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7.賭け






***




「ねぇ、一つ質問があるのだけど」

《なんだい? 魔王様》


 魔王として生きることを選んだ日から幾年か経ったある日、私は隣で空中にフヨフヨと浮かびながら寛ぐ男に問い掛けた。一体どういう原理で浮いているのだろうと不思議に思ったが、次の瞬間にはどうでもよくなり、気にしないことに決めた。


「この世界は、勇者と魔王が存在して成り立っているのよね?」

《ああ、そうだとも》

「だけど、私と彼がそう(・・)なる前までそんな存在がいるなんて話、お伽噺の中くらいしか聞いたことなかったわよ」

《歴史書にはちゃんと記されているぜ? 王国の最重要機密事項だけどな! ……まぁ確かに、先代は百余年前だったからなぁ。知ってる奴は、そうそういなかっただろうさ。いるとしたら死に損ないの(じい)さん(ばあ)さんだけなんじゃねぇか? ヒヒッ》

「長生きしている方々に失礼ね……それで、そんなに間が空いているのに何故、世界は在り続けているの? 二人がいなかったら成り立たないんじゃないの?」

《ヒヒヒッ! そりゃそう思うよなぁ! だが不思議なことに、空白の時間は、二つの存在に代わるモノがあることで成り立つんだよ》

「代わるモノ…?」

《なんだと思う? ヒヒッ》


 逆に問われ、ふむ、と考える。幼い頃、私が人買いに運ばれていた馬車を襲ったのは、恐らく魔物だろう。だけどそれを作り出す魔王の存在は知らされていなかった。国が意図的に隠していたという可能性もあるけれど、私が“魔王”として君臨したらすぐに精鋭を集め出したことと、この男の発言を真とするならばその可能性はないと判断できる。だけど魔物はいた。魔王の配下である魔物を、魔王に代わって作り出すモノ。同時に、魔物の発生率が高くないことから勇者に代わるモノもあったということ。二つの代わるモノ。

 と、そこまで考えてピンときた。


「もしかして、聖剣と魔剣…?」

《ヒヒヒッ》


 どうやら当たったらしい。


「魔剣が魔物を作り出していたっていうの?」

《正確には、魔剣に残された魔王の魔力によって、だな。お前が魔剣を手にして伝わってきたモノがあるだろう? それも魔王の魔力の欠片だ》

「……あぁ、アレね」


 今でも生々しく思い出せる、魔剣に触れた瞬間この頭の中に流れ込んできたモノ。それは恐らく、“魔王の記憶”というやつだ。魔王になる前に死ぬか、魔王として生きて死ぬか、世界に強制的に道を選ばされて死んでいった歴代の魔王たち。彼らの(かたわ)らに在り続けた魔剣に、その記憶が刻み込まれていたとしても納得がいく。魔王の象徴として存在するそれが、魔王不在期間中の化身として当てはまるのも、理解した。

 そして、私の目的でもある仮説に一歩近づいている気がした。


「…もう一つ、いいかしら」

《ヒヒッ、一つと言ったのにまた質問かい。いいぜ、今は気分がめちゃくちゃいい。知りたがりの魔王様、今度はどんなことを聞きたいんだい?》


 私の問いに男が返したのは、きょとんと目を丸くしたあどけない表情だった。





***





 ふ…と意識が上昇する。身体が暖かな何かに包まれているような感覚がする。まるでふわふわの薄いベールが全身を包み込んでいるような。このまま眠ってしまいたいくらい優しいそれが、聖女の浄化の力であると気づくと同時に、眠気は一気に吹っ飛んだ。

 バッ!と身を起こした気がしたが、実際は指先がピクリと動いただけで、鉛でも詰まっているかのように身体は動かなかった。開けた視界には古城の崩れ掛けた天井。仰向けに寝転がっていると解った。覚めたばかりの目を巡らせて今の状況を確認しようとすると、青い瞳と視線がかち合った。私の中の奥深くまで探るように、じっと見つめてくる空色には心配の色が濃く浮き出ていた。

