。大精霊シルフの神殿を長年守り抜いた敬虔な方です。とても温厚で、いつも村や住人のことを考えてくださっていました。フレーメン村でなく、私たちの町も。住人の相談事にもよく乗って下さって…住人もそんな彼を信頼し慕っていたのです。無論、私もね」
フレーメン村とヴェニエス町は隣同士だからこそ助け合って生きているとマルセルは言った。フレーメン村に行くには必ずヴェニエス町を通らなくては辿り着くことが出来ない森の中にある。つまり物資もヴェニエス町から入るようになっている。そして野盗の類も同じであった。ヴェニエス町に駐屯する騎士は同時にフレーメン村を守る役目がある。その代わりにフレーメン村はヴェニエス町の祭事を取り仕切っているのである。
「一度シフルの神殿の様子を見に行きたいのですが、案内できる人はいますか」
「おります。ですが…」
クリスが訊ねるとマルセルは即座に肯定したもののすぐに言い淀み首を捻った。腕組までして困ったと大袈裟に示す。
「あの子はどうもなあ…」
「あの子とは」クリスは言い渋るマルセルに続きを求めると、組んでいた腕の力を抜いて両腕をテーブルの上に置き手を組んだ。
「トレヴァー司祭様の跡継ぎの娘で、まだ見習いの修道女がおるんです。フラーメン村の教会で司祭様の傍で勉強させていたのですが、如何せん、あの子は臆病で…司祭様が名指しで後を継がせると常々仰っていたものですから、こうなった今はあの子を頼りにするしかないのに全く話を聞こうとせんのです。神殿は司祭や聖職者の一部にしか知られていないものですから、私では案内一つできない身で…いやはやほとほと困ってしまって…」
「もしよろしければ一度私からお話させてもらうことはできますか」
すみれは自分の胸に手を当てた。渋い顔をしていたマルセルの顔色が戻った。まるですみれからそう言うのを待っていたと言わんばかりである。
「それは願ってもないことです。聖女様の言葉ならあの子も耳を傾けるでしょう。正門に戻っているヒューに案内させてください」
あからさまに安堵したマルセルは皿のデザートの最後の一口を頬張ってから少し冷めた紅茶を飲みほした。




