人魚と泡
「人魚は泡になるのか、ですって?」
「ああ、そういう御伽噺があるんだ」
「なんというか、人間って変なことを思いつくのね」
「そう言うってことはならないのか」
「ええ、他の生き物たちと同じだと思うわ」
海の生き物以外の最期を見たことがない近江はそう答えるしかなかった。陸の生き物の最期など今まで見たことも、気にすらしたことがなかったのだから。
藤嶺だって、自分が病気にならなければ死というものを意識することなどなかっただろう。
「人間より寿命が長いのか?」
「多分ね。曾お祖母様は200年生きたらしいわ。サメやクジラも信じられないくらい長生きの個体がいたりするでしょう?それと同じ。弱肉強食の中、生きていければどこまでも。食べられてしまえばそれまでよ」
「死んだあとはどうなるんだ」
「海に還るのよ」
御伽噺のようなキラキラした世界などなく、そこにあるのは残酷なまでの現実。それは例え異世界でも陸でも海でも変わりはなかった。
「ねぇ、そのお話ではなんで人魚は泡になるの?」
「なんだったか……確か恋が叶わなかったんじゃなかったか?」
「ふぅん。随分お優しいのね」
返ってきたのは藤嶺が思っていた感想とは違う、聞きようによっては冷たさを感じるような言葉だった。
「私だったら、私のことを想ってくれない人に鱗ひとつ残したくないもの。泡になって消えてしまえるなら……とてもいいと思うわ」
近江は独特の感性を持っているように藤嶺は感じた。自分では考えつくことはなかったそれは、どうしてかすとんと藤嶺の心の中へ入ってきて少しだけ共感してしまった。
けれども、同じくらい少しだけ寂しくなった。自分が生きたあとに何も残らないのは、それは寂しい。そう思ってしまった。
「人間は死んだらどうなるの?」
「火葬して骨を壺に入れて、また木の箱に入れて白い布で包むんだ。墓に入れるまでその状態だよ」
「色々大変そうね。人魚はね死期が近づくと海底に穴を掘るか岩で囲うかして最期を待つの。死んだら死骸は魚たちに食べられて海へ還りまた巡るのよ」
「人間は土に人魚は海に、か」
「人魚寿命は海にいるかぎり人間より長いわ。海の生命力を分けてもらっているからかしら。でも陸に上がれば長くはないわ。だって半分魚よ?」
――私は一体どうなるのかしらね。
くすくすと楽しそうに笑う近江は、死というものに恐怖などないようだった。そんな近江が遠く見えて思わず近江の手を強く握りしめた。その藤嶺の手に優しく近江の手が覆うように乗せられた。
「ねぇ、みどり。私を泡にしないでね。海にも、還さないで」
約束よ。そう言って近江は微笑んだ。
人魚は恋が叶わないと泡になる。それはただの御伽噺。だから、近江が泡になることはない。なら、この言葉の意味はなんなのか。
「俺も、近江を泡にさせたくない。海にだって、還してやるものか」
違う世界の違う種族。生きるところが違って、持っている価値観は違えど、2人は恋に落ちたのだ。そこには何の隔たりもなく、ただ2人の想いが重なった。ただそれだけのことだった。
どちらが先に逝くのかは分からない。けれどもきっと最期のその時まで2人は共にいるのだろう。
「私、海から1番遠いところで死ぬのね」
「ここは海がない県の山の中だからな」
「ふふ、人魚なのにね。」
「そうだな」
「貴方と一緒にいられるのなら、山でも海でもきっと世界の1部としてでなく、私は私として終わることが出来るわ」
種族の違う2人は子供を産むことは出来ないだろう。
御伽噺のようなキラキラした世界などなく、そこにあるのは残酷なまでの現実。産まれ必死に生きてそして最期は骨になり死んでいく。
しかし、死んでそれで終わりではない。生き物はやがて海に還り土に還り世界を巡る。そして想いは人を巡り、ただそこに残るのだ。私たちの目には見えないだけで、そこに確かに存在している。
それだけで、生きている意味はきっとあるのではないだろうか。生まれた意味などないけれど、どこかで私たちは生まれた意味を探している。たとえ、子孫が残せなくとも私たちが生きたことがきっと生まれた理由だ。私たちは自分を形作る何かを探して生まれたのだ。
近江と藤嶺は最後のピースにお互いを選んだのだ。
決して離れないようにしっかりと繋ぎ止めるように繋いだ手を離しはしないだろう。




