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若き書道家


「どうしてですか!?」


 大橋の大声が部屋全体に響く。しかし、それを言われた人物には届かなかった。


「西条くんの価値はその若さとカリスマ性だ。広告塔として彼ほど相応しいものはいない。大橋くんもわかるだろう?」


 次の雑誌に載る予定の記事が机に並べられていた。それはどれもこれも藤嶺にも見せた雑誌にも載っていたあの若手書道家、西条の写真だった。日常のルーティン、好きな食べ物、今ハマっているもの、好みの女性のタイプ。そこに書道はほんの1部しか触れられていない。


「西条さんの価値はそんなものじゃ……!!」

「大橋くん。君は……確か藤嶺くんの時もそうやって噛み付いてきたね?それが許されてきたのはひとえに藤嶺くんの存在があったからだ」


 大橋と対峙していた老齢の男性が椅子から立ち上がることもなく大橋を見据える。その目はどこか澱んでいるような気がした。


「ああ……そういえば、今度の藤嶺くんの特設ページを企画したのは君だったね。いやはや2つも企画に口を出すなんて、君はどれだけ偉くなったのだろうね」

「それは……っ」

「なんでも、藤嶺碧のこれまでの作品を集めて個展をしたいんだとか?たかだか書道誌の三流記者風情が大きく出たものだ。藤嶺くんが死ぬ前に稼ぐ気かね?」


 大橋は気づけばその男性の胸ぐらを掴んでいた。


「理想や綺麗事だけで進めると思うなよ小僧。どれだけの想いや実力があってものし上がることは出来ないとまだ分からんか」


 その言葉を投げかけられ、大橋は胸ぐらを掴んでいた手を力なく離した。


「それでも、それでも俺は……」

「少し休むといい。引き継ぎは神原くんに任せよう」


 結局、大橋は何も出来ずただ自分の無力さを思い知らされた。

 部屋を出ると、扉の横に西条が立っていた。

 いきなり扉が開いたことに驚いた声をあげ、大橋を見るとまた目を見開いて驚いた。


「大橋さん」

「……すまない、西条さん」

「いいんです。こういうの慣れてます」


 西条は小さい頃から整った容姿でちやほやされていた。テストで12点をとった時も、かけっこでドベだった時も、料理が出来なくて炭みたいに焦がしてしまった時も全部、顔がいいから許されてきた。


「僕が顔だけじゃないって認めさせてやりますよ!」


 何が出来なくても許されてきた。

 けれど、親に連れていかれた習字塾では違った。書き順が間違えば正され、汚い字を書けば容赦なく朱色に染められた筆が上からその字を覆った。ここでは顔なんて関係なかった。

 必要なのは正しい字。美しい文字。それだけだ。そう思っていた。


「注目が集まれば予算だって増えます。僕の理想的な空間を作るための資金策だと思えばなんてことないです!」


 しかし現実は結局この顔に行き着いた。若さ、カリスマ性、容姿端麗な姿。全て自分が努力して手に入れたものでは無いそれを、西条は自分の野望のために使うのだ。

 歳を取れば失う若さも、嫌いだった自分の顔も全部、西条にとっては書道をするための道具にすぎない。


「それに、雑誌に載ればあの藤嶺碧先生のところまで僕のことが届くかもしれない」

「……藤嶺さん、西条さんのこと知ってますよ」

「え!?」

「俺が雑誌持って行きましたから」

「それはノーカンです!!!」


 前向きな西条のおかげで大橋は少し元気を取り戻した。


「西条さん、藤嶺さんのこと知ってたんですね」

「僕が連れていかれた習字塾で、その時臨時教師をしていたんです」

「なるほど。藤嶺さん、少し顔怖いからびびりませんでしたか?」

「とんでもない!とても、よくしていただいて……。他の先生は結構優しい感じで褒めて伸ばすタイプだったので、確かにそちらが人気のようでしたけど。僕は、ちゃんとどこが悪いのか教えてくれたり、どうしたらいいのか僕にも聞いてくれたりしてくれる藤嶺先生が好きでした」


 もちろん今も好きです!と拳を握り熱く語る西条に大橋は昔の自分を重ねた。


「それから、藤嶺先生の個展にも行きました」

「へぇ。いつのですか」

「僕が小学校5年の時なので……」

「和歌を題材にした時のやつですね!」

「そう!それです!」


 その時の個展を、大橋もよく覚えている。習字塾の生徒や弟子らも共に飾られたあの個展。

 藤嶺の思いつきで、各自が気に入った和歌を自分らしい字で書く。という趣旨だった。もちろん、生徒には藤嶺が手本となる字を書いてあげていた。弟子たちはとても苦労したが良い経験だったし楽しかったと話していた。

 あの時は生徒の家族や書道家以外に、和歌の会という和歌を好んだ人の集まりまで来て大評判になったのだ。和歌の会の人らはまたどうかやってくれと頼み込んでいたのを覚えている。


「あの時、なんでもっと早くに僕は生まれていなかったんだろうと本当に悔しくて」

「……」

「いつか、いつか藤嶺先生の隣に僕の字を飾るんです」

「それは……。応援してます」


 大橋は西条のその目標がおそらく達成出来ないことを知っていた。しかし、そのことを告げることはできない。

 拳を握りしめ、大橋は言葉を飲み込み笑った。


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