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それはあおく美しい

すいません。載せる順番間違えました


 人魚、近江はついにひらがに次いでカタカナとある程度の簡単な漢字を読めるようになった。

 カタカナを見た時は楽勝よ!と意気揚々とマスターしたが、その後に見せた漢字で魂だけが海に還ったかのような間抜けな顔をした。やっと出た言葉は「にんげん、あたまおかしいわよ……」という情けない声だった。しかしまぁその言葉に同意する人は多いだろう。人間というより日本人が特に変わっているのかもさはれないが。


「ほら!名前書けたわ!」


 渡した水中でも書けるというダイビングなどで使われる水中ノートに何度も練習をし、自分の名前と藤嶺の名前を歪だが書けるまでになった。


「貴方の名前、難しすぎるのよ」

「確かに」


 藤嶺も、幼い頃は自分の名前の複雑さに苦労した。画数が多いのだ。


「碧、こんな字を書くのね」

「今日は漢字辞典とか、国語辞典持ってきた」

「じてん?」

「漢字の書き順とか、読みとか、意味とかが載ってるんだよ」

「面白そう!」


 近江はいつも本を読む時は、髪を束ねて手をしっかりと手ぬぐいで拭く。髪から水が垂れないように、本が水気を含んでしまわないようにとした配慮だ。

 髪留めはなかったので、本のスピンが切れた時のために持ってきていた替えの紐を軽く編んで紙紐替わりにと藤嶺が作ったのだ。


「みどり……み、み、みと……みどり。あった!色んな漢字があるのね。碧、あお色の美しい石。え、青なの?」

「日本人は昔から緑を青って言ったりするからなぁ」

「にほんじん……変な人ばかりなのね……」


 日本語を学んだばかりの外国人もこんなことを思うのだろうか。


「碧山って書いて山の緑を表したり、碧海って書いて海の青を表したり出来る字なんだよ」

「全然違う色なのにね」

「そうだな」

「素敵な字ね。私好きよ」

「……俺も、今は嫌いじゃねぇよ」


 女の子みたいな名前だとからかわれ続けた自分の名前を、近江が呼ぶ度になんだかむず痒い気持ちになった。名前を呼ばれるのが嫌いだったのに、いつの間にか近江の口から出る自分の名前を藤嶺は好きになっていた。


「青い美しい石ねぇ……私の鱗とどっちが綺麗かしら?」

「近江は結構自分に自信があるよな」

「当たり前じゃない!美しいものを美しいと言わなくてどうするの?」

「そういうとこ、嫌いじゃないぜ」

「素直でよろしい!」


 近江と藤嶺は顔を合わせて笑った。

 2人の心が少しずつ近付いているのを感じた。


「みどりの家に行きたいわ」

「いきなりどうした」

「だって、あなたは私の住処を隅々まで見てるじゃない」

「そりゃそんだけ透けてりゃ見えるだろうよ」

「不公平だわ!よってみどりの家に連れていきなさい!」


「……俺に背負えって?」

「湖から頑張って家まで水路を作ってくれても良いのよ?」

「あー……あ。そうだな、3日くらい待てるか?」



 そう言って3日後を迎えた今日、近江の前に用意されたのは改造されたリヤカーだった。


「なにこれ」

「お前を運ぶやつ」


 木枠で囲われ、水を入れても零れないように作られたリヤカーの中に近江が少しでも快適に移動できるようにとクッション代わりの砂と湖の水を入れ、家から湖までの道のりもリヤカーを押した際にガタガタと揺れないようにと整地をした。


「みどりが作ったの?」

「引っ越してきた時に使ったやつを少しいじったってだけだ」

「器用なのね」

「ん」

「なあに?」


 両手を広げる藤嶺に近江は首を傾げた。


「ひとりじゃ入れないだろ」

「跳べばいけるわ」

「いいから」


 ぐっと握りこぶしを作り今すぐにでも助走をつけそうな近江を引き止め、もし触れて火傷でもしないように腰あたりに布を巻くとそのまま抱きかかえリヤカーへと運ぶ。


「意外と重いな」

「筋肉ついてるからかしら」


 むきっと腕を折って筋肉アピールをするが、力こぶなど出来ず藤嶺は鼻で笑った。


「お前の筋肉は足の方だろうが」

「冗談よじょーだん。人魚ジョーク」


 カラカラと車輪が音を立てながら道を進む。水が揺れては落ち地面の色を濃くしていく。

 ゆっくりと歩いたつもりだったが、舗装されていない平ではない道では揺れもそこそこあり、小屋に着く頃には結構な量の水が溢れていた。


「可愛らしい大きさの家ね」

「家っつか小屋だな」

「悪くないわ!」


 入口を横切り、縁側の傍で真っ直ぐになるようにリヤカーを止める。藤嶺は近江が中を見やすいようにと扉を全開にした。あまり物のない部屋がぽつりとあった。


「みどり、あなたもっと何か飾ったら?私のお気に入りの貝殻あげるわよ?」

「いいんだよ。どうせ……いや、なんでもない」


 どうせすぐに要らなくなるのだから。その言葉を藤嶺は飲み込んだ。それを言ってしまえば、きっとこの時間すらも要らないものになってしまう気がして。


「そうだな、本以外にも何か置いてみるか」

「きらきらしたものがいいと思うわ」

「きらきらねぇ……」


 何が楽しいのか殺風景な部屋を見て近江はにこにこと笑っている。それにつられ藤嶺の顔も緩んでいた。


「なんか適当に持ってくるから、近江が選んでくれよ」

「任せて!腕がなるわ!」


 それは生きてきた中で1番穏やかで幸せな時間だった。

 


 それでも、そんな日々を脅かすものは静かに2人に迫っていた。



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