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6.決められた戦い





 突き出された槍先を、魔力を固めた盾の上を走らせて軌道を変える。目の前に晒された腹部へ刃を振るおうとすると、横から矢が飛んできた。それを剣で払い落とし、ふとした予感に大きく後ろへジャンプして退く。すると先ほどまでいた場所に(いかづち)が落とされた。間一髪、あと数瞬遅かったら確実に当たっていた。

 チラリと魔法の出所へ視線を向ける。そこには、攻撃を躱されたことへの不満げな…いえ、憎悪の表情をした魔法使いがいた。元が良いだけに憎々しげに歪められたそれを見て、一体どちらが魔の者にあたるのかと思ってしまった。私と立場を替わるか聞いてみたい気もするが、即断られるどころか更に怒らせてしまう光景が想像できたので止めておく。弓使いも舌打ちしていたし、槍使いも悔しげな顔をしていたし、本当に憎まれ役は疲れるわ。……まぁそう仕向けたのは他でもない私自身なのだから、自業自得というやつね。

 それにしても、と改めて彼らの姿を眺める。攻撃の力強さやタイミング、正確性、……どれを取ってもさすが王国に選ばれた者たちであると言える。何千何万という数いる実力者たちの中でも、より抜きん出た能力と実力を持っていると言っても過言ではないだろう。これまでの戦いで身に付けたであろう連携プレーも見事なものだ。敵ながら天晴れ。魔王でなければ避けきれない攻撃も幾つかあったし、内心ヒヤリとさせられる部分もある。


 それでも、やはり彼らは只人(ただびと)。王国に選ばれても、“世界”に選ばれた訳ではない。


 王国に選ばれた彼らの後方にいる、世界に選ばれた青年に視線を移動する。一応、聖剣を構えてはいるし攻撃もしてくるけれど、そこには迷いが存在している。苦渋の表情。青い瞳の奥に葛藤が見える。ゆらゆら、ゆらゆらと揺れている。

 あぁ、貴方はどれだけ優しいのか。現実を突き付けても、まだ優しく在れるのか。世界に混乱を招き、人々を酷く傷つけ、人々に恐怖と憎悪の感情を植え付けた根源である者にさえも、その優しさを与えてくれるのか。

 その優しさを捨てなければならないと、もう一度伝えなければ。


 一行が再び攻撃の姿勢に入ったその瞬間、勇者以外の彼らの頭上にノーモーションで魔法発生源を出現させる。ハッと焦った表情の彼ら。防御の体勢に移行するよりも早く、私は魔力を操作して魔法弾の雨を浴びせに掛かった。最初に放ったものと同じ攻撃、だけど今度は威嚇ではなく確実に傷つける目的を持って。


 勇者である彼に、覚悟を決めさせるために。

 その役割を、果たしてもらうために。


「みんな…!」


 身体中に傷を作り地面に倒れ伏し、呻き声を上げる仲間たちに向かって呼び掛ける彼。その姿から、仲間思いの性格がよく分かる。血を流す彼らの痛みを感じ取り、悲痛な表情を浮かべている。

 そう、それでいい。貴方は人間たちの味方でなければならないのだから。敵に情けを掛けてはならない。ましてや、救いたいなどと思ってはならない。だって貴方は、“勇者”なのだから。

 だから、チクリとこの胸を掠め通るものには気づかないフリをした。


「これで、やっと本気になってくれるかしら」

「何を……」

「だって貴方、ちゃんと戦ってくれないじゃない。剣に迷いが生じている。まだ私を救おうなんて思っているの? 甘いわね、反吐が出る」


 運命が回り始めたあの日から、私は魔王の役目を全うした。魔物を操り、人々を襲わせ、大勢の人を死に至らしめた。魔物の襲撃に遭い、荒廃せざるを得なかった土地を幾つも作った。人々へ死に恐怖しながら生きる日々を強要した。“魔王”という存在がどのようなものなのかを、知らしめてきた。それが世界から私に与えられた辿るべき道だったから。

