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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

セーブ&ロードのできる宿屋さん

女王陛下は激しいのがお好き(セーブ&ロードのできる宿屋さんスピンオフ)

作者: 稲荷竜

 最近の王都では、女王陛下に殺害予告を出すブームが起きている。


「……」


 これがあきれるぐらいのハイペースで、今日も女王から「こんなのもらったわあ」と楽しげに手渡された殺害予告を見て、近衛騎士トゥーラは苦笑するしかなかった。


 ルクレチア女王陛下は、悪政を布く暴君ではない。


 民からの人気はむしろ高い方で、その不可思議な求心力は初代女王イーリィの生まれ変わりとさえ言われているほどだった。


 まず、見た目が美しい。


 桃色のたっぷりした髪に、桃色のとろんと垂れた瞳。

 もちろん公務で人前に出る時は服を着ている(普段も別に全裸ではないが、部屋着の露出度はかなり高い)のだけれど、それでも隠し切れない見事なプロポーションは同性の身でも惑わされそうになるほどだ。


 声にも話し方にも独特のテンポがあって、それはどことなく聞く者をのほほんとした穏やかな気分にさせる。


 そして脈々と続く王国に積み上がった悪しき風習を次々と打破し、民本意の政策を布いていることからも人気が高い。


 その政治活動の一環、というか、集大成、というか――

 今、この女王がやろうとしているのは、王政の撤廃だった。


 どうにも彼女の頭の中には、王や貴族を撤廃した先の国家があるらしく、そのための活動をしているのだった。

 なもので、一部の貴族の強烈な反感をかっている。


 最近このへんの話がどんどん進んでいっているので、『反ルクレチア派』とされる貴族たちから脅迫の手紙が送られたりすることも増えたし、そのおかげで近衛騎士も大忙しだ。


 とはいえ――武力でこの女王を滅ぼそうという試みは、絶対に成功しないだろう。


 近衛騎士は異常に強い。


 その強さは噂ではとどろきつつも、別に人前でダンジョンマスターを倒したりはしないので、あくまでも『通常の兵よりちょっと強い』程度の認識をされているようだった。

 わりと無謀な暗殺者が無謀に突っ込んでくるぐらいの評価でとどまっている。

 つまるところよっぽど女王を殺したい人を抑止するほどの武名はないのだけれど、よっぽど女王を殺したがる人の放つ刺客ぐらいなら片手間で鎮圧できるぐらいの強さはあり、実際に安泰なのだった。


 そして最近では、この強さをだんだんわかってきた『反ルクレチア派』の貴族が近衛騎士の抱き込みをはかっていたりもするのだが……


 近衛騎士が女王を裏切ることは絶対にない。


 それは高い忠誠心ゆえだ。


 ……と、断言できたらトゥーラとしては格好いいなあと思う。


 もちろん忠誠心の高さは疑うべくもない。

 近衛騎士というのは狭き門をくぐってここにいるのだから、そこにはなみなみならぬ思いがある。


 でも、実際には。

 みんな、思っている。


『もしも女王を裏切ってしまえば、あの人(・・・)が敵にまわる』


 アレクサンダーという初代大王と同じ名を持つ場末の宿屋店主がこの王都にはいて、その人は女王陛下より格別の信頼を受けて近衛騎士の最終選考みたいなことをやっている。


 その研修のおかげで近衛騎士はちょっと尋常じゃなく強いわけなのだが、アレクサンダー――通称『豆のお方』とか『アレクさん』とか『極めて人類に友好的な、人の姿をした人ではない生き物』とか呼ばれる人は、修行を乗り越えた近衛騎士より数段強い。


 ただ強いだけならいいのだが、彼には『セーブポイント設置能力』という異能さえあって、その効果は、うん、まあ、なんていうか……


『死んでも、蘇る』


 これに尽きる。

 よりトゥーラの心情的にふさわしい表現を探すなら……


『死なせてくれない』


 などになるだろうか。

 多くの近衛騎士が似たような感想を持っており、あの人と完全に敵対してしまうと()()()()()()()()()()()()()だろうなあとみんなが想像してしまって、とてもじゃないが、恐ろしくて、女王を裏切ることなどできない。


 本気で敵対してしまったあの人を止めるには同じぐらいの実力者である奥様を味方につける以外にないのだけれど、あの夫妻の関係性を見るにそれも不可能そうなのだった。

 結果として、近衛騎士は『あんな化け物を敵に回せない』と思い、ますます女王陛下への忠誠心を高めていくという、正とも負とも言えない忠誠心のループに囚われるのだった。


 最近見慣れてしまった感もあるテンプレートな文章の殺害予告をいちおう最後までしっかり読んでから、トゥーラはふと気になったことをルクレチア女王陛下にうかがってみることにした。


