白に包まれて
近江からの連絡を受けた大橋によって藤嶺の葬儀は行われた。
もちろんそれに近江はついては行けない。
近江のいない葬儀は書道関連の参列者が列をなしていた。もちろん大橋や西条も参列していた。
西条はずっと涙を流して座っていた。大橋は赤くなった目元を湿らせては拭いを何度も繰り返していた。
火葬の終わった藤嶺の骨は親族がいないため、大幅と西条を含む書道関係者によって骨壷に収められた。
墓の手配は大橋がすることになっているため、それは大橋に預けられた。
「随分小さくなっちゃいましたね、藤嶺さん」
その言葉に答える声はない。
大橋は助手席に包まれた骨壷を乗せて車を走らせた。目的地はもちろんあの山にある藤嶺の自宅だ。あそこには藤嶺の帰りを待つ者がいる。
ぱしゃん。
水の跳ねる音が聞こえる。
縁側にまで続く水路から、水が跳ねている。そこを目指して大橋は大事に藤嶺を抱えながら歩く。
「近江さん」
「いらっしゃい大橋。……おかえりなさいみどり」
近江の伸ばされた両手に藤嶺を渡す。白く四角いそれを大事そうに抱きしめた。
「おかえり」
縁側に2人腰掛けた。2人の間には小さくなった藤嶺。
懐かしい昔話をした。近江と大橋の共通の話題は藤嶺しかない。まるでそこにまだ藤嶺がいるかのように会話は続いていく。
「……机の引き出しの1番上にみどりの遺書と遺言書があるわ」
会話の途切れた僅かな時間に近江がそう言った。その言葉で大橋は現実に引き戻された。
――ああ、そうだ。藤嶺さんはもう……。
また泣きそうになるのをぐっと堪えながら教えられたところを開ける。遺言書、と書かれた封筒と共にノートがあった。ノートには大橋くんへ、と達筆で流れるような美文字で書かれている。
遺言書を机の上に置き、遺書であるノートをめくる。
そこには恐らく開けられていない遺言書の内容と同じようなことが書かれていた。
この山と自宅を大橋に譲ること。昔住んでいた実家にある作品は全て処分を大橋に任せること。実家を売り払った全ての財産を寄付すること。
そしてノートに挟まれた1枚の紙にはどうか近江をよろしく頼む、と書かれていた。
「ねぇ、いいのよ。私のことは」
「でも、」
「私もすぐにみどりの元へいくわ。ここを譲り受けたのよね、大橋」
「はい」
「……我儘を言ってもいいかしら」
「もちろんです」
「私の最期はみどりと2人にして」
近江の目はとても凪いでいた。大橋が見る中で1番穏やかで優しい目をしているのに、明確にこちらを拒絶しているのが分かった。
「できれば、私が死んだ後もみどりから離さないで」
ぎゅっと腕の中の藤嶺を抱きしめる近江に、大橋は「はい」とだけ返すので精一杯だった。
「大橋、ありがとう。さようなら」
「っ、さようなら近江さん」
大橋は家の中を少しだけ掃除してから遺言書と遺書を持って帰っていった。
藤嶺の使っていた机の隣に座って藤嶺を抱きしめる。藤嶺の使っていた白いシーツを頭から被ると藤嶺の匂いに包まれた。
「本当にこんな姿になるのね」
「壺、木の箱、白い布。沢山貴方を覆ってるわ。でも、そうよね。人間は骨があって、肉があって皮膚があって、服を着るんだもの」
「ねぇ、私知ってるのよ」
「人間がつがい……結婚する時、白い服を着るのよね」
「ねぇ。今、私たち2人とも白い布に覆われてるわ」
「まるで結婚したみたいね」
物言わぬ藤嶺に近江はずっと話しかける。
日が沈んで月が上る。
「ねぇ、今日は満月みたい。とても外が明るいわ」
「きっと、とても綺麗なんでしょうね」
「もしかしたら貴方が照らしてるのかしら、ねぇみどり」
朝日が空に輝く頃、近江は強い眠気に襲われた。それに抗うことなく近江は目を閉じた。
それでも絶対に藤嶺を落とすまいと腕の中に閉じ込めた。
「きれいなあおいそら……。みどり……おやすみなさい」




