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才ある人愛ある人


「……………………」

「……みどり。おおはし、どうかしたの?」

「さぁ……?」


 藤嶺が数ヶ月かけて湖から家の縁側辺りまで引いた近江専用の水路の最終確認をしていた時だった。大橋が突然藤嶺の家に訪問してきたのだ。泣きそうになったり怒っているような表情をしたりと百面相して思うように言葉が出ないのか無言で座り込んだ。

 その様子を水路の調整をしながら藤嶺と近江は見ていた。


「……あああああ!!もう!!」


 突然の大声に近江と藤嶺はびくりとした。近江が驚いた拍子にバシャンと跳ねさせた水が藤嶺の顔にかかる。


「大橋くん、一体どうしたんだ」


 濡れたところをタオルで拭きながら大橋に問う。


「……最近、若い書道家さんが有名になってきているんです」

「良い事じゃないか」

「そりゃ、若い人が活躍出来るのは良い事ですよ。でも、売り出し方が……」

「売り出し方?」


 言おうか迷う素振りを見せる大橋を急かすことなく藤嶺は縁側に腰掛けて待つ。

 大橋は鞄から雑誌を1つ取り出すと、あるページを広げて藤嶺たちに見えるように差し出した。それを藤嶺と近江が覗き込む。


「イケメン若手書道家。あの巨匠も人目置く若き天才。イケメン書道家は字を書く時すらかっこいい」

「……みどりのが格好いいわよ?」


 何度か雑誌に映る青年と藤嶺の顔を見比べた近江は首を傾げた。


「それはそうなんですけど」

「大橋くん、乗らないでいいから」


 近江の言葉を否定するでもなく共感する大橋に話の続きを求める。


「この雑誌見て思いませんか?」

「なにを?」

「……顔写真ばかりだな。なんの雑誌だ?」

「書道の雑誌なんですよ!!!!これは!!!!」


 また突然の大声を出す大橋に、驚く2人。ダンッと音を立てて床に大橋の拳が振り下ろされた。

 いつも見ている書道の雑誌とは随分雰囲気が違うそれは、表紙を見てみればいつもと同じ雑誌名が刻まれている。いつもであれば、書道家の書いた文字たちがずらりと並び顔写真など、隅の方に添えてあるものが数える程しかないような雑誌だ。

 けれど、今回のこれには青年の顔写真や普段の写真、ファッションを見せるようなまるでモデルみたいな写真まで載っている。かろうじて文字を書く姿が1枚。そして肝心のこの青年の文字は小さくおまけのように2枚ほど。

 他の先生方のページはいつも通りで藤嶺はほっとする。


「書道に!!顔は!!関係ない!!」

「そうだそうだー!私のみどりの方が格好いいぞー!」

「あの巨匠って誰だよ!!」

「佐倉先生とかか?あの人若手によく目をかけていただろう」

「……僕は、僕は簡単に天才って言ってほしくないんですよ。その人の努力とか時間とか思いとか、全部を天才なんて言葉で表して……まるで最初から与えられたものみたいに言ってほしくないんですよ……!藤嶺さんの時もそうだった!何も変わってない」

「大橋くん……」


 藤嶺もそれには思うところがあった。

 最年少受賞。天才書道家。かつての藤嶺もそのように言われていた。その度に大橋は今日みたいに怒っていた。まるで自分のことのように。大橋は悲しいのだと思う。

 必死に書いて書いて書いて、そうしてやっと大きな公募展でいい所まで言ったのに、取り上げられるのは若さと顔。その裏にある努力には目もくれないで。

 それに怒る大橋は優しい。藤嶺は何度も言われているうちに慣れてしまって、言われる度に怒る大橋を窘める立場だった。きっと、藤嶺が折れずに書道家として生きていけたのは大橋がそうやって自分の分も気持ちを出してくれたからだ。


「おおはしってみどりのことも、この子のことも大好きなのね」

「……そうですよ!好きですよ!」

「ありがとう」

「……なんですか」

「いや、昔から君がそうやって怒ってくれるから、俺はそういう言葉に傷つけられずにいたんだろうな。きっと、この子も喜ぶよ」


 かつての藤嶺がそうであったように。


「近江さん、藤嶺さんはこうやっていろんな人をたらしてくんですよ」

「そうね、確かにみどりってそういうところあるわ。あんまり他の人には言わないでね」

「言う相手くらい選んでいる」


 近江と大橋はその言葉を聞いて顔を見合わせた。

 それはつまり、他の人には言わないけれど自分たちだから言っている。ということだろう。

 ニヤニヤと笑っていると、やっと家の外まで続く水路に気がついた。


「藤嶺さん、この縄と滑車は?」


 水路の少し上を片手で握れるほどの太さの縄がかかり、その先には滑車がついている。水路と同じく湖へとそれは続いていた。


「近江が泳ぐには深さが足りないからな」


 藤嶺がそういうと近江が少し湖側へ移動する。その際に水の揺れになんだか違和感を覚えた。目を凝らして近江がいる辺りの水の中を除くと、そこには車輪のついた簀子のようなもの。

 縄を手繰り寄せて近江はその台車のようなものでこの水路を移動していた。


「最初は水路が浅すぎてほとんど引きずってたんだ」

「この装置、私も手伝ったのよ!」

「手作り……藤嶺さん本当に器用ですね」

「時間だけはあるからな」

「私も!手伝ったもの!」

「近江さんもすごいですね!」


 少しでも長い時間2人で居られるように。少しでも快適に過ごせるようにと2人で考えた水路だった。


「最近、近江の起きてる時間が少なくなってきた気がするんだ」

「え……」

「鱗も剥がれてきた」

「……そろそろ、なんですかね」

「俺のが先だと思ったんだがなぁ……。長々と生きちまった」


 縁側に腰掛けて水路を行ったり来たりして遊ぶ近江を頬杖をつきながら見ていた。

 こうしていると、2人の死がそこまで来ているなど到底思えなかった。



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