 私が欲しいのは救いじゃない。私の願いは救われることじゃない。私が手に入れたいものは、もうずっと心に決めている。私は目的を(たが)えない。見失わない。


「貴方は勇者で、私は魔王。手を取り合うことは許されない。そう世界に決められたのだから」

「……俺は納得していない」

「納得するも何も、貴方の意思はこの世界にとって取るに足らないもの。尊重されるものではないわ。……あの日から、一体何年経っていると思っているの?」

「あの日の君の選択にも、俺は理解できていない!」

「別に貴方の理解を求めていないわ。解らないままでも構わない。私は、私の目的のために選択しただけなのだから」

「目的……?」

「…知らなくていいことよ」


 さぁ、お喋りはここまで。そろそろ仕上げの段階に進まなければならないから。

 手に握る魔剣に魔力を流し込む。刀身がドクリと脈打ち、鈍い黒光りを放ち出す。全てを覆い尽くさんばかりに広がっていき、大気をも揺るがす。それに呼応するように、大地も徐々に小刻みに揺れ出す。

 魔王の役目。それは破壊と混沌を齎すこと。人々から希望を奪い、絶望へと陥れること。それが私に課せられた運命。私が受け入れた道。

 ──そして、それを防ぐのが勇者(あなた)の役割。


「いくわよ。覚悟はいいかしら?」


 言い切ると同時に大地を蹴る。身体強化の魔法を発動させたから、一瞬で彼との距離を詰めた。問い掛けておきながら答える暇を与えないのは、考える時間を作らせないため。強制的に戦闘へと発展させるための、ただの前置き。

 だから、ほら。思った通り。焦燥の表情で、反射的に聖剣で私の攻撃を防いでいる。

 グッと剣を握る両手に力を込める。ギリギリと刃が押し合い、削り合う音がする。白と黒が交差する向こうで、間近に迫った彼の顔を、その瞳を見た。透き通るような青──そこに己の姿が映っていることを認識し、知らず胸がドクリと跳ねた。

 久方振りに見るその青は、激しい葛藤をぐるりと渦巻かせていたけれど、初めて見た時から変わらない綺麗な空色だった。胸の奥底からブワリと閉じ込めたはずのものが溢れそうになるけれど、青い宝石に映る自分を見て、必死に押し戻す。感情に流されるな、と、自分に言い聞かせる。


「…さすが勇者。やっぱりこれくらいの力では足りないようね」

「なんで、」

「まだ何か言うつもりなの? いい加減にしてくれないかしら」

「だけど…!」

「だけども何もないわよ。その口を閉じて、戦いに専念したらどうなの? みっともないわよ」

「……っ!」


 言葉に詰まる彼。酷く傷ついた表情の彼を見て、一瞬だけ頭の奥がグラリと揺らいだ。だけどそれを悟られる前に素早く立て直し、再び口を開く。


「貴方、本当に勇者の自覚があるのかしら? 力だけが勇者として認められているだけで、心の方は全くその価値がないじゃない。甘いし、弱い。そんな拙い覚悟で勇者になって、ここまで来た訳? 笑わせないで。そんなんじゃこの私に勝てないわよ」


 交わった剣を力で横に振り抜く。体勢を崩した相手に魔法の弾丸を二発撃ち込む。その内の一発が青年の肩を撃ち抜き、小さな赤い花が散った。ぱたた、と地に赤が染みる。彼は痛みに顔を(しか)めるも、その足は膝を折ることなくしっかりと立ち続けている。……そこだけ見れば、ちゃんと“勇者”なのだけど。

 改めてギュッと魔剣を握り直す。私が“魔王”である証。目的を果たすための道導(みちしるべ)。これがあるから、私は前へ進める。戦える。

 グッと力を込めた足を軸に、身体を捻って構えた剣を()ぎる。これは反射的に引き出された聖剣に阻まれる。だけどそこに、斬撃に重さを加える魔法を掛けて相手の身体に食い込ませるように押し出す。僅かに向こう側へ交わりがズレたのを確認し、刀身に電撃を流す。バチバチッと目の前で電気が弾けると、慌てた様子で後方へと飛び退る勇者。それを逃さず、空いた距離を詰めて追撃を繰り出す。金属がぶつかり合う音、刀剣が空を切る音、斬撃で床が割れる音、……様々な音が戦いの空間を飛び交う。

 決して手は緩めない。本気で殺しに掛かる。いくら攻撃を防がれようとも、いくら息が上がろうとも、私は己のするべきことをするだけだ。たとえそれで、彼がどんなに傷を負うことになったとしても。







 ──どれくらい時間が経っただろうか。全身傷だらけ。服は破け、肌には赤い筋が幾つも描かれている。互いに肩で息をし、どちらからともなく剣を構えたまま攻撃を止めた。

 乱れた呼吸音が耳障り。額から頬を伝う汗が(わずら)わしい。腕が重い、足が重い。身体の内側からマグマが湧き出ているかのように熱い。頂点に達した緊張感で頭が割れそうに痛い。それでも、この戦いから、この戦場から逃げ出すことは選ばない。

