6話 王宮グローツ
「あの子たち、明らかに様子がおかしかった。まるで何かに操られているような感じだったわ」
獣の影があった辺りに視線を漂わせながら、神妙な面持ちでイサラが呟く。
「やはり。私も彼らの精神を辿ってみたが気配が途中で途切れてしまって手掛かりが掴めなかった。精霊力の均衡が崩れた影響なのか、何者かに操られているのか。はっきりとしたことは分からないが、この雨とは無関係では無いということは間違いないようだね。」
エーシャもまた神妙な面持ちで答える。
グロウハンドの襲撃を未遂で終わらせ、二人はグロッシュの王都ソナイへと向かうことにした。
ホウの街を出たのが夕飯時だったので、王都までは皆が寝静まる前には着く。
先程のグロウハウンドの一件を報告しておいた方がいいというのが、一致した二人の見解だった。
「で、お姫様がお供も連れずにお出掛けとは何か事情がおありなのかな?」
「別に特別の事情なんて無いわ。私がみんなのことをちゃんと知りたいし、私のことも知ってもらいたいだけよ。」
エーシャの問いに、さもありなん、といった様子でイサラは答える。しかし、そう答えるイサラの横顔にエーシャは言外に込められた王族としての彼女の覚悟を見たような気がした。
〜王都ソナイ・王宮グローツ〜
ホウの街から王都ソナイまで、何事もなく辿り着くと、王宮グローツの一室でグロッシュ王ガネスを筆頭にしたこの国の重鎮たちに先程のグロウハウンドの襲撃を報告の場が用意された。
「ようこそ、灼熱のグロッシュ王国へ。国王ガネス一同、心より歓迎する。《幻の吟遊詩人・大賢者 エーシャ》殿が、直々に調査に訪れているとは、存ぜぬとはいえお迎えにあがりもせずに失礼した。」
落ち着きと力強さを宿した太く良く響くその声の主は、丁寧に切り揃えられた見事な口髭と豊かな顎髭を蓄えた筋骨隆々とした骨太のおおきな体躯をゆったりとした動作で折りたたみ、深々と一礼した。
黒く大きな瞳がイサラによく似ている。
「ガネス王、こちらこそ、お会いできて光栄です。単身での調査故、人目を憚りながらの旅でしたので事前にお伝えすることなく参上した非礼お詫び致します。」
深々と頭を垂れるガネス王に、エーシャは手を差し出し、互いの手を固く握りあった。
「うむ。やはり『南の遺跡群』か・・・。」
それまで黙って事の顛末とこの雨に対するエーシャの見解を聞いたガネスは、視線を宙に投げ、しばし思案した後、静かに口を開いた。
「えぇ。まだ、断定はできませんが、気配を追って諸国を訪ねる内にこの地方に辿り着きました。無論、双零王とその側近にしかこのことは伝えていません。双零が動くとなると、嫌でも大陸中の諸国の目に付きます。それ故、内密に調査を進めるようにと私が赴きました。単身であれば、私自身の素性が知られることはまず有り得ませんので。」
「確かに。そういう事情であれば、そなた程の適任者はいまい。」
《大賢者》と《幻の吟遊詩人》どちらもエーシャが持つ二つ名であり、どちらも大陸中に知られてはいるが、それが同一人物だと知っている者はほぼ皆無だ。
それこそ、各国の王や或いはその側近でさえ知らないものも少なくはない。
《双零王》の盟友ともいわれ、あらゆる魔法に精通し、自身の声や姿、相手の記憶さえも自由に操れるといわれる《大賢者 エーシャ》。強烈な印象を残しながらも、名乗る必要もなく実態を知られることがほぼない《幻の吟遊詩人》。エーシャだからこそできる離れ業である。ガネス王をはじめ、その場に居合わせる全ての者が同意を示す。
「私も連れて行って!!」
バンッ!!と卓を強く打ちながら身を乗り出して、イサラが好奇心に輝く瞳でエーシャとガネスを交互に見つめる。
「これは心強い。しかし・・・。」
エーシャがちらりとガネスを見やる。
「現状では『南の遺跡群』の探索は我らだけでは手に負えぬ。各国の協力を仰ごうにも説得材料が無さすぎる。エーシャ殿が協力してくれるのであれば、娘に手伝わせることやぶさかではありませぬ。」
こうして、ガネスの了承を得た二人は翌朝旅立つことになった。