「そういえば陛下、アレク教官をずいぶんと信頼されていらっしゃるようでありますが、いったい、お二人のあいだにはなにがあったのでありましょう?」


 プライベートルームのルクレチアは外での清楚で威厳ある振る舞いが嘘のようにだらけている。


 ドレスを脱ぎ捨てほぼ下着のような姿になると、ベッドに寝転がって果物などを食べていることが多い。


 いい香りの煙が薄くたちこめる部屋で、天蓋付きのふかふかベッドに寝転がる女王陛下にはトゥーラでも時々『やばい』と思う色香があるのだが、最近はそのしどけないお姿も見慣れてしまった感があった。


 トゥーラはルクレチアにみょうに気に入られてしまって、こうしてたった一人でお部屋の中での警護をつとめる回数も多い。

 また、女王のはちゃめちゃな言動についついツッコミをしてしまっても許されてしまうので、最近では陛下に対する発言に気安さがにじんでしまっていて、まずいなあと思っている。


 というか最初に女王陛下殺害の予告があったと知った時にはすさまじい衝撃だったのに、今ではもう市場のチラシぐらいの感覚で受け止めており、トゥーラは諸行無常を感じていた。


「あたくしの勇者様――」女王が聞く者の安堵を誘う声音を発する。「――彼と、あたくしの、馴れ初めを聞きたいのかしらあ?」


「馴れ初め……いえ、その、女王陛下がかつて誘拐された時、それを救ったのが教官殿だという話は、それとなくうかがったのでありますが……ただそれだけにしては、どうにも、深く信頼されていらっしゃるようなので、つい……」


「『ただそれだけ』、ねぇ? 当時から女王だったあたくしが誘拐されるのも、それをただの一般市民だったはずのアレクが救うのも、ずいぶん、とんでもない話じゃなくてぇ?」


「……そうでありますな」


 アレクとかかわってからというもの、色々な感覚が麻痺している気配がある。

 もう、なにがすごくて、なにがすごくないのか、よくわからなくなってきているかもしれない。


 ルクレチアは蠱惑的に笑い、


「ま、いいけどぉ? ……たしかに、ねぇ。助けてもらっただけ、じゃあ、簡単には信用できないわよねぇ。『いい警官と悪い警官』だったかしらぁ? 『劇場型』? の詐欺? そういう手口かもしれないって、アレク本人から言われたしぃ?」


「そういう自分が不利になるようなこと、言いそうでありますな……」


「それにぃ? あたくしってば、昔は、人を信じてなかったのよねぇ。そばに人をつけるとか、安心できなかったのよねぇ」


「え」


 トゥーラは『このほぼ全裸で自分と会話してる人が?』という目をルクレチアに向けた。

 ルクレチアは笑顔を浮かべたまま、胸を強調するように腕で上げた。なんでだ。


「だって、ねぇ? 人は裏切るじゃなあい? お父様だって、そうだったものねぇ」


「そうだったんでありますか⁉︎」


「あらあ、これ、国家機密かしらあ」


「あの、自分に『人に言えない話』をどんどん聞かせていくの、やめてくださいませんか⁉︎」


「あらあら」


「反応軽いように思われるのでありますが! あの、王族しか知らない国家機密を知ったら、お家取り潰しのうえに打ち首までありうるのでは⁉︎」


「ともかく、ねぇ? あたくしは、一人でなんでもしようと思ってたからあ? さらわれたなら、さらわれないようにしようと思ったのねぇ」


 トゥーラは必死に訴えたことほどスルーされる傾向があった。

 そのたびに一人でストレスをためこむので、齢十四にしてちょっと老けてきた気がしている。


「それでねぇ。トゥーラ、聞いているかしらあ?」


「……はい。聞いているでありますよ」


「あらあ、そう? だからねぇ、あたくし、アレクを王宮に招いて、剣術指南のまねごとをさせてみたことあるのよぉ」


「信用していない相手に剣術指南の依頼を?」


「だから王宮に招いて、人目のあるところでやらせてみたのよねぇ。あと、そうねぇ。アレクってば、ちょっとクセのある性格でしょう?」


「自分としては『クセ以外がちょっとある性格』という認識であります」


「だからねえ、あたくしも……ふふ。当時は幼かったのねえ。王宮にいた腕に覚えがある人たちを、全員、アレクにけしかけちゃったのよねぇ」


「とんでもねぇでありますな」


「全員負けちゃったのよねえ」


「それは知ってたのであります」


「ふふ。だからねぇ、もう、あんなのがあたくしを誘拐に来たら、どうしようもないでしょう? それで、覚悟を決めて、強さの秘訣を聞こうっていうことで、二人きりになって、それでね」