 これが、世界に決められたシナリオの終わりへと繋がる戦いだから。


「…そろそろ、決着をつけましょう」

「……」

「お互い、限界が近いようだし、次の一手に全力を掛けましょう」

「……」

「…言い訳の言葉がなくなったと思ったら、今度はだんまり?」

「…君は、それで満足か」


 “満足か”。思い掛けない言葉。底知れぬ何かを秘めた青い視線に貫かれる。ギラリと光ったそれが彼の覚悟であると気づき、無意識に口端を上げる。やっとのことで芽生えた勇者としての覚悟。発破を掛け続けて良かったと思った。だから、答えてあげる。


「──ええ、満足よ」


 だって、これで。


「だから、貴方の持てる力全てを注いで、掛かって来なさい」


 終われるのだから。



 一つ深く息を吸って、ゆっくりと吐き出す。この一手に己の持てる全てを込めるために。集中力を高め、相手から視線を逸らさない。視界の真ん中に立つその姿を、じっと見つめる。ふと、記憶の中の面影が甦る。屈託のない笑みを浮かべていたその顔は、今目の前で覚悟を滲ませた険しい表情をしている。戸惑っていた私を導いてくれたその手には、数多の魔物の血を吸った聖剣が握られている。これこそが真の勇者。本来あるべき姿。“魔王”と相対する存在。ようやっと引き出せた、あの日感じた彼の本当の資質。

 ああ、駄目だ。集中しないと。この一手で全てが決まるのだから。

 世界が示した、ラストシーンが。


 チラリと一瞬、視線をズラす。玉座に寄り掛かり、ニヤニヤとムカつく笑みを浮かべる男の姿。ずっとこの戦いを傍観していた奴。うるさいしウザいけれど、あの日から今日この日まで私を“魔王”として導いてくれた人。私の覚悟を促してくれた、男。


 ──忘れていないでしょうね。


 心の中で奴に呼び掛ける。直接声には出していないけれど、私のその声が聞こえたかのように、男はニヤリと笑った。

 魔剣に魔力を集める。魔王の力は、己の魔力の他に世界に溢れる負の感情から得られる。それら全てを掻き集め、一つの大きな矛を作る。切っ先を彼に向けて構え、徐々に徐々に集まってくる力を感じる。私が作り出した負の感情。世界に蔓延らせた、怒りや憎しみといった感情。魔王(わたし)から始まり、魔王(わたし)の元へ戻ってくる。これが、私の全力。

 視線の先では、勇者の彼も私と同じことをしていた。聖剣に集まる、正の感情。私が人々に与えてきたものとは真逆の感情。人々が勇者に期待する気持ち、希望の力。眩しすぎるそれに、思わず口角が上がる。


 私の全てを、貴方に。貴方の全てを、私に。


 右足を後方へ引き、身体の半身を下げる。刀身を顔の横へ、左手を切っ先に添える。弓を引くように相手を狙う。重心を少しずつ前へ移動させ、いつでも駆け出せる準備を。

 キィ…ン、と、耳の奥で小さな音がする。それがこの張り詰めた空気を震わす緊張の音であると、頭の隅で思った。


 さあ、最後の戦いを。

 勇者と魔王のフィナーレを。


 この場を制していた沈黙が、どこからか聞こえてきた「カラン」という音を切っ掛けに破られた。それを合図に、同じタイミングで走り出す。構えた剣を突き出す。少しでも距離を縮めるように、少しでも相手へ届くように。

 ギィィ…ン!と耳を(つんざ)く、金属同士が削り合う音が響く。同時に、勇者の魔力と魔王の魔力がぶつかり合い、白と黒が乱れ狂う。世界が揺れる。それでも止めはしない。


「これで、最後よ」


 グワン!と更に魔力を増量し、握る刃に力を注ぎ続ける。カタカタと刀身が鳴る。ピシピシと衝撃波が肌を叩く。柄を離れそうになる両手に負けじと力を込める。

 魔力と衝撃波で荒れ狂う空間の中で、視界の端に映る者を見て、より一層力を増幅させる。

 あと少し。あと少しで終わりにできる。私の目的が達成される。早く、早く早く。もっと早く──。





 ピシリと、何かが割れる音が響いた。






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