 いつまで経っても変わらない。どれだけ傷つけられても変わらない。優しい優しい彼が、すぐそこにいる。

 このまま見続けていたら吸い込まれてしまいそうな錯覚に襲われ、思わず視線をズラすと今度は聖女の視線とぶつかった。苦虫を潰したような、不承不承といった表情の彼女を見て、私を癒す行為が不本意のものであることが窺い知れる。まあ、当たり前なのだけど。勇者の彼にでも頼まれたのだろう。そして彼女の後ろには彼らの仲間の姿が。私が放った攻撃で受けた傷は既に癒されているのであろう、こちらもまた不機嫌なオーラをビンビンに漂わせている。こちらを睨み付けている二つの視線には気づかないフリをしておこう。

 ところで、戦いの結末はどうなったの?



《やっとお目覚めかい?》


 声のした方へ視線を移すと、そこには石造りの椅子に腰掛けてこちらを見下ろす奴がいた。いつの間に座ったのだろう、憎らしいほど長い足を優雅に組んで、頬杖をついてニヤニヤ笑っている。だけどその赤い瞳には、慈愛の情がくるりと泳いでいる気がした。不思議に思っていると、男はその綺麗な指を一本立ててゆっくりとある一点を指差す。それを辿った先にあるモノを見て、胸の内からグゥッと思いが湧き上がる。胸を抜けて喉を通り、戦慄(わなな)かせた唇から溢れ出す。


「……ふ、ふふふ」


 突如笑い出した私に、ビクリと警戒心を露にする勇者一行。聖女も浄化の力を止め、両手を胸の上でギュッと握り締めて僅かに後退る。ただ一人、勇者である彼は慌てたように私との距離を更に詰めて来た。上体を起こそうとすると、彼が背中を支えて助けてくれる。私はそれに逆らわず、彼に寄り掛かって頭を預ける。まだ身体に力が入らないから、申し訳ないけれどこのままでいさせてもらう。


「…ふふ、私の勝ちね」

「何を言っている? あんたはレオルたちに負けたんだぞ」


 勇者と聖女が力を合わせて繰り出した攻撃に倒れたのだ、と私の呟きに食って掛かるように弓使いが言う。ああ、戦いの結末は勇者側の勝ちってことね。最後の瞬間、瓦礫の間で立ち上がった彼女の姿を見て、なんとなく予想はついていたのだけど。わざわざ教えてくれてありがとう。口に出すことはしないけれど。でも私が言ったのは貴方たちに対してじゃないの。

 (むせ)そうになる喉をなんとか抑えて、その名を呼ぶ。


「アルゼロ」

《……なんだい?》

「!?」

「誰だっ!?」


 バッ!と己が武器を声のした方へと構えて臨戦態勢を取る彼ら。その驚き様に、私は別の意味で驚く。


「お前は…」

《やあ、久し振りだな勇者よ。他の面子(めんつ)はハジメマシテ? 見事な戦いぶりだったぜ、ヒヒッ》


 苦々しく言う勇者とは裏腹に、人の()さそうな笑顔を張り付けて賞賛の言葉を掛ける男──アルゼロは、パチパチと両手を叩いた。なんて軽い、思いの籠もっていない拍手だこと。男の対応に呆れてしまい、思わずジト目を送ってしまう。

 そんなことよりも、気になっていることがあるのだけど。


《そんな目で見るなよ。ちゃあんと説明してやるって》


 そう言って腰を上げ、こちらにゆっくりとした足取りで近づいて来る。そんな男の一挙手一投足に細心の注意を向けて、何か少しでも妙な動きをしたら即攻撃できるように、より警戒を強める一行。敵意を一身に受けているであろうに、アルゼロは全く焦りもせず、むしろ片手をヒラヒラさせながら軽い口調で話す。