 ルクレチアは懐かしげに目を細めている。


 それは幼い日の初恋を思い出すかのような、横で見ているものになんとも不思議な切なさを呼び起こす表情であった。

 トゥーラは『まつ毛長いなあ。自分の眉毛がもうちょっとまつ毛の方に行ってくれればなあ』と思いつつルクレチアの言葉を待つ。


 ルクレチアは大きな胸に手をおいて、ふるりと震えてから、熱い吐息とともに、こう述べた。


「……殺されちゃった」


「国家反逆罪では⁉︎」


「違うわよぉ。『セーブ』のあれよお?」


「いやっ! いやいやいや⁉︎ それでも、あの、あなた女王! というか教官殿、女王陛下相手にもあの感じで⁉︎」


「たぶん、当時のアレクは、あなたの知っているアレクとは、ちょっと違うわよお」


「行動のはちゃめちゃさは変わっていないように思われるのではありますが」


「あたくしを殺す時、申し訳なさそうだったもの」


「ああ、まだ人だ」


「……謝られながら殺されるのって……すごく……あたくし、初めてで」


「そりゃあそうでしょうとも!」


 トゥーラがこうやって身を乗り出して発言すると、女王陛下はことのほか嬉しげな表情になる。

 その表情のまま、さとすように、ルクレチアは続ける。


「アレクはねえ、ちゃんと、わかってる人よ。少なくとも、当時はねえ」


「わかっている、とは?」


「それはもちろん、あたくしを殺す意味――あたくしの権力。あたくしの一存と発言で、自分がどれほどまずい立場に立たされるのか。そして、その立場に立たされる意味も」


「……しかし、あの教官殿でありますからな。国家が敵に回っても『別に』という感じなのでは?」


「アレクだけなら、そうでしょうねえ。けれど、アレクには、色々、お世話している人たちがいたみたいだからねえ。昔所属していたクランの生き残り……家族同然の人たち」


「そんな人たちがいてなお、女王陛下を(しい)するという蛮行を?」


「彼はね、強くなりたがる人を放っておけないんですって」


「……」


「強さがあれば救えるものが増えるって知っているから」


「……いや、それでも殺すのはどうかと思うのでありますが」


 一瞬流されかけて危なかった。


 ルクレチアはいい思い出でも振り返るように遠くを見つめている。


「素敵じゃない?」


「えーっと……」


「抱えるものがあって、あたくしの機嫌を損ねることを危惧して、国家を敵に回す意味をわかっていて、それでも、強くなりたがるあたくしに、その場しのぎの嘘ではなくって、機嫌を損ねるかもしれない本気で対応するだなんて」


「……まあ、うーん。そういう見方もなくはない……?」


「あらあ、あなただって、アレクのそういうところに助けられたんじゃなくって?」


「……もちろん、そのことについては感謝しているであります。けれど、自分は近衛騎士として、どのような事情があろうとも、のちほど生き返ろうとも、陛下を害した事実に対して好意的に解釈するわけにはいかないのであります」


「真面目ねえ、あなた。……そういえば、オルブライトの新当主と仲がよかったかしらあ?」


「ああ、ロレッタさんでありますか。はい」


「貫禄があるわよねぇ」


「……まあ、その、はい」


「そういうわけでねえ。あたくし、アレクの真摯さにすっかり胸を打たれてしまったということなのよお」


「今のロレッタさんの話題はなんだったのでありますか?」


「思いつきだけどお?」


 部屋着(下着)で過ごしている時の愛すべき女王陛下は、こうやって頭に浮かんだことをつるっと口から滑らせることがある。

 発言すべてに真摯に対応していては身がもたないのはわかっているのだが、トゥーラは性分的にすべて拾ってしまうので、毎日疲れている。


 ともあれアレクとルクレチア女王の奇妙な信頼関係のとっかかりぐらいは聞けたようだった。

 もちろん、他にももっとあるのだろうし、あるいはこの話は事実ではあるけれど真実ではない可能性だってある――

 ルクレチアはこれで、本気でまずい国家機密はもらさないだけの分別があるのだ。

 そしてあのアレク教官が『本気でまずい国家機密』にかかわっていても大して不思議はない。


 トゥーラにできるのは、敬愛すべき女王陛下のお言葉を真摯に受け止め、本気で検討し、信じ抜くことだけである。


 その上で、一つの大きな疑問がわいた。


「そういえば女王陛下も、あの修行を受けておいでなのでありますよね? 自分よりも前に……」


「そうねえ」


「ということは、実のところかなりの実力者だったり?」


 トゥーラの問いかけに、ルクレチアは一瞬だけおどろいたような顔になり――


 それから、微笑んだ。


 明確な答えはない。

 近衛騎士トゥーラはだから、それ以上この会話が続くことはないのだと理解して、職務に戻った。

 とりあえず殺害予告を他の近衛騎士と共有して対策を練らなければならない。

 国が変わる時期に女王の警護をするのは大変だし、夢が叶ったあとの現実はトゥーラをすり減らすけれど、これはこれで、楽しいところもある、やりがいのある仕事なのだった。

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