3話 雨の街道
1年ぶりの更新。。。
果たして完結するのだろうか。。。
「やっぱり、ここを通ると思ったわ」
突然、声を掛けられ、黒色の頭巾の下で僅かに、眉を顰める。
「突然居なくなっちゃうんだもの。吃驚しちゃったわ。」
とても驚いているようには思えない程、のんびりとした調子で話しかけてくる。こちらの様子などお構い無しだ。
「あなた、あの『吟遊詩人エーシャ』よね?」
面白がるように頭巾の奥を覗き込みながら尋ねてくる。正確には、正体は割れているが念押しの確認ために訊いているといった様子だ。
「そういう貴女は、南の族長の娘、ですよね?」
「沈黙は肯定。ね?それなら私のことも隠してもしょうがないわね。ご想像通り。私は『火の王・ガネス』の娘、イサラ」
よろしく。とそれが当たり前のように手を差し出してくる。浅黒く日焼けしたその肌は理細かく、それでいて力強さを感じさせる。南方の女性らしい手だ。
(少し早い気もしますが……)
「吟遊詩人エーシャ。放浪しながら見聞を広げ、伝えております」
内心を気取られぬよう、差し出された手を軽く握り返し、こちらも名乗る。
「良かったぁ!もし人違いだったらどうしようかと、ドキドキしながら鎌を掛けてみた甲斐があったわ!」
子供のように無邪気にはしゃぐその姿は、先刻、酒場の舞台で唄った時とはまるで別人のようだ。どうやら噂通りの人物らしい。
『焔の戦姫』その二つ名がまるで似つかわしくない。
「あなたも『遺跡』の調査に行くのかしら?」
先程の無邪気さからは想像もつかないほどの熱く真摯な眼差しが、頭巾から僅かに除くエーシャの瞳を真っ直ぐに捉える。護るべきもののためには、自らを省みないという揺るぎない意思と覚悟を奥底に秘めたその瞳は、向かい合う相手の魂そのものを見定めようとするかのような温かくも透き通るような冷たさという相反する輝きを同時に放っていた。
······。
荒野の風が、吹き荒れる大粒の雨が、世界の全てが動くことを忘れてしまったかのように、一瞬にして空気が張り詰める。
イサラの左手が、同じく左の太ももに巻かれた巻き飾りに触れる。瞬間、その輝きが極僅かだか増したようにも見えた。
······。
······。
「えぇ···。貴女同様に。」
長い沈黙の後、頭巾の男は短く答えた。
「良かったわ。悪い人だったらどうしようかと思った。」
ふぅ、と嘆息するイサラからは張り詰めた空気が嘘のように消えている。
「ところで、その物騒な左手を納めてくれませんか?」
「あぁ、ゴメンなさい!昔からの癖で無意識に触れたままにしてしまっていたわ!コレが分かる人はあまり居ないのだけど、流石はあの《エーシャ》ね。気に障ってしまったかしら?」
また無邪気な声色と豊かな表情を取り戻したイサラが、魅惑的な曲線を描く太ももに巻いた金細工の装飾を弄りながら上目遣いでフードを覗く。
「いや、精霊王の秘宝などそうお目にかかれる物では無いからね。しかし、見事なものだ。」
エーシャの視線の先にあるのは、イサラの張りのある太もも、に巻かれた融合結晶が嵌め込まれた、頂点の八つある薄い菱形の金細工が幾つか吊られた革帯。革帯の部分にも融合結晶が嵌め込まれている。
〜《ガーター・オブ・グローツ》~イサラの左足に巻かれているのは、融合結晶と金細工に彩られた南の部族の王家の秘宝であり、太古の六王国建国期に精霊王より賜ったとされる古代王国の遺産。当然、強力な精霊力と魔力を宿しているが、嵌め込まれている融合結晶は、大きいものでも小指の爪ほどの大きさだ。
融合結晶の能力はその大きさに比例する。大きく、透明度が高いものほど、秘めている魔力と精霊力が高い。しかし、その秘宝に嵌め込まれた融合召喚は明らかに小さ過ぎる上、透明度も決して最上級とは言い難い。革帯に施された文様や金細工の美しさは際立っているが、一見すると最上級のましてや国宝級の装飾品には物足りない感が否めない。彼女のしている腕飾りや首飾りの方が余程、高級な代物に見える。そのため、普段から身につけていても物盗りに狙われることまず有り得ないだろう。勿論、大陸内でも一、二位を争うと言われる戦闘力を誇る戦士を襲う身の程知らずが居るとするのならだが···。
「改めて自己紹介するわ。」
イサラの太もも、もとい、太もも飾りを注視するエーシャにイサラが微笑みかける。
「グロッシュ王国建国王スペサル・ヴァン・グローツが末裔、グローツ王国正統王家第125代頭首ガネス=スペサル・ヴァン・グローツが娘姫、デア=イサラ・ヴァン・グローツ。よろしく。《大賢者 エーシャ・イストグニア》」
「いやはや、王族に正式な名乗りを受けたとあらば、こちらも相応に振る舞わねばなりませんね。大陸は中央、六王国建国期始まりの地、双零の国にて『塔』を預かる役を結びし、知遊、エーシャ・イストグニア。今は世を憚り《吟遊のエーシャ》と申します。世界の釣り合いを求め旅をしております。」
頭巾を取って、にこりと笑った男の顔は、《大賢者》という言葉からは想像できないほど若々しく、目鼻立ちのハッキリとした精悍な顔立ちをしていた。