《まあまあ、そう構えんなって。俺は別に戦おうなんざ思ってないぜ。この身体じゃ戦おうにも戦えねぇしな。質問には答えてやるよ、ヒヒッ》

「…お前は誰だ」

《名前を聞いているなら、俺の名前はアルゼロだ。さっきも呼ばれてたけどな。存在を聞いているのなら…そうだな、導く者、とでも言っておこうかねぇ》

「魔王の仲間か?」

《仲間っちゃあ仲間かねぇ。ただの話し相手、お互いの暇潰しのための相手ってところかい? ま、お前らの味方じゃねぇことは確かだ》

「いつからそこにいた」


 ピクリと肩が揺れる。そう、私が引っ掛かっていたのはそこだ。彼らが奴の声を聞いた時の驚き具合は、戦闘に集中していて目に入っていなかったという程度ではなかった。むしろ、声を聞いて初めてその存在に気づいたような。今までいなかったところに突然現れたかのような。──だけど、この男は。


《最初から》

「最初から?」

《そう、最初からだ。お前らがここに辿り着いた時から、今の今までずっといたぜ》

「なんだと!?」


 そうなのだ。彼らがこの最後の戦場に着いた時からずっと、あの場所から戦いの行く末を見ていたのだ。戦いに割って入るでもなく、魔王(わたし)に加勢するでもなく。ただの見物者として、傍観者としてそこにいた。退屈そうに、だけど興味深そうに、いつもの気味の悪い笑みを浮かべて。

 人目を惹くほど整った容姿をしているのだから、いれば嫌でも存在に気づくはず。それを全く悟られずにいるなんて、どんな魔法を使ったのか。そもそもそんな魔法なんてあっただろうか。ていうか魔法なんて使えるのだろうか。


《変なことを考えているな? キヒヒ》

「…人の思考を読まないでくれるかしら」

《ヒヒヒッ! これは失礼! でも全部顔に出ているぜ?》

「どうでもいいから、早く説明してくれない?」


 ひと言が本当に余計。イラっとする。最後の戦いが終わって気が抜けていたのは事実だけど、この男に指摘されるとなんかムカつく。そんなムカムカしている私を横目に、アルゼロは話を続け出す。


《俺は最初からいたさ。“始まりの時”から、ずっとな。今までの戦いも、ついさっきの戦いも、ずぅっと見ていたのさ》

「始まりの時…?」

《そう、“勇者”と“魔王”が誕生したあの日だ。二人は憶えているだろう?》


 そんなの、憶えていない訳ないじゃない。忘れられる方がおかしい。あの時感じた絶望感は、忘れたくても忘れられない、心の奥にずっと刻まれている。それは勇者である彼も同じようで、眉間に皺を作りながらも頷いた。そういえば、あの時彼もアルゼロの姿が見えていたはず…。


《俺は魔王の力を元にこの姿を保っている。“勇者”側であるお前らに見えていなかったのは当然。“魔王”としか波長が合わないからな。“あの日”は運命の日だったから、選択する日だったから“勇者”にも見えたんだ。その後は“魔王様”にしか見えていない》


 そう言ってニコリと笑う男は、淡々と続ける。私も知り得なかったことだった。まあ、私が聞こうとしなかっただけなのかもしれないけれど。


《この世界は「勇者」と「魔王」が存在して成り立っている。「勇者」には共に戦う仲間ができ、「魔王」は己の力で魔物を作り出すことができた。世界を救う者と世界を壊す者、この二つの存在は世界の存続に欠かせなかった──はずだった。今まではな》


 そこで、アルゼロは私の方を見た。その綺麗な赤い宝石が細められ、いつもの彼らしくない穏やかな表情をしていた。それを見て私は、彼は忘れていなかったのだと確信した。私の目的が達成可能であるかを確かめるために問い掛けたあの日の契りを、アルゼロは忘れていなかった。

 普段の彼に似つかわしくないほどの優しい表情と、その形のいい唇から発せられる優しい音に、私の心が(くすぐ)られた。

 ──…ああ、やっと。やっとだ。




《──おめでとう、お前の勝ちだ》






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