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1.勇者と魔王






 その世界には、「勇者」と「魔王」が存在した。耳を疑うような話だが、事実それは子どもに聞かせる寝物語には言わずもがな、しかし歴史書にその名が残されていることから実在するものとされた。



 勇者は、人々の光であり、希望であり、秩序と平和を司る神の御使いとも呼ばれた。光り輝く白い聖剣を象徴とし、悪を退治する役目を負った、選ばれし者。人を守り、国を守り、そうして崇め奉られる。

 魔王は、人々の闇であり、絶望であり、混沌と戦を司る死神の化身とも呼ばれた。鈍く光る漆黒の魔剣を象徴とし、善を破壊する力を持った、恐れられる者。人を殺し、国を滅ぼし、そうして恐怖で支配する。


 相反する二者。

 しかし、それらは背中合わせであり、どちらか一方のみが現れるということはなく、必ず二者同時に世界に存在する。まるで仕組まれているかのように。


 いつ、誰が、どこで「勇者」になるのか。

 いつ、どこから「魔王」が現れるのか。

 それは誰にも分からない。分かりようがない。


 ただ、その存在が記されているだけ。






†††






 空に浮かぶ月の光が、二つの影を照らし出す。一人は光を受けて金色に輝く髪を(なび)かせ、もう一人はその黒に濃さを増す。神秘的で、神聖な空気を纏わせているかのような光景は、しかしその場所が数々の戦闘の爪痕が残る廃墟の真ん中であることから、激しい攻防の末の場面であることを示している。

 荒い呼吸に肩を上下させながらも、沈黙を作り出す。何も話さず、一歩たりとも動かない。この一場面を見れば、まるである種の芸術作品であるかのように、その光景はとても美しかった。それを見る者は誰もいないけれど。




 どうして、と思っても、諦めるしかない。だって、どうせ納得できる答えは返ってこないから。それなら、最初から疑問に思うことすらしない方がいい。考えるだけ無駄だと悟ったのは、いつだっただろうか。


 どれだけ叫んでも、どれだけ嘆いても、どれだけ騒いでも、起こってしまったことは変えられない。過去に戻ることはできないから。あの日に戻ることはできないから。

 選択したのは自分。覚悟を決めたのも自分。

 その選択に、覚悟に、責任を持たなければならない。

 前に進むしか、道は残されていないのだ。


 たとえその道が、決められていたものであったとしても。





 手の中にある柄をグッと握る。その重さを感じながら、ゆっくりと腕を持ち上げる。いつの間にかこの手に馴染み、数多(あまた)の命を吸ってきた、己の半身。研がれた刃の切っ先が、相手に真っ直ぐ伸びる。視界に入れたその姿は、思わず眉を(ひそ)めてしまうほどに傷だらけで。血を流し、ボロボロになりながらも崩れることなく両の足で立っている。満身創痍…だけどそれは自分にも言えること。

 全力を出した。全力で戦った。全力で相手を傷つけた。──全力を、出すしかなかった。出さなければならなかった。たとえ心の奥底では望んでいなかったとしても、そうするしかなかった。

 赤と青に色づく視線が絡む。細められた瞳が己を射抜く。いつかの日に綺麗だと称したその瞳に映る自分は、目の前の人物と全く同じ表情をしていた。そして、どちらからともなく口を開く。言葉を紡ぐ。この場に相応しい、決められた台詞を。



