山に人魚
興奮してしまった曾祖父を病室のベッドへと移動させる。
少し落ち着いた様子の曾祖父はあれからの話をしてくれた。
「近江に言われた通り、あの山には少しの間近寄らずにいた」
時間を置いて次に山に入った時、近江はすでに亡くなっていた。気温が高く風通しも良かったから綺麗に白骨化していた。近江は骨になっても藤嶺の骨壷を離していなかった。
どこかで見た光景を静かに聞いていた。
曾祖父、大橋はその近江の骨を藤嶺と同じように壺に入れ木の箱に入れ白い布で包んだ。自分で用意したそれは少し大きさが違うけれど、よく出来ていた。
そして2人には大きい家から場所を変え、藤嶺が近江のために植えた林檎の木の近くに買ってきた木製の祠を於いたてその中に2つを入れた。しかしなんだかその姿がしっくりこず、離れているように思えた大橋は青い色の組紐を買ってきて2つを結んだのだ。
1年に1度、大橋は手を合わせに訪れていた。しかしいつからか山に行っても。何故かあの場所まで辿り着けなくなっていた。それは大橋だけでなく、他の人間もだった。
何故なのかと大橋は叫んで泣いた。
きっと大橋がここに囚われないようにだと、今ならそう思える。でも、あの時は裏切られたように感じたのだ。
拒まれている。そう思った。
小さい子供が大橋に、どうしてこの山は山頂に登れないの?と聞いてきた時、大橋は「人魚が来ないでくれと言っているんだ」と答えた。そしてそれがどうしてか周辺に伝わり、人から人へ広まる時にねじ曲がり山には人魚の社があって人を拒んでいると噂になってしまった。
「俺が、あそこに行けたのは……曾祖父さんと間違われた……?」
「……そうかもしれない」
あの頃の大橋の年齢になる曾孫は大橋によく似ていた。
だからきっとあの場所に呼ばれたのだろう。
「山にいる人魚近江と人間の藤嶺、か」
2人の名前を口にする曾孫に大橋は目をやる。
「嶺って山のことだろ?藤嶺が山で近江が海。なんだかすごいお似合いって感じじゃないか?」
「……たしかに」
曾孫の発想に大橋は笑って納得してしまった。
あの2人はきっと運命だった。
藤嶺の山に人魚が来たこと。人魚の名前に近江と付けたこと。碧と名のつく人と碧い色をした人魚。その2つが惹かれあったこと。
それら全てを集めて2人は運命になったんだ。
「山に人魚、か……」
「なんだかそれ、ことわざみたいだね」
山に人魚。ことわざだったらどんな意味になるのだろうか。
運命は思いがけないところにあるものだ。とか、どうだろう。
曾祖父はその話をした数日後、息を引き取った。
とても安らかな顔をして眠るように亡くなっていた。
それはとても青い空が広がる日のことだった。
あの2人に曾祖父は会えたのだろうか。会えたらいいなと俺は思う。
山に人魚がいるんだから、そのくらいの奇跡あってもいいだろ。
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近江の海 沈く白玉 知らずして 恋ひせしよりは 今こそまされ