「これで、最後だ」

「これで、最後よ」



 静かな空間に、静かな声が落ちる。落ちて、弾けて、消えてゆく。拾われることなく、世界に溶けてゆく。

 互いに剣先を突き合わせ、暫時、静止する。この場を制するのは静寂。呼吸する音だけが、空気を震わせることを許された。

 二人だけの空間。二人だけの時間。二人だけの世界。できることならずっとこのままで…と、願ってしまいたい。叶うことはないと、解っていても。

 静寂を破ったのは、ひと撫での風。それが二人の間を吹き抜けるのを合図に、同時に地面を蹴って一気に距離を詰める。ぐんと近づく、相手の体。顔。瞳。その奥の、感情。


 揺らぐな。震えるな。雑念を振り払え。一度決めたこと、自分で考えて出した答え。迷うな。惑うな。


 突き付けた剣先が、相手の剣の側面を滑る。黄色い火花を跳ねさせ、キィ…ンと金属が擦れる音を鳴らす。

 全てが、スローモーションに思えた。一秒一秒がとてもゆっくりで、視界に写るものの細かなところまでが鮮明に見えた。迫り来る刃の切っ先と、一瞬たりとも外されない強く綺麗な瞳。

 これが、さいごの記憶になるのだと、そう直感した。


 白と黒が重なり、そして。




 両手で得物を固く握り締め、合わさった視線を外すことなく──哀しげに微笑みを浮かべて。

 決められた台詞を吐いた唇を震わせて、紡がれようとした囁きは、音となる前に霧散し。




 世界が、光に包まれた。






†††






 星々の優しい明かりも包み込むような月の光も届かない、深い森の中。草木を掻き分けて進んだ先に(そび)え立つ古い城。石造りの城門には亀裂が入り、上部が欠け崩れている。両開きの扉は壊れ、片側の蝶番が外れており、誰でも侵入できてしまうその隙間を潜り抜けると、すぐに正面玄関が見える。その玄関口も、開け放たれていた。城壁は蔦で埋め尽くされ、ガラスが割れた窓を隠している。

 明かりが一つも点いていないその建物は、周りを鬱蒼(うっそう)とした暗い森に囲まれているのも相俟って、不気味な雰囲気を(かも)し出していた。まるで、幽霊でも出そうな、そんな雰囲気。誰も近づきたがらないような、そんな雰囲気が漂っていた。


 しかし──。





 目の前に立ちはだかる敵を、手に握る剣で真一文字に斬り捨てる。青黒い液体を吹き出し、立つことのできなくなったその巨大な躰が地面に倒れるのを最後まで見ることなく、次の敵へと剣を振るう。数えることもままならないほど多くの敵を倒しても尚、その手に納まる大剣は神々(こうごう)しく輝く。

 斬っても斬っても、敵は次から次へと湧いて出る。黒に侵食された体躯を持ち、牙を剥き出し、爪を立てて襲い掛かってくるそれらを、歯を食い縛って倒す。流れる汗を気に留めず、ただ殺すことだけを考えて腕を振り抜く。斬って、防いで、突き刺して。本能に従って叫び突撃してくる、人間の敵である魔物と呼ばれるそれらを全滅させる。殺して、殺して、殺して、物言わぬ物体となるまで殺し尽くす。その身に魔物の血を浴びようとも、辺り一帯を青黒い海に変えようとも。手を休めることはない。

 自分と、仲間の命を守るためならば。目の前の命を、刈り取り続ける。


 その手を汚しながらも必死に剣を握る姿が、眩しかった。綺麗だと思った。

 だから、そっと瞼を閉じた。見ているのが辛かったから。



《ヒヒヒ、もったいねぇなぁ。見ねぇのか?》



 耳元で笑う声がする。だけど私は答えない。それでも声の主はケラケラと笑うのを止めない。何が可笑しいのか分からない。


《あーあ、全滅だぁ。ヒヒッ、全部やられちまったぜ》


 その言葉に再び目を開ける。少し離れた正面に浮かぶ、魔法で編み出した映像に視線を向けると、ピクリとも動かない魔物の死骸が地面を覆い尽くしていた。その中央に立つのは、独りの青年。輝かしい金色の髪を少しだけ乱れさせ、衣服には魔物の青黒い血の跡が付いている。

 肩で息をしながら、顎下から滴り落ちる汗をやっと拭いながら、仕留めきれていない魔物はいないか辺りを見回して確認する。ふい、とこちらに向けられたその顔を見て、胸の奥がザワリと波打った。あちらからはこちらのことは見えないと解っているのに。


《強いなぁ、さすが“勇者様”ってところかい? ヒヒヒッ》

「そうね」


 ひと言だけ返す。そうしたら口を開けて笑った。沈黙しても返事をしても笑うなんて、やっぱり分からない。

 緩い動作で足を組み、頬杖をつく。映像の中では青年に駆け寄る彼の仲間の姿が映った。互いの無事を確かめ合っているのか、音声はこちらに届かないから何を話しているのかを知ることはできない。大柄な男が青年の肩を軽く叩き、それに応えるように青年は柔らかく笑った。思わず小さく息を飲んでしまったが、すぐに平静を装う。隣にいる、常時笑っている奴に、動揺したことを悟られたくない。だけど、きっとバレている。


《仲良しだねぇ、仲間の絆ってやつを確かめ合ってるのかねぇ。……ヒヒヒ、どうした、(うらや)ましいのかい? ん?》

「別に。羨ましくなんかないわよ」

《ヒヒヒッ、そうかい》


 カラカラと耳障(みみざわ)りな笑い声を響かせる奴に、舌打ちしたくなる。黙って微笑んでいれば、大勢の女が惚れるだろうというくらい整った容姿をしているのに。その口調が残念でならないとつくづく思う。

 (にら)み付けるように奴に視線を送れば、その赤い瞳を細めてにんまりと(わら)う。不気味な笑みとは対照的に、黒髪の間から覗くキラリと光る赤は、憎らしいほど綺麗だと思う。同じ色の瞳でも、きっと私は彼とは真逆で濁っているのだろう。……瞳は、その人の心を映すと誰かが言っていた気がする。


《何を考えている?》

「うるさい、何も考えていないわ」


 いっそ純粋と言ってしまえるのではと勘違いを起こしそうな赤眼(あかめ)には、“愉快”の二文字が(にじ)んで見える。それが無性に(いら)ついて、感情のままに言葉がきつくなる。どんな口調で返しても笑うのだから、悪いと思うことはないのだけど。

 ふぅ、と一旦心を落ち着かせるために、ひと息吐く。この男と話すと疲れるのはいつものこと。気が滅入りそうになるけれど、これもそこそこの時間を共に過ごしているから、切り替えの仕方も覚えた。話題転換も、その一つ。


「…そろそろ、やって来るかしら」

《来るんじゃないか? あれで魔物は最後だろう? あとは最後の場所に到着するだけだからなぁ、ヒヒヒッ》

「…そうね」


 視線を映像に戻せば、走り出す彼らの姿があった。最終目的地まで、あと少し。

 無意識に息を吐いた。片手を振って映像を消す。もう彼らが魔物と戦うことはないから、様子を見る必要はない。ここ(・・)に来るのを待つだけ。

 椅子に深く腰掛け直し、遠くにある扉を見遣る。今は錆びれて見えないけれど、厳かな装飾に縁取られた高さのある両開きの扉。私は、あそこが開かれる瞬間を待てばいい。青年と、その仲間たちがあの扉を破って、“私”の前に現れるのを。



《待ち遠しいねぇ……魔王様(・・・)?》



 それが、「勇者」と「魔王」の“運命”なのだから。




 ───もうすぐ、来る。




「来たぞ! 魔王!」


 バンッ!と扉が壊れてしまいそうな音を立てて開かれ、そこから入って来る者たち。その装いは、戦闘によりところどころ破れていたり、魔物の血を浴びて黒ずんでいたり。厳しい戦いを制してきた証を、文字通り身に付けてやって来た。

 これまで数々の魔物を葬り去り、たくさんの町や村、人々を救ってきた。希望を与えてきた。魔王を倒すために集められた、王国の精鋭たち。各々(おのおの)武器を携えて、殺気を私に向けて放ちながら走って来る彼らこそが──勇者一行。





 魔王(わたし)の、運命の相手。





 ……さぁ、役者は揃った。






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